癇癪

「どうしてタジリウスを僕に求めるんですか?」


 俺は至極単純な質問を手始めにぶつけてみた。


「以前までは快く処方して下さったんです。でもこの間から、先週の水曜日です。そろそろタジリウスがなくなる頃だったので、中村さんにいつものように頼んだら、断られて……」


 田中氏は鬱々とした表情を張り付けて、顎を引く。額はカウンターの机に着く間近に迫り、後頭部を少し押してやれば鼻頭を押さえて痛がるだろう。


「持病……を隠していたとか。健康状態に問題があったとか」


「あそこに通院する際に、一枚の紙といっぱい睨み合ったでしょう。嘘偽りはありませんよ。ベジタリアンですし」


 何行にも渡って持病やアレルギー、生活習慣など、その他諸々の質問が一枚の紙に所狭しと埋まっていた。頭を悩ませながらペンを動かしたのち、対話での問診に移ったことが曖昧ながら思い出される。


「なら、貴方が見る夢に問題があったのでは?」


 心当たりがあるとすれば、つぶさに聞き取りを行っている“夢”だろう。言葉や意識などでは掬い上げられない奥底に眠った潜在的な情報が、眠りを介して顕らになる夢は、中村氏にとって客の身持ちを知るのに寡少なことはないはずだ。俺個人の判断で下せる状況の判断としては、ここが限界である。


「そんな、私は……」


 自分から接触を図り、あまつさえ睡眠薬の譲渡を願い出る厚顔無恥な振る舞いをしておいて、夢の内容を話すには差し障る思いがあるようだ。とはいえ、俺も夢を自ら打ち明ける恥ずかしさは知っている。様式美となって久しい中村氏の、夢についての問いかけに淀みなく答えられるようになったのは、通院を始めてから四回目だった。


「睡眠薬なら、他にも沢山あるでしょう」


 半ば呆れたように俺は田中氏を窘める。間接照明で表情も朧げにしか伺えない店内でも、紅潮する顔色はハッキリと分かった。


「ダメなんです! タジリウスでないと!」


 迫真に迫った田中氏の語気から、その依存性がありありと伝わってきて、腹の底に黒い墨を落としたかのようにジワリと不安が広がった。既にカクテルを作り終えていたバーテンダーは、おずおずと二つのグラスを俺達の前に差し出す。


「ドリームフォードリームとなります」


 柑橘を絞ったような橙色をするカクテルは、後味に酸味を残して颯爽と去っていく清涼感を感じさせる。俺は田中氏に飲酒を促し、肩に入った力が抜けることを睨んだ。


「いただきます」


 不承不承を湛えながらも、田中氏はカクテルに口をつける。野生動物の刺々しさを発揮する人間に、麻酔銃の引き金を引いたかのような一抹の安心を覚える。


「美味しいね」


 自らバーに誘っておいて憚られるが、俺はアルコールを得意としていない。主眼はあくまでも、田中氏が執心する睡眠薬から意識を散らすことにある。あのまま排斥を続けても、要らぬ厄介事を生みかねない。俺はそう思い、出来るだけ“親しさ”を持って接することにした。

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