きずあと -So Long Suicide- [Single cut version]

烏丸千弦

scene 1

 秋めいた気配はないが、肌を灼く陽射しはやや和らぎ始めた夏の終わり。空は高く、青く澄んで白いヴェールを泳がせていた。

 スカイブルーとサンドベージュを突き通す、どこまでも真っ直ぐに続く道。一台のピックアップトラックが、営業しているのかどうかわからない寂れたガスステーションを通り過ぎた。ぽつりぽつりとしか建物の見えない閑散とした道路を、さらに少し進む――見えてきたのは高く揚げられた『RESTAURANTレストラン』という赤い看板、そして『ROUTEルート 66』のロードサイン。

 泥だらけのくたびれたピックアップトラックは、低く唸るエンジン音を響かせながらその看板に向かって道を外れた。

 『Drive Innドライブイン』『Steak Lunchステーキランチ』『Mexican Foodメキシカンフード』と、喧しいほど連なる看板が指すレストランは、明るいペパーミントグリーンに塗られていた。派手なネオンサインと赤い屋根はまるで六〇年代にタイムスリップしたかのようで、中ではきっとオールディーズナンバーが流れているに違いないと思わせる。

 もとは白だったらしい、薄汚れたピックアップトラックはノスタルジックな景色にぴたりと溶けこむように駐車し、その車体にふさわしい屈強な体つきの男が運転席から降りてきた。他に客はひとりしかいないのか、パーキングの反対側にはヘルメットをひとつ引っ掛けたハーレーが一台駐められているだけだった。

 男はその磨きあげられた黒いハーレーを見やりながらぴゅうと口笛を吹き、慣れた様子でドアを押し開けた。

「いらっしゃい」

「よ、いつもの頼むわ」

「おつかれさん、ジョー。ビールとホットサンドウィッチとステーキ&ポテトだね」

 若くはないが、白いエプロンが映えるグラマーなウェイトレスは、そう云って厨房にお決まりのオーダーを通した。ジョーと呼ばれた男はカウンターの真ん中辺りで立ち止まると、ポケットからスマートフォンと煙草を取りだし、スツールに腰を下ろした。

 すぐにでてきたシャイナーボックのボトルを喇叭飲みし、はーっと息を吐きながらちらりと右を覗き見る。

 カウンターの奥、端から二番めの席にはすらりとした若い男が坐っていた。目深に帽子を被り、黒いレザージャケットを着込んでいる。ハーレーの主だろう。やぁ、見ない顔だな、観光か? 常であればそんなふうに声をかけただろうが、この日のジョーはそんな気分ではなかった。

 ことりとビールのボトルを置いて、はぁと大きく溜息をつく。

「どうしたの、なんだか元気がないね」

 馴染みのウェイトレス、ケイティが気づいて声をかけてきた。ジョーは「ああ、もう最悪だよ。どうしてこうなっちまったのか……」と、頭を抱えた。

「ちょっとちょっと、何事? なにがあったのさジョー、大丈夫?」

 眼を丸くしながらケイティが心配そうにジョーの顔を覗きこむ。ジョーは「まじで大丈夫じゃないんだよ……ちょっと聞いてくれるか、ケイティ」と、いま抱えている問題についてぽつりぽつりと話し始めた。

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