三章 捨てられ悪役令嬢、邪神と引っ越す。

3-1


 翌日、ロゼリアは荷物を簡単にまとめ、ネロと家を出た。ケインは昨晩家にまり、ロゼリアが村に住むことを伝えるために二人より先に家を出ている。

 空には雲一つなく、絶好のお出かけ日和びよりである。しかし、天気とは裏腹にロゼリアの心はどんよりとしていた。


(私、くやっていけるのかしら……)

「どうした、そんな暗い顔して。つかれたのか?」


 ロゼリアの足取りが重いことに気付いたのか、少し前を歩いていたネロがかえった。


「なんならかかえていくぞ? その方が早く村に着くだろうし」

「いや、疲れたんじゃなくて……私、村で上手くやっていけるかなって……ほら、元とはいえ、お貴族様だったわけじゃない? つまはじきにされないかしら?」

「オレがなんとかなってんだから、だいじょうだろ」


 ネロはひとなつっこい上に気安く、話しかけやすい。そんな彼になんとかなると言われて「自分も大丈夫」と思えるほど、ロゼリアは脳天気ではなかった。


「簡単に言ってくれるわね……なら、ネロはどうやってんだのよ?」

「どうやってって言われてもな~……気付いたらこうなってたとしか言いようがねぇな」

うらやましいわ……そういうところ」


 そんな話をしつつ、昼過ぎにはケインの村に着いた。

 だが、見えるはんに民家は少なく、ネロが言うにはいっけん一軒の間にきょがあるらしい。それほど世帯数が多いわけでもなく、集落に近いようだ。

 村の入り口でケインが待っており、二人の姿を見ると手を振ってくれる。


「ネロ、ロゼリアさん、お疲れ。特にロゼリアさんはきつかっただろ?」

「確かにだん歩く距離ではなかったですね……」


 家を出る前にネロがしょうを寄せ付けない加護に加え、ろう軽減の加護をつけてくれた。

 しかし、長時間歩くことに慣れていないロゼリアはそれでも疲れてしまう。ロゼリアが足を止めるたびにネロがきゅうけいをとってくれたおかげで、なんとかたどり着いた。

 ケインは申し訳なさそうに笑い、村の奥を指さした。


「疲れているところ悪いんだけど、今日は集会の日でさ。親父おやじと村のみんなが広場にいるんだ。一応、二人の話はしてあるけど、ついでにあいさつしていってくれ」

「え……はい」


 ケインの案内のもと、広場へ向かうと村の人達が集まっており、彼らの視線がロゼリアに集中する。まるでちんじゅうを見るような目だ。


「あの子が?」

「ネロが拾ってきたんだって」


 こちらに聞こえないように話しているのだろうが、彼らのささやごえは不思議とロゼリアの耳に届いた。この空気感はどことなく社交界に似ている。ロゼリアは不安を胸に抱えながらも素知らぬ振りでネロのとなりを歩いた。

 広場の中心にしらじりのそうねんの男性が立っていた。体格ががっしりしていてずいぶんと若々しく見える。その男性に向かって、ケインが声をかけた。


「親父、ネロとロゼリアさんを連れてきたぞ」

「おーっす! 村長、久しぶりー」


 ネロが手を振る姿を見て、その男は破顔した。


「おお! ネロ、よく来てくれた!」


 ネロの背中をバシバシたたきながらそう言った後、村長と呼ばれた男性はロゼリアに目を向ける。すると、彼はおどろいた顔でロゼリアの頭からつま先まで何度も視線を往復させた。


「親父、見過ぎだよ。この人がロゼリアさん」

「初めまして、ロゼリアと申します」

「ほぅ……話には聞いていたが、ずいぶんとべっぴんさんで……」


 彼はせきばらいし、改めてロゼリアに向き直った。


「挨拶がおくれて申し訳ない。しょうながら村長をしている。お前さんのことはそくから聞いた。何かあればえんりょなくたよってくれ」

「あ、ありがとうございます。あの、ごめいわくをおかけすると思いますが、よろしくお願いします」


 ロゼリアがしっかり頭を下げると、村長のごうかいな笑い声が聞こえた。ぱっと顔を上げると、ネロにやっていたようにロゼリアの背中を叩く。


「そうかしこまらなくていい。元は貴族の生まれとはいえ、ネロが拾ってきたお前さんをじゃけんあつかうヤツなんてこの村にはいないさ。気を楽にして過ごすといい」

「あ……ありがとうございます」


 叩かれた背中は痛くなく、むしろあんをもたらした。元貴族だったロゼリアを見る目は厳しいだろうと勝手に思っていたが、周囲のふんやわらかだ。ロゼリアにものめずらしげな視線は投げてきても、けいべつけんといったものは感じられない。思った以上にすんなり受け入れられたことにひょうけしたくらいだ。

 挨拶が終わると、村人がわっとネロの下へ押し寄せて、何やら親しげに会話をしている。

 すっかり人間の輪に馴染みきっているネロの姿は人と何ら変わらないように見えた。

 ネロを囲んでいた男衆がかんがいぶかそうに話す声が聞こえてくる。


「やんちゃ坊主のお前が、たった二週間見ないうちに立派になって」

「あの子のことを大事にするんだぞ?」

「お祝いは後でちゃんとしてやるからな」

「お、おう? ありがと?」


 その後もなぜか祝いの言葉ばかり投げかけられており、当の本人もよく分かっていないのかあいまいな返事をしている。ロゼリアも首をかしげていると、隣にいた村長がぽんとロゼリアのかたを叩いた。


「いやー、まさかネロがよめを連れてくるとはねー」

「嫁ぇっ!?」


 きょうがくのあまり声を上げたロゼリアを、村長はほほましいものを見るような目で見つめる。


「いつもなら、よそからとついできたむすめの為にかんげいかいをするんだが、今は準備するゆうがなくてな。申し訳ない」

「え? えええっ?」

ふうのことで分からないことがあれば、ワシの家内に相談するといい。なーに、家内はきもも太いし、ワシもしりかれている。わっはっはっはっはっ!」


 ロゼリアは完全に理解した。初めに感じた村の人達の視線は、貴族の訳アリ娘としてではなく、ネロが連れてきた嫁に対する興味だったのだ。

 ネロも頭の中でもんをたくさんかべていることだろう。だが、彼の性格上、このままでは「まあ、いいか」で済まされてしまう。そうなる前にていせいせねば。


「わ、私達、こいなかとかじゃないですから――――――っ!」

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