第4話 偽物の絆

 私の問いに答えず、再び顔を伏せるゆーちゃん。


 母子手帳をじっと見つめていたかと思うと、ゆっくりと顔を上げた。


「堕ろさない。産むよ」


「……嘘でしょ」


 ため息交じりの声が出た。


 説得しよう、そう思って開こうとした口から言葉は出なかった。


 彼女の顔が真剣そのものだったから。


 そんな顔、するんだね。


 ステージ上でも見たことないよ。


 それだけ本気ってことなんだよね。


「正気じゃないよ」


 説得の代わりに絞り出した言葉は、酷いものだった。


 仕方ないじゃん。


 もうなにを言えばいいのかわからないんだから。


「わかってる。わかってるけど、産みたいの。私の夢だったから」


「……夢?」


 椅子の背もたれにカラダを預け、聞き返した。


「うん。ママになるのが、私の夢」


「……」


 初めて知ったゆーちゃんの願望。


「私のママね、何回も流産したの。生まれていたら、何人も下に妹か弟がいるはずだった。それを見てきたからなのかな。折角宿った命を切り捨てることなんてできないよ」


 初めて聞く、彼女の母親の話。


 同情はする。


 だからって、はいはいそうですね、って受け入れられない。


「ねえ、アイドルとしての夢はないの」


「ないよ」


 即答だった。


「だって私、周りの子が『夕奈ちゃんは可愛いからアイドルになれるよ!』って言ってくれたから、アイドルになっただけだもん。目標もなにもないよ」


 思いもよらぬ言葉に唖然とした。


「一緒に頑張ろうって言ったじゃん。励まし合ったじゃん」


 ショックだった。


「その言葉に嘘はないよ。でも、それよりも私はママになりたいの」


 私は、ゆーちゃんのことをなんでも理解しているつもりだった。


 辛いとき、悲しいとき、傍にいてくれたのはゆーちゃんだから。


「私の勘違いだったんだね」


「え?」


「今は貴女の気持ちが、言葉が一つも理解できない」


「あーちゃん……」


 気持ちがずぶずぶと深く沈んでいく。


 今まで築いてきた私たちの絆にヒビが入り、崩れ落ちていく音がしたのは、私の気のせいだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る