2-3



*****



 ロゼリアが家の中へ入っていくのをかくにんしたネロは、家の裏手に回って薪を手に取る。


(面白いなー、アイツ)


 ロゼリアは興味深い人間だ。ネロが人外だと分かっても、ものじしなければ、敬いもしない。

 かつて聖竜の加護を求め、多くの人間がネロのもとへ押しかけた。それにうんざりしていたネロにとって、ロゼリアのような存在はごこがいい。おまけに質がよくぼうだいな魔力を有している。これほどの好条件な人間は他にいないだろう。時折自分を𠮟る大きな声も元気があるしょうだし、あのくるくる変わる表情も見ていてきない。


(しかし、魔力の暴発か……ぽんぽん魔力を放出させるのはもったいないな。あの体質、直しちまうか)


 本来、人間は自身の持つ魔力の質と量に合わせて身体が成長していく。その為、子どもの頃は魔力の制御がかず感情のまま暴発させたり、多過ぎる魔力が体外へ漏れ出たりしても、徐々に落ち着いていくのだ。だが、まれに成長期の間に魔力をあつかえる身体に育ちきらない人間がいる。ロゼリアはまさにそれだ。

 彼女は、体内で生成される魔力量に対して、とどめるうつわが成長せず小さいままなのだ。

 ネロの権能の一つ、の力には傷や病を治す他に、生き物の生命力や身体能力を底上げする力がある。大昔は不治の病だの末期しょうじょうだのとなげいていた人間を、国のはしから端まで全力しっそうできるくらい健康に導いてやったこともあった。ぜんせいほどではないにせよ、魔力を扱える身体に改善することくらいゆうでできるはずだ。


ほうが使えないことを気にしているみたいだし、ぱぱーっとやっちまうか)


 魔法を使えるようになったと気付いた時、ロゼリアはどんな顔をするだろう。

 なんとなくうきうきとした気持ちになりつつ、ネロは薪を持って家の表に回った。


「ん?」


 家の前に見覚えのある青年がいた。

 ネロよりも少し背が高く、日に焼けた肌は健康的でなかなかの好青年だ。彼はネロを見つけると、軽く手を振った。


「よお、ネロ」



*****



「おーい、ロゼリア~」


 ロゼリアがテーブルを拭き終える頃、ネロが見知らぬ青年を連れて家に入ってきた。

 短いちゃぱつに緑色の瞳は丸く、ネロとはまた違ったあいきょうのある顔だ。体格もよく、候補だった同級生よりもいい肉付きをしている。平民でこれほど体格にめぐまれている男はなかなかいないだろう。

 しかし、その青年はなぜかひどくおどろいた様子でロゼリアの顔をぎょうしたまま固まっている。どうしたのだろう。


「あら、お客様? ネロの知り合い?」

「おう。ワカって言って、向こうの村の……うぉ?」


 ネロの後ろにいた青年は、まるで猫を扱うようにネロのえりくびを摑み上げた。


「ん? どうした、ワカ? わーかー?」


 彼はそのまま無言でネロを外まで引きずっていき、ゆっくりと戸を閉めた。


(え、何……?)


 取り残されたロゼリアは呆然とくす。

 ネロが連れてきた青年はロゼリアをじっと見ていたが、何か失礼でもあっただろうか。

 ロゼリアは自分の姿を見回す。令嬢だった頃と比べてしょうっけはなく、衣服もそうしょくが少ないワンピースだが、実家を出る時に用意した服なので、みすぼらしいというほどではないはずだ。

 出て行った二人の様子が気になり、ロゼリアは戸の前で耳をませた。何か話しているようだが、内容までは分からない。雰囲気から口論をしているわけではなさそうだ。しかし、「このアホ!」「いてぇ!」という声が続け様に聞こえ、さすがに慌てて戸を開けた。

