嫌々

「先日見た夢の続きでしたよ。男女に軟禁されている」


 ぶっきらぼうにそう言うと、俺の側でつきっきりの中村氏が、膝の上に置いているノートパソコンから軽快なタイピング音を鳴らし始める。不眠症の解決を願って、“夢クリニック”に通院を始めた長年の問題として位置付けても何ら過不足がない悪夢を、偶然と一言で片付けて見て見ぬフリをするのは愚かなことだ。中村氏の眉間に寄ったシワの深さを信じるならば、集積したデータと睨み合う思慮深さに頼り甲斐がある。俺は、板の間と変わらない硬さの白いベッドから身体を起こすと、上体を真っ直ぐに伸ばす。成人してから長らくお世話になっていなかった体育座りをし、今までの不機嫌な態度を改めた。中村氏の意見を貴重なものと捉え、傾聴しようとするならば、それ相応の体裁が求められるだろう。


「あの、これ何なんですかね」


 調理も施されていない原材料を机上に並べて、「料理名を答えよ」と迫るかのような無理難題は、苦い顔をして当然の難しさがある。ただそれでも、知見に欠ける俺がこんこんと思い詰めても、堂々巡りを繰り返す長物な悩みの種に花を咲かすだけだ。とはいえ、国家試験は最低限の知識を身に付ける者を選別する為に存在しているが、「ヤブ医者」という言葉があるように、それから先の知識や技術はマチマチであり、一切合切を信じる訳にはいかない。クリニックを看板に掲げる中村氏への注視は忘れないまま耳を傾け続ける。


「その男女の顔に覚えはありますか?」


 眼精疲労を誘発する液晶画面の光は、中村氏が掛ける眼鏡のレンズを白く染め上げている。傘を差しているかのように表情は窺えなくなり、真偽の問えない怪しさの根が張った。俺はまさしく、まな板の上の魚だ。三枚おろしでもされないかぎり、本懐に辿り着くことなど到底不可能。だからといって、本当に腹を掻っ捌かれても困るので、洗いざらい吐き出すことにより、手綱を握った中村氏の誘導に従いたい。


「目隠しをされているようで、顔を見れていないんですよ」


「なるほど……」


 中村氏は顎に手をやり、思案の支柱にする。難しい顔を見るのはこれで二度目だ。俺はもしかしたら、中村氏の目の上のタンコブとして鎮座し、軽々に口を出せない極めて面倒な存在なのかもしれない。病院での検査を怖がり、ひたすら足が遠のいていた理由を今一度、確認した。待合室の辛気臭さが立ち上り、正した背筋が徐に丸くなりだし、これから先にある旗色の悪い結論を無為に待った。

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