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 取調室の向かい側に、飯室刑事が座っている。そして、タブレットを持っている。多分、山鉾巡行での事件発生時の状況を録画していたのだろう。なんというか――ショッキングな映像だったのは確かだ。アタシは思わず吐き気をもよおした。

「恵令奈さん、大丈夫ですか?」

「少し気持ち悪いと思っただけです。――というか、あんな映像を見たら誰でも吐き気の一つや二つぐらい催してもいいじゃないですか」

「確かに、そうですね……」

「それで、遺体について何か分かった点があるんですか?」

「遺体に関してなんですが、どうも宵宮の段階で既に長刀鉾の屋根の上にぶら下がっていたとの目撃情報が寄せられたんです」

 アタシは、飯室刑事の話を聞いてなぜだか心臓の鼓動が早くなった気がした。アタシは、話を続ける。

「それって――どういうことなんですか?」

「まあ、要するに犯人――というか、『魔王』は被害者を殺害した上で長刀鉾の屋根の上に遺体を吊るしていたんです。長刀鉾の薙刀が動くのは、実質的に山鉾巡行の日ですからね」

「なるほど。――つまり、『魔王』は長刀鉾に遺体を吊るして、山鉾巡行の日に真っ二つになるように仕向けていたと」

「その通りですね。鑑識の話によると、遺体の首元に索条痕さくじょうこんが見つかったとのことでしたからね。恐らく絞殺してから遺体を吊るしたのでしょう」

「それにしても、酷いやり方ですね。どうやら『魔王』は私の小説を見て犯行を重ねているみたいですけど、私は8作しか小説を書いていません。でも、いつかは祇園祭を題材にした推理小説を書いてみたいとは思っていたんです。もちろん、トリックは山鉾を利用したモノですけど」

「それ、詳しく教えてくれませんか?」

「本当なら教えたいところですけど、本当に山鉾巡行で殺人事件が起きてしまった以上プロットはボツです」

「ですよねぇ……」

 祇園祭――長刀鉾――見立て――何か浮かび上がらないのか。浮かび上がらないな。アタシ、本当にスランプなんだろうか? そういえば、アタシは小説の中で「見立てによる殺人」を選んでいたな。道頓堀が戦隊ヒーロー、鳥取砂丘がデュラハン、名古屋城がシャチホコだったな。お台場は――自由の女神とフジテレビの球体に見立てていた記憶がある。仙台城では左眼をくり抜いた状態で殺していたし、桜島では鹿児島の地形に見立てて殺していた。小樽では『ゴールデンカムイ』の見立てで撲殺を選んで、等々力競技場ではサッカーボールに見立てていたような気がする。――なるほど、そういうことか。もしかしたら、祇園祭の殺人も何らかの「見立て」である可能性が高い。そして――この事件で殺害されるのは1人とは限らない。山鉾は大小合わせて33種類あるから――33人か。なんとか、それだけは阻止しなければ。他に思い当たる節があるとすれば――月鉾と蟷螂山だろうか? この2つの山鉾なら見立ても行いやすいだろう。

「飯室刑事、ちょっといいですか?」

「恵令奈さん、どうしたんでしょうか?」

「私、少し今回の事件で思うことがあるんです」

「思うこと?」

「これ、あと31人殺されてもおかしくないんじゃないんですか?」

「31人!? そんな大人数を一気に殺害するんですか!?」

「よく考えて下さい。祇園祭の山鉾って33種類ありますよね。そして一番鉾は長刀鉾。被害者は長刀鉾に見立てて殺害されたことになりますよね」

「となると……」

「次に事件が起こるとすれば、多分月鉾か蟷螂山だと思います。この2つの山鉾は見立てによる殺人が行いやすいと思っているんですよ」

「蟷螂山はともかく、月鉾ですか?」

「ほら、月鉾は名前の通り三日月型の飾りが施された山鉾ですからね。多分『魔王』が殺人を犯すとすれば――」

「飯室刑事! 大変です! 新しいホトケです!」

「本当か! それで、現場はどこなんだ」

「四条河原町の――交差点です」

「えっ?」

「なんというか、ホトケが妙なんです」

「妙とは?」

「斧!?」

「詳しいことは現場で話しますので、急いで来てください!」

 蟷螂かまきりの斧。か弱いカマキリが自分の腕を振り上げて強者に立ち向かう様子を意味していたか。――まさか、蟷螂山の見立てによる殺人!?

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