Phase 06 束の間の休息

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 そういう訳で、アタシは飯室刑事に連れられて四条河原町の隠れ家的な居酒屋に向かった。ただし、経費として計上されてしまう関係でアタシの奢りになっている。とりあえず、アタシは気まぐれチーズ盛り合わせというメニューとワインを頼んだ。なんとなく、そんな気分だった。ちなみに飯室刑事は枝豆とビールである。ベタだ。

「――なるほど。恵令奈さんって面白い人なんですね」

「まあね。アタシは中学校と高校で文芸部に所属してましたからね。中学校はミステリ研究会、高校は文芸部でした。ちなみに、好きな小説家は横溝正史大先生ですね」

「横溝正史ですか。僕も『犬神家の一族』と『八つ墓村』は読みました。ところで、どうして小説家を目指そうと思ったんですか?」

「親の影響もあったんですよね」

 アタシは両親が読書好きというか、本の虫だった。特に横溝正史大先生の小説に関しては角川文庫の初版本をすべて持ってるレベルである。確か、『犬神家の一族』を読んだのは中学生の時だったかな。それでアタシは小説家を目指すようになった。でも、現実が甘いなんて思ったことはない。高校を卒業して神戸の短大に進学したのは良いけど、アタシの頃って超不景気で就活に失敗したのよね。それで、アルバイトを転々としながらコツコツ小説を書いてた。溝淡社に送っても突っ撥ね返されるばかりだったけど、どういう訳か角川書店に送った自信のない原稿が担当者の目に留まってアタシはデビューした。――それが、『道頓堀の殺人』だった。角川書店的にはアタシを「期待の大型新人」として売り出したかったんだろうけど、その目論みはアッサリと崩れてしまった。小説が売れなかったのだ。せめて電子書籍で買ってくれたら良いのに、電子書籍すら売れない状態だったのだ。正直言って筆を折ろうと思ったけど、ここで諦める訳にはいかない。アタシは何度も小説を書いた。でも、矢っ張り売れなかった。アタシ、どうすれば良いんだろうな? 飯室刑事みたいな読者からフィードバックをすべきだろうか? しかし、アルコールが入った状態でアイデアを練ってもマトモなモノは生み出せない。フィードバックは事件が解決してからにしようかな。

「なるほど、親の影響ですか。僕も親の影響で刑事になったようなもんですからね」

「それって、所謂親の七光りってヤツですか?」

「うーん、惜しいですね。僕、父親が京都府警察の警視総監なんですよ。それで、警察学校を経てこうやって刑事になっているんです。ちなみに警官時代は舞鶴の方で働いてました」

「舞鶴ねぇ」

「恵令奈さん、どうかしたんですか?」

「友達が舞鶴にいるんです。確か、旦那さんが海上自衛隊で働いてるとかなんとかって言ってました。自衛官も色々と大変ですからね」

 舞鶴――京都府北部にある港町だったな。特に丹後地方では一番大きな街だったか。最近行ってないな。天橋立にすら行ってないし、友達の顔を見るついでに今度行くか。

 やがて、話は例の事件の方へとシフトしていった。

「それで、恵令奈さんは矢っ張りあの事件の解決を諦めてないんですか?」

「当然です。犯人がアタシの小説を元に殺人を犯してるなんて、許せませんからね。というか、著作権料を請求してほしいぐらいです」

「でも、9件目の事件と10件目の事件、それと祇園祭の殺人は恵令奈さんの関係ないところで起こっているんですよね」

「それが引っ掛かるんですよ。アタシが書いてたのは8件目の『サッカースタジアム殺人事件』までですからね。9件目と10件目に関してはノーカンです」

「でも――何か思い当たる節はないんですか?」

「そうねぇ――強いて言うならば『アタシの知らないところで原稿が流出してた』とかそんな感じですかね」

「流出?」

「ほら、最近原稿をクラウド上で保存することが多いからそれが外部に流出したとかそんな感じ」

「あー、確かに」

 アタシのダイナブックは原稿の流出を防ぐためにクラウド上ではなくSSDに保存している。仮にクラウド上に保存するとしたら――それは没になった原稿だ。没になった原稿か。アタシ、没にした原稿をどうしてたっけ? 一応、ダイナブックは持ってきていたのでアタシは電源を入れることにした。見る場所は――「ドキュメント」フォルダだ。――あれ? 没にした原稿はクラウド上に保存されているな。えっと――タイトルは『燃える死体』と『狙われた妊婦』か。――あっ。アタシ、間違えてクラウド上に保存していた。これは――やってしまったかもしれない。

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