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「被害者は宮野隆史。遺体の胸部に斧が突き刺さっていることから、ほぼ即死と見られている」

 監察官が死体の状況を読み上げる中で、アタシは飯室刑事と共に現場へと駆けつけた。なんというか――本当に死体の心臓部分に斧が刺さっている。こんな死に様、情けないだろうな。

「飯室刑事、お疲れ様です。今回の殺人事件に関してですが――矢張り『魔王』による犯行であると見て間違いないでしょうか?」

「多分、そうだと思います。その辺の事情はこちらの女性が詳しいと思います」

 アタシは、刑事さんたちに向かって挨拶をする。

「刑事さん、初めまして。私は宿南恵令奈と申します。一応職業としては小説家なんですけど、訳あってこの事件を追っています」

「訳とは?」

「実は、今回の殺人事件について『魔王』という存在から殺人事件を仄めかすメッセージを受け取ったんです。『魔王』は私の小説になぞらえた殺人を犯しています。私の小説って、そんなに売れていないと思うんですけど……」

「なるほど。つまり、君の小説になぞらえた殺人事件が多数発生していることから事件を追っていると」

「そうなりますね。あっ、警部さんですか? 一度名前の方を教えてもらえるとありがたいです」

「そうだな。私の名前は――北大路博人きたおおじひろとだ。覚えておくといい」

 北大路博人――強面こわもての捜査一課の警部さんは、アタシに向かってそう挨拶した。多分、悪い人じゃないと思ってる。というか、警部さんが殺人を犯していたら大スキャンダルじゃないか。そう思いつつ、飯室刑事が話をする。

「北大路警部、これが『魔王』による殺人の証拠です」

 飯室刑事は、タブレットを北大路警部に見せた。あの時拾った――というか、手にした犯行声明文の写しである。

「そうか。『魔王』は『祇園祭の山鉾巡行で誰かが死ぬ』と予告していたのか。そして山鉾巡行の日に長刀鉾で殺人事件が起きたと。この流れで行けば、今回の殺人事件は――蟷螂山の見立てか」

「警部さん、その通りです。今回の殺人事件で使われている凶器は斧です。斧と言えば、『蟷螂の斧』という言葉があるぐらいですので、恐らく蟷螂山の見立てでしょう」

「それにしても、祇園祭の時期に殺人事件か。京都も物騒な街になってしまったな」

「矢っ張り、そう思いますか」

「世の中には『京都を題材にしたミステリ小説』が山のようにあるが、言うほど京都は治安が悪い訳ではない。むしろ、良いほうだ」

「でも、最近色々物騒な世の中になっているというじゃないですか」

「飯室君、君の言葉も一理あるが……」

「コホン。とにかく、私はこの事件を『魔王』による犯行であると思っています」

 そう言って、アタシは一連の話に対して終止符を打った。今回の事件が蟷螂山の見立てだとすれば――次は月鉾か鶏鉾にわとりぼこか。それとも、別の山鉾だろうか。うーん、なんだか頭が絡まって仕方がない! アタシは思わず四条河原町の中心で叫びそうになった。

「とりあえず、遺体の方は検死官に回す。宿南君だっけ? 君には次なる事件を防いでほしい。まあ、探偵がやる仕事じゃないのは分かっているが……」

「私は探偵じゃありません。ただの売れない小説家です」

 そう言って、京都府警察の人たちは引き上げていった。そして――アタシは四条河原町の真ん中に残された。

 独りぼっちになっても仕方がないので、アタシはとりあえず近くのマクドでハンバーガーを食べることにした。正直ショッキングな死体を見てしまった以上食欲なんてあるはずがなかったのだけれど、腹が減っているのは確かだった。注文したのは――チーズバーガーだったか。アタシは死体のコトを忘れて、チーズバーガーを頬張った。

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