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 自分が殺人を犯した訳じゃないのに、取調室に入るのは緊張する。目の前にいる飯室刑事が、アタシに向かって色んな質問をする。それは、事件のコトとか、今までの経緯いきさつとか、ついでに恋人はいるかとかそんな感じだったかな。色んな話をする上で、アタシは思い切って刑事さんに「魔王」による殺人事件の事を話すことにした。

「刑事さん、多分指名手配されているから知ってると思うんですけど『魔王』って知っていますか?」

 飯室刑事の返事は、意外なモノだった。もっとビックリするようなリアクションをするかと思ったら、意外と冷静だった。

「もちろん知っています。全国各地で殺人を犯しているとして指名手配されている殺人鬼ですよね。我々京都府警察が知らないはずがないでしょう」

「そうですよね。それで、アタシは今回の殺人事件も『魔王』による犯罪であると仮定しました」

「まあ、脅迫文に思いっ切り『魔王』って書いてありますもんね。それで、恵令奈さんは『魔王』に対してアテがあるんですか?」

「うーん、ごめんなさい。アテはないんです。――でも、『魔王』がこの京都市内にいるのは確かですね」

「魔王」は京都市内、それも洛中にいるのは確かだ。仮に洛外にいたとしても――多分東山区とか左京区とかあの辺だろう。ちなみに、アタシが住んでる東山区は「洛東」に当たるらしい。なんだ、洛中じゃないのか……。京都市内って、本当に狭いんだな。猫の額よりも狭いんじゃないのかな。まあ、そんなコトは置いておいて、アタシは昨晩調べた「魔王」による殺人について一通り話すことにした。

「『魔王』による殺人予告のうち、本当に殺人が起こってしまったのは10件です。最初は大阪で発生して、次に鳥取。3件目は名古屋で、4件目は東京――お台場です。5件目は仙台、6件目は鹿児島、7件目は小樽、8件目は川崎、9件目は西宮、そして10件目は雑司ヶ谷です」

「雑司ヶ谷の事件については警視庁の方からお達しがありました。恐らく『魔王』は京極夏彦の処女作である『姑獲鳥の夏』を模して殺人を犯したのではないのかということでした」

「矢っ張りそうなりますよね。私もそうなんじゃないかと思っていました」

「僕はあまり小説とか読まないんですけど――矢っ張り京極夏彦ぐらいは知っていますからね。まあ、分厚さに気圧けおされて『鉄鼠の檻』で挫折してしまいましたが……」

「なるほど。私も小説家ですけど、ゆくゆくは京極夏彦先生並の大作を書きたいと願っています」

「恵令奈さんって、小説家なんですか!?」

「はい。そうですけど……。とはいえ、売れない小説家なんですけどね」

「そういえば、恵令奈という名前で思い出すのもどうかと思いますけど、確か変な名前のペンネームでミステリ小説を書いているのを書店で見たことがあります。確か名前は――『サウスホテル・エレナ』だったような気がします」

「あの、それ私なんですけど」

「えっ」

「私です」

「マジですか」

「マジ」

「書影とか全然ないですから、どういう人物なんだろうと思いながら本を読んでいたんですけど、まさかあなたが『サウスホテル・エレナ』さんだとは思いませんでしたよ! サインとか、貰えませんでしょうか?」

「サインより先にこの事件を解決させる方が先です」

「あっ、そうでした。でも、処女作である『道頓堀の殺人』からずっとファンです」

「――あんな黒歴史のファンなんですか」

「全然黒歴史じゃないですよ! もっと自信を持って下さい」

『道頓堀の殺人』――それはアタシの処女作にして黒歴史だ。なんせ溝淡社のファウスト賞に送って跳ね返されたヤツだ。ソレを同人の電子書籍として販売していたらたまたま出版社の目に留まってデビューすることになった。そんな経緯を持っている。でも、文章も拙いしトリックもありきたりだし、今となっては焚書ふんしょモノだ。

 あらすじとしてはアタシ自身をモデルにした探偵の「綾波玲奈あやなみれな」が道頓堀で発生した連続猟奇殺人事件の謎を解いていくといった感じだっただろうか。とりあえず「人を切り刻んで殺せば事件が成立する」と思っていた節が自分の中であったらしい。だから溝淡社から突っぱね返されたのかな。でも、Amazonで電子書籍としてチマチマ売ってたら角川書店の目に留まって、こうして商業デビューした。しかし世間におけるアタシの評価は「『道頓堀の殺人』の一発屋」だそうだ。そう言えば、「魔王」の第1の殺人は道頓堀だったな。――もしかして、「魔王」はアタシの小説を読んだ上で殺人を犯しているのか? いや、そんなはずはない! アタシの小説なんて世間から見捨てられたも同然だ! そんなニッチな読者が殺人を犯す訳がない!

 とりあえず、アタシは深呼吸して飯室刑事のコメントに答えた。

「こんな駄作でも、ファンがいることは良いことですよ」

「そう言えば、『綾波玲奈』シリーズって今のところ全8作ですよね?」

「そうですね。一応シリーズとしては第8作の『サッカースタジアム殺人事件』で打ち止めですけどね。なんか、力尽きちゃったんですよ」

「まあ、そういう時もありますよ。もっと気を持って下さい」

「なんだか刑事さんに言われると、私、これで終われないような気がしてきました」

 アタシは、なぜか飯室刑事の手を握っていた。それは彼を刑事として信頼するというよりも、売れない小説家であるアタシにもこういうファンがいるというコトが嬉しかったからなのかもしれない。

「じゃあ、今回の事件の解決、協力してもらっていいですか?」

「えっ!? こんなアタシが探偵で良いんですか!?」

「良いんですよ」

 飯室刑事は、笑っている。アタシも、笑うしかないじゃないか。


 ――こうして、アタシは「魔王」の事件の謎を解き明かすことになった。

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