 そこには頭を押さえてうずくまるネロと、うでみをして彼を見下ろす青年の姿があった。


「森で見つけたから拾ってきただぁ? お前みたいなふうらいぼうが、いかにも育ちのよさそうなお嬢様を養えるわけがないだろ!」

「行く当てがないって言うから拾ったんだ! 何もちがってねぇだろ!」

「間違ってんのはお前の頭だって言ってんだよ、このドアホ!」

「あだぁっ!?」


 彼の拳がネロの脳天に落とされ、ネロは再びげきちんする。頭を押さえながらネロは痛みにうめいているが、青年は構わず𠮟り飛ばした。


「どーせ、お前のことだ。『拾ったお前はオレのものだ』とか言って、半ばごういんに家に連れ込んだんだろ!」


 大体合っているが、彼についてきたのはロゼリアの意思である。しかし、取りつく島もなく青年の説教は続く。


「大体、行く当てがないって……としごろの女の子だぞ! 家族が探してるに決まってるだろ! 元いた場所に返してきなさい!」

「私は、捨てられた犬猫じゃないわよ!」


 その言い草に思わず口をはさんでしまい、ハッとして口を閉じた。二人とも固まってこちらを見ており、ロゼリアはすようにせきばらいした。


「もうそろそろ暗くなりますし、続きは中で話されてはいかがでしょうか?」


 社交界できたえた淑女の笑みを浮かべて言うと、ネロが「誰だ、コイツ」とつぶやく。もちろん、無視した。


「申し遅れました私、ロゼリアと申します」


 ロゼリアがそうしょうかいすると、青年はおくれした様子で口を開く。


「ああ……どうもごていねいに。オレはケイン。ここから少しはなれた村に住んでる」

「あら、では、ワカというのは?」

おやが村のまとめ役なんだよ。周りが『若様』ってふざけて呼んでるのをネロが面白がってしてるんだ」


 なるほど、若様のワカだったのかとロゼリアが一人でなっとくしている横で、ネロが「お前、そんな名前だったのか」と笑う。その反応にケインは呆れた様子でため息をついた。


「お前な。本気で覚えてなかったのかよ?」

ワカの方が呼びやすいじゃん。呼ばねぇ名前なんて忘れちまうよ」

「なら、最初から名前で呼べ、コノヤロウ……!」

「あいだだだだだだだっ!」


 ケインが握り潰さんばかりにネロの頭をわしづかみにし、ネロが「降参!降参!」と叫ぶ様は兄弟げんを見ているようだ。ネロをこんな風に扱う人間がいるとは驚きだ。


「と、とにかく、室内へどうぞ!」


 ロゼリアが中へ入るようすすめ、積もる話は食事を囲みながらすることになった。

 ケインは土産みやげにうさぎの肉を持ってきてくれたが、解体はネロもロゼリアもできない為、客人だが彼にお願いする。ケインがうさぎをさばいている間に、ロゼリアはネロにこっそりたずねた。


「ねぇ、ネロ。彼はどんな知り合いなの?」

「あー……前に行き倒れているところを拾ったんだよ。ついでに二週間前までオレはアイツの村に住んでた」


 ロゼリアは目を丸くする。


「村に住んでた? いつから?」

「封印から目が覚めてわりとすぐだから……二、三か月前か?」

「じゃあ、彼はネロが神様だって知ってるの?」

「さあ? 聞かれた覚えも答えた覚えもねぇし、知らん」

「ずいぶん適当ね……」


 考えてみれば、彼の正体を知っていたら、こんなそんな態度を取れるはずがない。彼らのやり取りを思い出していたロゼリアはどこかほっとした気分になる。


(まさか、ネロに人間の知り合いがいるなんてね……)


 ケインは捌き終えた肉で、料理まで作ってくれた。簡単なスープと今朝のパンの他に焼いた肉が追加されただけでごうせいに見える。ロゼリアの隣に座ったネロが、自分の皿をロゼリアの皿へ寄せる。


