寝ても覚めても
「〇〇さんは、今は一人暮らしですか?」
踏み入った質問が投げかけられ、直ぐに後悔の念を抱く。私生活に関することを根掘り葉掘り訊かれるストレスは不愉快この上なく、「クリニック」の名を冠する場所へ来ておきながら、手を取り合って解決の糸口を探ろうとする中村氏に嫌悪感を覚えた。矛盾を孕んだ心情に俺は苦笑しつつ、生娘の如く「嫌、嫌」と駄々をこねるつもりはない。
「同居人がいますね。二人暮らしです」
「その方は同性ですか? それとも異性?」
土足で部屋に上がられたような胸のざわめきから、思わず口ごもりかけた。軽々に返せば、あらゆる私生活の情報を引き出されるきらいがあり、躊躇せざるを得なかったのだ。
「……同性です」
あまりの苦々しさから表情は曇り、これほど言葉にするのに窮することは、「夢クリニック」ではあまりなかった。だからといって、閉口を意固地に維持して困らせる真似は、愚行といって差し支えない。自分の身に起きていることすら把握出来ていない立場にある俺は、中村氏から投げかけられる一問一答に対して誠実な態度を取らなければ、建設的な問題の解決に臨めない。
「そうですか」
タイピングする指の動きは軽快だ。俺が形成する人間関係に関する是非について記述されているのだとしたら、間もなくあけすけにしてもらい、改善の方向へ舵を切りたい。
「初めに来院してもらったときは、一人暮らしということですね?」
突拍子もない確認に俺は動揺した。今の今まで、中村氏に対して私生活に於ける諸事情を話したことがなかったが、初めてここに来院した際に、羅列された文字の横にチェックマークを付けた覚えがある。もしかしたら、その質問事項の中に人間関係に関するものが紛れていたのかもしれない。
「いや、そういう訳では……」
言葉を濁しながらも、中村氏の見解を否定すれば、再び顎に手をやる仕草を見せた。それは、嘘か真かを判断する為の癖として露見し、俺が如何に信用ならない発言をしているかが、浮き彫りになった。
「ガタッ!」
俺は虫を見つけたかのようにベッドから離れ、部屋の中を舐め回す。
「どうしました?」
仔細な変化を目敏く捉えようとする本能に由来する鋭敏な動きは、中村氏からすれば恐怖を抱いてもおかしくないだろう。
「……」
藁にもすがるような慌てっぷりで首を回し、身体を捻り、目玉を前後左右、至っては上下にまで転がす。人畜無害を標榜するにはあまりに挙動不審な姿を晒しながら、ひたすら機微を捉えようと傾注する。すると、中村氏は不意に言った。
「安心してください、大丈夫ですよ。目覚める前に君の目蓋が動いたのを見たんだ」
漠然とある、世界から束縛されているかのような息苦しさは、常に付き纏ってきた命題である。何をすれば解消されるのか。定かではない。しかし、一つ確かなことは、目蓋を下ろした先にある暗闇の中に飛び込めさえすれば、俺は俺でいられるはずだった。
「アンタ、誰だ?」
寝ても覚めても 駄犬 @karuki
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