第5話 正気じゃない

「理解できないよね、そうだよね。ごめん」


「謝られても」


 頭を下がられたって意味はない。


 失われてしまった絆は元に戻らない。


 不可逆。


 それに、

「私だけに謝ったってどうしようもないでしょ。プロデューサー、スタッフさん、メンバー。ファンにも謝らなくちゃいけないんだよ。わかってる?」

 キツイ口調になっているのは自覚している。


 今までゆーちゃんにこんな言い方したことない。


 だけど、優しく慰めることはできない。


 アイドルを辞める決意を固めている彼女。


 目の前にいるゆーちゃんは、私の知らないゆーちゃんだ。


「わかってる。けど、みんなから怒られて、批判されたって私は産む。絶対に」


 聞く耳をもたない、とはこのことか。


 私の言葉はもう彼女に届くことはない。


「……わかった。でも、まだ言わせて。一人で産んで育てることがどれだけ大変か、知らないの? そんなわけないよね」


 それでも、言葉をつむいでしまうのは何故だろう。


「親御さんを頼るつもりなの?」


 彼女を心配してか、もしくは……。


「ううん。親は頼れない。堕ろせって言われるに決まってるから」


 そりゃそうだろう。


 私が親だったら同じことを言うと思うよ。


 けれど、私は言えない。


「だからね」


 相変わらずしかめっ面の私に向かって、

「私一人じゃ育てられない。かと言って、アイツに頼りたくない。だからさ、あーちゃん」


「私と一緒に育ててくれない?」


 衝撃的な言葉を発した。


「は?」


 今日何度この言葉を言えばいいのだろう。


「なんで私が――」


 首を振る。


「あーちゃん、私のこと好きでしょ?」


 首の動きも、続けようとした言葉も止まる。


「違う?」


「……」


 残念ながら、正解だ。


 どうしてわかったのか。


 いつから見抜かれていたのか。


 デビューしてから支え合って、励まし合ううちに恋に落ちていた私の恋心。


 互いのことを理解し、切磋琢磨するだけで抑えていた愛情。


 隠し通していたつもりだったのに。


 ゆーちゃんは知っていた。


 その点、私たちの絆は……あながち嘘じゃなかったのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る