3-2



*****



「はっはっはっ! いやー、とんだ早とちりをしてすまなかった!」

「いえ、気にしないでください」


 男女が一つ屋根の下で暮らしていれば、かんちがいもするだろう。お祝いムード一色だった村の人達はロゼリアとネロの関係を知るやいなや、その事実に大笑いして帰っていった。無事に誤解が解け、今ロゼリア達はケインの家に招かれている。

 村長は白髪交じりの頭をきながらひとしきり笑った後、改めて二人に向き直る。


「ネロ、帰ってきて早々に悪いんだが、たのみがある。実はここ最近、畑がらされて作物がなくなってるんだ」

「畑ぇ? どうせまた熊が下りてきたんだろ? 一発なぐれば山に帰るって」


 動物が食べ物を求めて人里に下りてくることは少なくない。しかし、村長は静かに首を横に振った。


つうの人間は熊を殴ろうとは思わん。そうではなくて、動物にしては荒らし方がおかしい」

「あ?」

「えーっと、つまり村長さんは野菜がなくなったのを人の仕業だと思っているんですか?」


 首を傾げているネロの代わりにロゼリアがたずねると、村長は深くうなずいた。ネロは赤いひとみをげんなりと細める。


「もしかして、その野菜どろぼうつかまえろってか?」

「ああ、そうだ。男達で夜に見回りをするつもりなんだが、人手が足りない。それにほら、お前さんはほうが使えるだろ? だから頼む、手伝ってくれ!」


 村長が拝むように両手を合わせた。それをジト目で見つめていたネロは、短く答える。


「やだ」


 しんっと室内が静まり返った。村長がすがくように頭を下げた。


「そこをなんとか頼むっ! このとぉーり!」

「やぁーだよ。人のいざこざに巻き込まれたくねぇし。ロゼリア、帰るぞ~」


 そう言ってこしを浮かせようとするネロをロゼリアはあわてて引き止めた。


「ちょっと、ネロ! これからお世話になるんだから、相談に乗ってあげてもいいんじゃないの!?」

「それとこれとは話が別だ。ようは人間の縄張り争いだろ? オレはそういうのに興味はねぇよ」


 まさかの返答にロゼリアはぜんとする。


(協調性なしか、コイツは~~~~~~~~~っ!)


 神のくせに、なんてゆうづうかないんだ。いや、むしろ神だからこそ、人との間に一線を引いているのかもしれないが。

 これ以上話を聞くつもりはないと言わんばかりに、ネロはつーんと顔をらした。そんな彼の様子にケインはため息をらすと、おもむろに立ち上がった。


「仕方ねぇな」


 そう言って一度部屋から出て行くと、何かを持ってもどってくる。その手には、手のひらほどの小さな瓶がにぎられていた。


「おい、ネロ。見事野菜泥棒を捕まえたあかつきにはこれをやろう」

「あ? なんだそれ?」


 ケインが無言で瓶のふたを開けると、甘ったるい香りが室内に広がる。ネロが赤い瞳をらんらんかがやかせたのを見て、ケインはにやりと笑った。


「お前がしがっていた、オレのばっちゃんはちみつだ」

「やる、任せろ!」


 買収に成功し、ケインが「よしっ!」とこぶしを握る。単純チョロ過ぎる……とあきれるロゼリアの隣でネロはやる気に満ちた声で言った。


「とっとと野菜をうばいに来いや、泥棒どもォ!」

きんしんなことを言うんじゃないの!」


 そうしてケインの家を出た後、ロゼリアはネロが村にたいざいちゅうに使っていた家に案内された。それは水車小屋がついた家で、前の住人はこなきに使っていたらしい。

 室内を軽くそうし、終わったころには陽がしずみかけていた。夕食を作る前にロゼリアが一休みしていると、ネロが元気よく向かい側に座った。


「さーて、野菜泥棒を捕まえる為にりょくをもらうぞ!」


 よほど蜂蜜が好きなのか、いつ来るかも分からない野菜泥棒を今から捕まえる気でいるらしい。確かにネロの手にかかれば他愛もなく捕まえられると思うが、気が早いことだ。

 とはいえ……。


「野菜泥棒を捕まえるのになんで魔力がいるのよ?」

「実はオレには、五つの権能が備わっている」

「五つも……?」


 てっきりロゼリアは、ネロにはおおまかに瘴気を使う力とじょうする力の二つしかないものだと思っていた。今さらだが、そういえばこれまでに加護をあたえてもらったことを思い出す。


「そう。人間がせいりゅうの力と呼ぶ、瘴気を浄化する力と生命力を向上させるの力。それからじゃしんの力と呼ぶ、ばんぶつちさせるしょくの力、えきびょうを呼び寄せるびょうの力。それと無から有を生み出す創造の力だな」


「無から有を生み出す? 何それ?」

「人間からしたら魔法に変わる力なんだが、今のオレはこの力を浄化の力以上には使えない。せいぜい物を浮かすか、風を生むか、小さな火種を作れるくらいだ」


 それはいささか弱体化し過ぎではなかろうか。いや、とうぞく達を投げ飛ばした力が創造の力なら弱体化したくらいで十分かもしれない。


「なるほど。それで、浄化の力同様に魔力がいるわけね?」

「そういうことだ。つーわけで、魔力くれ」


 まるでおづかいをねだる子どものように手を差し出され、ロゼリアはしょうする。


「ネロ? 本当は瘴気を浄化する為の魔力なんだからね? 分かってる?」

「分かってるって。ほら、手」

「しょうがないわねぇ……」


 ロゼリアがやれやれと彼の手を取ったしゅんかん、急に身体からだが前にたおれた。


「え……?」


 だれかに押さえつけられているわけでもないのに、テーブルにしたまま首から下が思うように動かない。指先すら動かすことができず、まるで自分の身体ではなくなったかのようだった。


「え、ちょ、何これ!? 待ってネロ!」


 半分パニックになってさけぶロゼリアに、ネロののんな声が頭上から落ちてくる。


「悪い。調子に乗って一気に魔力を取り過ぎたわ。まあ、命に別状はねぇから気にすんな!」

「ど、どれだけ取ったのよ!? しかも、まだ取ってるでしょ!?」

「大丈夫、大丈夫。まあ、今夜はさすがに動けないだろうけど」


 彼の顔は見えないが、きっとあの人懐っこいみを浮かべているにちがいない。


「あとで飯も食べさせてやるし、ちゃんとベッドまで運んでやるから、そのままじっとしてな」


 べちべちと頭を叩かれたロゼリアは、ふつふつといかりがげてきた。


「それじゃ、かいじゃないのよぉおおおおおっ!」


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