第15話
天草が入部したときに最初に後悔したのが結木の存在だった。
よりにもよって新海の幼馴染がこの部活にいるとは思わなかった。
テニス部への入部を決意した理由だというのに、まさかやっと決意したテニス部で当人と関わることになるとは思いもしなかった。
さらに今回はどういうわけか新海まで入部してきた。
折角テニス一本で頑張ると決め入部したのに。
天草は挨拶する新海を遠目で見ながら自身の集中を妨げるだろう二人をこれから毎日見なければいけないのだと考えるだけでげんなりした。
とはいえ、テニスを頑張ると決めたのだ。
決意を新たに練習へ戻ろうと足を進めたその瞬間、
「俺のカノ」
びっくりして今しがたげんなりしたばかりの二人を天草は見てしまった。
慌てて弁解している新海、真実はどうなんだろうかとも思うが知ってどうするとも思う。
視線に気付かれたのか急にうろたえる視線と交差した。
二人は慌てて目を反らし、天草は朝練の続きへと向かった。
部室に残っていた不知火 結木 轟といったファンを歓喜させる豪華シチュエーションの真ん中にいる静音に先輩マネージャーが声をかけた。
一年生の頃からマネージャーとして活動しており部活で唯一残ったマネージャー。
頼りになると轟のお墨付きの人だ。
「新海さん、マネージャーの仕事について教えるわね。」
「宜しくお願いします。」
その場の幼馴染と不知火に別れを言うと先輩の元へ駆け寄った。
部の設備や大まかな仕事について先輩は説明し新海はメモを必死に取りながらついていく。轟が言うように少しの会話だけで先輩が頼りになることがよく分かる。
一通り説明が終わり部室へ戻ると先輩は扉を占め顔色を変えた。
「それで、結木とはどういう関係?」
先輩はすごむように聞いてきた。
さっきまでの頼りになるお姉さんは消えてしまったようだ。
「た・・・ただの幼馴染です。」
「付き合ってるの?」
「付き合ってません。」
「言っておくけど結木くんにはファンクラブがあって付き合ったらうちらなにするか分からないからね?」
女って怖い。
そう静音が再確認した瞬間だった。
先輩はどうやら結木のファンクラブに入っているようで表情は敵意そのものだった。
中学でも結木の事が好きだという子は多かったが高校に入ってまさかファンクラブまでできるとは思いもしなかった。
「単なる幼馴染なので、そういったことは絶対ないので大丈夫です。それに私好きな人いますから。」
先程まで敵意を剥き出しにして威嚇していた先輩の顔が急にもとの笑顔に戻った。
「そ?ならいいわ。結木くんは格別だけどテニス部のメンバーは皆んなカッコいいから好きな子は多いしあまり手を出さない方がいいわよ。」
「そうみたいですね。」
今までに何度かあったことだが幼馴染というだけで今回のように絡まれることを考えるだけでゾッとする。
今回は幼馴染だけではなく天草も含まれているわけで、静音は不安に思った。
ファンクラブがあるとしても当然告白する人間はいるのだろうから、その一人に天草が頷かないとは限らないのだ。
そして、テニス部マネージャーという立場から告白も許されないと思い知り、初日にして早くも新海は後悔した。
「それはさておき、あなたは誰がタイプ?」
「誰といいますと?」
「誰よりも優しい結木くん、アイドル的存在 不知火、クールでリーダー肌の轟、弟系の」
テニス部でモテルであろう男子の紹介が永遠と続いた。正直もうお腹いっぱいになるほどに。
そして結局一通り先輩の紹介を聞き静音は天草の名前がないことにホッとした。
「先輩、私あまりそういうのは…」
「あら、のり悪いわね。
今までの子は即答だったのに。
毎回こういう話で盛り上がれるの楽しみにしてるのよ?
まぁライバルが少ないにこしたことないけど、結木くんの昔の写真とかあったら見せてね!」
(いい…人なのかな…?)
よく分からなくなってきた。
結木に関わりさえしなければ本当に親切で良い先輩なのは間違いない。
だが結木が好きだということを全身でPRされ幼馴染とはいえ仲良くしていると刺されそうな気さえする。
翌日から本格的にマネージャーの仕事が始まった。
前日は先輩の後をくっついて先輩の仕事のサポートをしながらメモを取ったが、翌日いきなり任されるとは思いもしなかった。
それほどテニス部は人員不足なのだ。
マネージャーの仕事は部員の服の洗濯や食事の支度、タイムの記録からマッサージまでに至る。
並べると分かるように仕事はかなりハードだ。
早朝と放課後まだこの二回しかマネージャーとしての活動をしていないのに新海は既に相当しんどいと感じていた。
やっと一日の仕事が全て終わり、新海はまだ日が残っている天草のいない屋上につっぷした。
「は…ハードすぎる。」
体力に自信がある新海だったが、想像以上のハードな仕事に体の節々悲鳴をあげる。
明日から毎日この作業量をこなすことになるのだ。
無理だ、と思いながら力尽きた静音はそのままそこで眠った。
練習が終わり天草がもしかしてと思い屋上に行ってみると案の定新海が眠っていた。
初日からのハードな仕事量を見ていたので屋上で休んでから帰るのではないかと思ったがここまで予想通りだと笑えてしまう。
相当疲れたのであろう。新海は扉が閉まる音も気づかず眠りつづけていた。
新海の近くにしゃがみ髪をかき分けてやる。
すると反応を示さず軽い寝息だけが聞こえた。
「お疲れ、今回は弓道の時みたいに頑張りすぎるなよ?」
途端何様だ?と自分で思い、急に恥ずかしくなってきた。新海の頭をなでて天草はそのまま屋上を後にした。
「遅いぞ天草!どんだけ長い便所だ!」
「わりぃ」
不知火の罵声が静かな校庭に響いく。
その声でも起きることなく眠り続けていた新海が目を開けた時にはもう日が沈みがかけていた。
まだぼんやり赤く染まった空。
それを見ながら新海は夢の内容を思いだし口元がゆるんだ。
天草と一緒に帰る夢を見たのだ。
今日頑張ったご褒美かなと思いながら天草が前までいた場所を鏡で確認した。
その場所を確認するのが癖になっている自分に笑ってしまった。
「…夢はいいなぁ…」
今は屋上へ来ることも無くなってしまった天草、少なくともあれから新海は一度も会えていない。
新海のため息がもう暗くなってしまった空へと消えていく。
ふと校庭を見るとまだテニス部は練習をしているらしい。遠目だがそこには天草の姿があった。
「かっこいいなぁ…」
もう少し静音は屋上にいることにした。
依然天草が寝ていた場所に移動して。
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