「おい、ロゼリア。オレの肉やるよ」

「いいわよ、そんな気をつかわなくても」


 しかし、せっせとロゼリアの皿へ肉を移すネロの手は止まらない。


「オレ、肉は好きじゃないんだ。若はへんしょくするなって食わせようとするんだけどな」

「あら、そうなの? ちょっと意外ね。じゃあ、代わりにお野菜をあげるわ」


 えられた野菜をネロの皿に移していると、そのやり取りを見ていたケインがニヤニヤしながら言った。


「ずいぶん、なかむつまじいことで……」

「そ、そんなことないですよ!」


 まるでこいびと同士のような言い方をされ、ロゼリアは困ってしまう。慌てて否定するロゼリアを見て、ケインは安心したように笑った。


「なんというか……コイツが無理やり家に引きずり込んだってわけじゃなさそうでほっとしたよ」

「は、はい……ネロはとてもよくしてくれてます」

「そうか。ならよかった。結構強引なところがあるけど、悪いヤツじゃないんだ。なんというか、世間知らずで……」


 ネロとのほどよい距離感がうかがえる。今の彼は弟を心配する兄の姿そのものだ。


「ケインさんは、ネロを大切にしているんですね」

「ああ、コイツは命の恩人だからな」


 照れくさそうにしながら彼は言うが、ネロはなぜか鬱陶しそうな顔をする。


おおだな。別に大したことしてねぇよ」

「大したことだから感謝してるんだろ、まったく……。そういえば、ロゼリアさんもネロに助けられたんだっけ? どうして森にいたんだ?」


 いっしゅん、うっと言葉にまる。事情が複雑な上に、ケインはネロが聖竜けん邪神であることを知らない。ロゼリアは少しぼかして説明することにした。


「えーっと、私、貴族の生まれで婚約者がいたのですが、私のぎわで婚約されることになったんです。そのせいで実家にもいられなくなって……」


 もちろん、婚約者が第一王子で、国外追放を言い渡されたということはせておく。


「国外で暮らすことになって、移動していた馬車が盗賊に襲われたところを、ネロに助けてもらったんです」


 ロゼリアがたどたどしく言葉を選びながら身の上を語ったのに真実味があったのか、ケインはまゆを下げ、同情した目をロゼリアに向けた。


「なるほど、ロゼリアさんも大変だったな」

「はい。ネロに会えたのは幸運でした」


 事情が事情なだけにケインはそれ以上ついきゅうしようとしなかった。ロゼリアがほっとしていると、「ああ、そうだ」とケインが手をたたいた。


「ロゼリアさんもいるなら、ちょうどいいか」

「ちょうどいい?」


 ロゼリアとネロが首を傾げると、彼は言った。


「実はネロに頼みがあってさ、また村に来てもらえないか相談しに来たんだ。最近、ぶっそうだし、ロゼリアさんを連れてこっちに移住してこないか?」

「別に村とここを往復すりゃいいじゃん」


 野菜をほおりながら言うネロを、ケインは呆れた様子で見つめた。


「あのな、お前がいない間にロゼリアさんに何かあったらどうするんだ? こんな森に女性が一人でいたら、ごうとうの格好のじきだろ。それに、危険は強盗だけじゃないんだぞ?」

「危険は強盗だけじゃない…………はっ!」


 ネロはロゼリアを一瞥した後、カッと目を見開く。


「魔力の暴発で家がとうかいして圧死。水をもうと誤って井戸に転落してでき。自分で用意した食事で食中毒に……」

「やけに具体的な死因を並べないで」


 実際にやりかねないので余計におそろしい。ケインにはすぐにでも否定してしいところだが、彼は大真面目に頷いた。


「そうだ。村にいれば人目もあるし、危険は少ないだろ?」

「あー……確かに……」


 ネロは低くうなりながら考えると、ロゼリアに向き直った。


「ロゼリア、移住するぞ」


 こうして、家主の決定により、ロゼリアはケインの村へ移住することになったのだった。


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