Phase 04 原稿の謎

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 京都府警察本部から家に帰ったアタシは、ダイナブックを起動させた。要するに、『道頓堀の殺人』の原稿を見たかったのだ。一応、クラウド上にバックアップは取っているけど、生原稿はSSDの中に保存してある。クラウドだけじゃ不安なのだ。――えーっと、「道頓堀の殺人_提出用.docx」か。そのまんまだな。アタシは、その原稿をクリックする。40字×40行の原稿用紙がおよそ80枚。それにしても、文章が拙い。どうしてこんなものが書籍として流通してしまったのか善く分からない。まったく、笑わせるよ。

 愚痴をこぼしつつ、アタシは原稿を読んでいく。5年前だから、まだ尼崎に住んでいた頃か。尼崎は治安が悪かったから、あまり良い思い出がない。唯一良い点といえば新快速が停まってくれるが故に利便性が良かったことか。あと、松竹のシネコンが駅前にあったのも覚えてる。まあ、京都の松竹のシネコンの方が大きいんだけど。――コホン。


【道頓堀の殺人 サウスホテル・エレナ】

 道頓堀は、大阪でも有数の観光地である。全国からグリコのあの看板や、かに道楽の巨大な看板を目当てに人が集まるのだ。しかし、今は別の意味で人が集まっていた。それは「道頓堀のグリコの看板の下にバラバラ死体があること」だ。私は、その事件の目撃者である。殺人鬼を直接見た訳じゃないのだけれど、私は確実にその死体を見つめていていた。


 ――なんだか、序文を読んでいるだけで恥ずかしいな。正直流通しているモノを焚書にしてほしいぐらいだ。それでも一部の物好きはアタシの小説を買っていっているらしいんだけど、Amazonレビューでの感想はポジティブなモノが多い。それって、忖度してる訳じゃないよね? サクラじゃないよね? まあ、いいんだけど。

 それから、アタシは原稿の最後まで読み終わった。所詮は80枚の原稿用紙。1時間あれば読み終わってしまう。道頓堀で殺人鬼が殺した人数は5人。そして、「魔王」が道頓堀でグリ下の浮浪児を殺した数も5人。――偶然にしちゃ出来すぎてるな。死因もちろんバラバラ殺人である。矢っ張り、「魔王」はアタシのファンなんだろうか? しかし、『道頓堀の殺人』と今回発生した道頓堀での事件の手口が似ていただけで、他の作品と手口が似ているとは限らない。――そういえば、アタシが生み出した探偵の名前は「綾波玲奈」だったな。自分の名前を少しいじっただけのシンプルな主人公だけど、口が悪いのはアタシ譲りなんだろうか。自分では口が悪いとは思っていないのだけれど、絢奈ちゃんに言わせると「君は口が悪い」とのことだ。――絢奈ちゃんなら、何か知ってるのかな? でも、ここは自分の力でなんとかしたい。絢奈ちゃんの力を借りるとしたら――それはアタシが推理に行き詰まった時だ。

 次に、第2作である『鳥取砂丘の殺人』の原稿を見ることにした。こっちは40字×40行で120枚か。前作よりも多いな。――鳥取砂丘か。あの首なし死体が見つかったのも鳥取砂丘だったな。「魔王」は、本当にアタシの拙作を読んで殺人を犯しているのだろうか? そう思っても仕方がないので、アタシは原稿を読み始めることにした。


【鳥取砂丘の殺人 サウスホテル・エレナ】

 道頓堀の惨たらしい殺人事件を解決してから2ヶ月が経った。私は、一躍私立探偵として持ち上げられることになった。別に職業探偵をやっている訳じゃなくて、私の本業は飽くまでもジャーナリストだ。でも、最近では探偵としての仕事の方が多い。そんな中で、私は取材で鳥取に行くことにした。どうも、鳥取砂丘であるイベントが開かれるらしい。名前は――アラビアン・フェスティバルだっただろうか。確かに鳥取砂丘は砂漠っぽいけど、イベントの名前が安易だ。もう少し――鳥取らしい名前にすべきだろう。


 ――ふう。これも原稿の最後まで読み終わった。世間での評判はあまりよろしくなかったらしいが、むしろこんな小説を読んでくれる人の方がどうかしている。アタシは文才なんてないんだ。あるとしても――凡人並だろう。

『鳥取砂丘の殺人』の犯人は、矢張り「魔王」による殺人と同じく頸のない遺体を生み出していた。しかし、アタシはここである「違和感」に気付いた。『鳥取砂丘の殺人』では女性が殺害されているが、「魔王」による殺人は男性が被害に遭っている。仮に「魔王」の正体がアタシのファンだとしても、そこを間違えるか? まあ、『鳥取砂丘の殺人』はデュラハンを見立てにして殺人を犯しているから男性でも女性でも問題はないのだけれど。――デュラハンか。アイルランドに伝わる首なし騎士だったな。アタシは、どういう訳か『鳥取砂丘の殺人』で駱駝の上に女性の頸のない遺体を乗せるという「見立て」を行っていた。――『道頓堀の殺人』は5人の被害者を「戦隊ヒーロー」に見立てて殺していたな。どうして、あんな事をしてしまったのだろうか。色々考えても仕方がないので、アタシは次の作品である『名古屋城の殺人』の原稿を読むことにした。

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