Phase 03 山鉾巡行

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 スマホが鳴っている。――ああ、朝か。アタシは基本的に午前7時ぐらいに目を醒ます。小説家は夜型の人間が多いと言うけど、アタシはなんだか夜が苦手だ。どんなに遅くても午後11時ぐらいには寝てしまう。まあ、健康体であるといえばそれまでなんだけど。そういえば、今日は山鉾巡行の日だったな。本当に事件は起こるのだろうか? いや、起きてほしくないけど。とりあえず、トーストを口にしてコーヒーでそれを流し込む。それで朝を済ませることが多い。そういえば、絢奈ちゃんから返事はあったのだろうか? アタシはダイナブックでメールを見ることにした。――脈ナシ。どうせアタシの推理なんて見てないんだろうな。

 歯磨きをしながら朝ドラを見て、朝ドラが終わると同時にアタシは外に出た。――ファッキンホット! 暑すぎる! それが京都の夏の常識であることを考えても、アタシは暑さでノックダウンしそうだった。アタシの移動手段は基本的に真っ赤なホンダのゴツいバイクなんだけど、流石に祇園祭のシーズンにソレを使うのは迷惑だ。仕方がないので、アタシは徒歩で四条通へと向かうことにした。それにしても、八坂神社に来た時点で人が多い。四条大橋から、鴨川が見える。等間隔で並んでいるリア充が多すぎて、独身のアタシはなんだか嫉妬しっとの炎に燃えているような気がする。まあ、嫉妬の炎を燃やしたところでアタシに彼氏なんかできるはずがないんだけど。やがて、大きな交差点と阪急の京都河原町駅が見えてきた。ここが所謂「洛中の大動脈」である。絢奈ちゃんに言わせれば「烏丸から京都河原町に降車駅を変更しただけで100円余分に取られるのはどうかと思う」とのことらしい。――だから、アイツもバイクに乗ってんのか。まあ、それはともかく、アタシは群衆をかき分けて烏丸の大丸の近くまで向かうことにした。そこならまだ人も少ないと思ったからだ。

 現在時刻は午前9時。そろそろ、山鉾巡行が始まる頃だな。アタシのスマホはGoogle Pixelだけど、それでもオーバーヒートでマトモにカメラが使えない。――コンチキチンと祭り囃子ばやしが鳴り響いている。あとは、無事に山鉾巡行が終わることを祈るしかない。そうこうしているうちに、アタシの目の前に一番鉾である長刀鉾が見えてきた。山鉾の上に、多数の男性が乗っている。彼らが山鉾の操作の指揮を取ってんのは何かで見たことがある。それが何だったのかは忘れたけど、多分子供の頃だったから忘れてたんだと思う。

 アツアツのスマホを持ちながら、アタシはカメラで長刀鉾を激写する。矢っ張り、長刀鉾はかっこいいな。昨今の刀剣とうけんブームも相まって、長刀鉾は人気の山鉾の一つでもある。名前の通り、鉾の上に薙刀なぎなたが乗ってんのが特徴だ。その薙刀は、疫病を薙ぎ払うといったノリで動いているらしい。昔は三条宗近さんじょうむねちかが鍛刀した薙刀が使われたらしい。――三条宗近といえば、何かと話題の三日月宗近みかづきむねちかも彼の作だったな。アタシはそこまで刀剣に詳しくないけど、矢っ張り小説を書く上でネタとして参考にしていかないといけない。だから、薙刀に関しては念入りに写真を撮っている。――アレ? 薙刀の上に何か乗ってる。アタシ、幻覚でも見てんのかな? ――いや、これは幻覚じゃない! 人間だ! それも、首吊り死体だ! このままだと、この死体が薙刀で斬られてしまう! 薙刀が、縦に動いていく。悲鳴が、周りで聞こえる。山鉾が、血で染まっていく。

 ――死体が、真っ二つに引き裂かれた。

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