Phase 07 アタシの相棒

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 原稿は――そこで止まっていた。40字×40行の原稿用紙にして2枚か。なんというか、原稿と呼んで良いのか分からない代物だった。多分、アタシは小説家として相当行き詰まっているのだろう。仮に『祇園祭殺人事件』が最後まで執筆出来たとしても――あまり良い小説にはならないはずだ。飯室刑事は、アタシの原稿に対して感想を述べていた。

「これが、『祇園祭殺人事件』なんですね。なんとしても続きが読みたいですけど――あんな殺人事件が起こってしまった以上、もう没ですよね」

「まあ、熱りが冷めたら出そうとは思っているんですけどね。どうせ『自粛しろ』って言うのは一部のクレーマーだけでしょうし」

「今の世の中はすぐ『自粛しろ』と言いますけど、僕は正直ああいう風潮って嫌いなんですよね。なんというか――同調圧力? 僕って昔から他人とズレていますから……」

「それはアタシだってそうですよ。じゃないと小説家は務まりませんからね」

「そうですか……」

 確かに、アタシは他人とズレている。だからこそ、こうして小説家として生計を立てているのだろう。もちろん、それで収入を得られるかどうかと言えば微妙――というか、無理なのだけれど。

 結局、飯室刑事との飲み会はそこでお開きになってしまった。飯室刑事から「タクシー呼びますか?」って言われたけど、こんな距離だとタクシー代の方が高く付いてしまう。四条大橋を歩いて、アタシは自分のアパートへと戻っていった。――そういえば、バイクを四条河原町に置きっぱなしだったな。アルコールも入ってるし、明日取りに行くか。それから、アタシはシャワーを浴びて眠りについた。当然、どんな夢を見たかは覚えてない。仮に覚えていたとしても――悪夢でしかないのだろう。

 翌日。アタシは四条河原町まで止めていたバイクを取りに来た。赤くてゴツいホンダのバイクだから、すぐ分かった。どういう訳か、ニルヴァーナのニコちゃんマークのステッカーをバイクのタンク部分に貼っている。なんとなく、目立ちたかったのだろう。それから、ギアを入れようと思った。――動かない。エンストか。ガソリン残量を見ると、少ない状態だった。仕方がないので、アタシは近くのガソリンスタンドでガソリンを入れてもらうことにした。ガソリンスタンドに向かうと、愛想の良いお兄さんが「いらっしゃいませ!」と言ってきた。それがマニュアル通りの挨拶だとしても、アタシは少し嬉しかった。ガソリンを入れてもらっている間、ガソリンスタンドの中にあるカフェでコーヒーを頂いた。この時期は、矢張りアイスコーヒーがよく染みる。

 ガソリンを入れ終わって、アタシは自分の家へと帰ろうとした。しかし――ここは四条河原町だ。せっかくだから、近くの古本屋さんへ寄ることにした。そういえば、アタシは祇園祭の事を知っていそうで知ってない。資料が欲しかったのだ。

 古本屋さんの中は、なんだか埃っぽかった。昔からの古本屋さんだから当然なのか。それから、祇園祭に関する資料は無事に見つかった。年季の入った本ながら、値段は2000円ぐらいだっただろうか。原価が8000円である事を考えると、かなりの破格だ。店番のおばちゃんに挨拶してから、アタシは踵を返そうとした。――おばちゃんが、声をかけてくる。

「あなた、もしかして恵令奈ちゃん?」

「確かに、私の名前は宿南恵令奈ですけど――どうしてそれを知ってるんですか?」

「私、あなたの小説が好きなんですよ。なんというか――独特の文章だけど、とても読みやすい。京都の小説家といえば、綾辻行人あやつじゆきと先生が有名だけど、あなたはきっと綾辻先生レベルの文豪になれるはずですよ?」

「いや、私にはそこまでの文章力はありません。ただ、日々の生活費を稼ぐために小説を書いているんです」

 正直、古本屋さんのおばちゃんに言われると恥ずかしかった。アタシはそこまでの文章力を持っていないのに。古本屋さんのおばちゃんは、「藤沢宮子ふじさわみやこ」と名乗っていた。ついでにスマホの連絡先も交換した。なんだか、彼女なら信頼を寄せても良さそうな気がしたからだ。

 それから、アタシは祇園祭の資料とサービス品で貰った角川書店版『緋色の研究』をトートバッグに入れて、バイクの荷物入れの中に入れた。それで、アタシはようやくアパートへと帰った。ブックオフや古本屋さんに寄ると、ついつい1時間から2時間ぐらい長居してしまう。まあ、仕方がないのだけれど。

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