第10話 宿題

「……ちょっとは落ち着いた?」


 泣き始めてどれぐらい経っただろう。


 数分か、数十分か。


 恵麻姉だって暇じゃないはずなのに、ずっと電話を繋いだままにしてくれた。


 本当にありがたい。


「あ゛い゛」


「あはっ、滅茶苦茶鼻声だよ。ちょっと鼻かみな」


 お言葉に甘えて。


 スマホから離れて思いっきり鼻をかんだ。


「すみません、お待たせしました」


「別にいいよ……で、これからのこと。考えなくちゃいけないね」


「はい」


 涙の残滓ざんしを強引に拭う。


「まず、夕奈のことね。今は隠していられるかもしれないけど、そのうちバレるよ」


「そうですね」


 お腹が大きくなる。


 激しい運動ができなくなる。


 今日明日すぐにバレなくても、そのうちすぐにバレる。


「私と同じように脱退させられるだろうね」


「私もそう思います」


 前例があるから。


 その可能性に思い至るのは簡単なこと。


「あの子は辞める覚悟だからいいとして」


 いいのか。


 いや、まぁそうか。


 アイドルよりも母親になることを優先しているというか、覚悟を決めているんだから。


「大事なのは、明佳の気持ちだね」


「え?」


 私の、気持ち。


「将来のことはわからないから考えるのはやめようね。もう一度言うけど大事なのは、今、明佳がどうしたいのかってこと」


 どうしたいか。


 なんてわからない。


 黙ったままの私に、

「明佳は、夕奈に『堕ろせ』って言えなかったんだよね」

 恵麻姉は問いかけた。


「……はい」


 そう、言えなかった。


 正気じゃない、とは言えても。


「好きだからだよね。好きでもない男と寝てできた子どもだとしても、お腹の子はもうあの子の一部だから」


「はい」


 私の心を見透かしたように、自分でもまとめられなかった想いを言語化してくれる恵麻姉。


 エスパーなのかな。


 ごめんなさい、頭の中とはいえちょっとふざけました。


「夕奈とどうなりたいのか。恋に見切りをつけて、あの子を切り捨てられるのか、ゆっくり……している暇はないけど、考えなね」


 最後の最後に恵麻姉から出された宿題。


 これは、誰に頼るでもなく、自分で解決しなきゃいけない。


「はい。今日は本当にありがとうございました」


 電話だから見えないけど、深く頭を上げた。


「あっ、あと一つ」


 通話を終えようとした瞬間、

「将来的に夕奈が他の誰かに奪われてもいいのか、もよく考えなね」

 そう言って彼女は電話を切った。

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