第14話 新海視点
ずっと続けてきた弓道をやめたのが、もう随分と昔のことのようだ。
昨日テニス部に所属している幼馴染にメッセージで相談すると、その日のうちに話を通してくれて翌日にはもう見学ということになった。
急も急で心の準備もまだだというのに朝7時からの朝練でテニス部の部長と会う約束を幼馴染はあっという間に取り付けてしまったのだ。
驚くべき行動力だ。
朝7時、朝7時と新海は脳内にインプットし続けたせいで一睡もできた気がしない。
あっという間に朝になりいつもより早くセットしたアラームがけたたましく鳴り響いた。
高校の弓道部は朝練がなかったからアラームなど必要がなく中学の朝練以来久しぶりのアラームだ。
手探りでスマホを探し布団の中で時間を確認する。半分ぼやけていた頭が急に覚めて新海は慌てて飛び起きた。
朝は強いと自負していたが昨日の夜楽しみで全然寝れなかったのが原因だ。
一睡もしていないつもりでいたが、実際はアラームで起きないほど完全に眠っていたようだ。
一時間前に起きるつもりが結局時間ギリギリとなってしまった。
昨日轟から来たメールを再度確認しジャージを着て家を出る。
久しぶりにジャージで出歩くということもあり、慣れない格好に新海は恥ずかしさで人とすれ違う度に反対を向いた。
立奏大学付属高校 テニス部
テニス部の部室は校舎から少し離れたところにあるので静音は入学して初めて足を踏み入れる場所だ。
轟からのアドバイス通り30分早めに学校についたが、既にもう何人かは集合しており先輩マネージャーも朝から忙しそうにしていた。
部室の近くでメンテナンスをしている人がいたから声をかけてみるとその人は親切に部長を紹介してくれた。
「悪いな、ミーティングは7時からなんだ。まだみんな自分のペースでアップしてるからミーティングの時に全体に紹介するな。それまではすきにしていてかまわない。もし気が向いたら部を見て回ってもいいと思う。」
優秀な成績を残し続けるハードな練習が噂のテニス部を引っ張っているのがこの部長だ。
もっと厳格な鬼部長を想像していたが実際はとても優しそうな人だった。
「はい。」
ミーティングまで部のあちこちを見て周り、7時5分前に言われた部室の端っこに立って部室全体を見渡した。
練習場所にはトレーニングマシーンが数多く並んでいたが、この部室にはいくつもの賞状やトロフィが並んでいた。
それはまさにここが王者と言われることを象徴していた。
徐々に部員が集まり、ジロジロ見られる。
出入りの多いマネージャーだから今更珍しくもないだろうに、気分はまさに転校生だった。
7時ちょうどになり部長が部員に号令をかけてミーティングが開始された。
「今回のマネ募集で新しく入った新海静音さんです。」
ギリギリの時間まで朝練をしていた天草は一番後ろで汗をぬぐっていたが、静音の名前を聞きまさかと思い顔を上げた。
「新海静音です。一生懸命頑張りますので宜しくお願いします。」
天草は半信半疑で人の隙間から改めて新しいマネージャーを確認するが、そこには間違いなく新海の姿があった。
いつもおろしていた髪を邪魔にならないようにくくって珍しいジャージ姿でそわそわしている。
「彼女は結木くんと轟くんの紹介なので一年生を担当してもらいます。」
天草が見ているとは知らず、まさかこんなにも人数がいると思わなかった新海は大勢の人の前で緊張していた。
立っている感覚もないし部長の言葉もあまり耳に入らない。
だけど新海は精一杯の笑顔で応答していた。
ミーティングが終わり何人かの部員に声をかけられ少し上擦った声で返す。
その間も新海は緊張でずっとそわそわしていたが急に肩をつかまれ慌てて後ろを振り返った。
そこにいたのはセミロングくらいの髪をまとめた生徒がいた。
(この人どこかで…)
見覚えのある顔に首をひねるも全然記憶をたどっても誰か分からなかった。
「前のマネージャーは半月ももたなかった。まぁせいぜい頑張れ。」
あまりに上から目線の言葉に上級生かと新海は深々とお辞儀をする。
何度も記憶をたどるが一向に誰か分からない。
「おい、やめろよ豪。静音が困ってるだろ。」
新海を紹介した幼馴染の二人が豪と呼ばれた不知火の後ろから歩いてきた。
「何いってんだ?応援しただけだろ。」
「新海、宜しくな。」
結木と不知火のセリフを無視し、轟が手を差し伸べた。
「轟くん、ありがとね。」
「あぁ、気にするな。」
昨日、結木とのLINEの後に話を聞いた幼馴染の轟から細かい説明のメールが来た。
少しはやめに来た方がいいということ、
女子は着替える場所がないから部員がいない時間に着替えるか家で着替えてきた方がいいこと、
そのほかにも先輩マネージャーはどういう人かということ
轟のこういう気配りは凄く助かった。
「前のマネージャーの人は半月しか持たなかったんだね。私大丈夫かな?」
「新海は根性があるから大丈夫だろう。」
「そうそう、前は豪のファンの子だったしね。比べちゃダメだよ。」
前回不知火の紹介で来たマネージャーはファンクラブの子でどうしてもと言われ不知火が紹介したものだった。
「俺のファンだとすぐやめるみたいな口調だな。」
「は?事実だろ?」
「なに!この前やめた子お前目的で入部して、ひどい振り方したの覚えてるかー?あげくに翌日ならぬ当日辞めたのを忘れたわけじゃないだろう。」
「…皆不純すぎる。」
轟が言った不純だという言葉が新海に容赦なく突き刺さる。
新海の動機も間違いなく不純なのだ。
「んで?新海さんと二人はどういう関係なんだ?まさかどちらかの恋人なんて言わないよな?」
新海が唐突な不知火の質問を否定する前に結木が予想もしなかったことを言い出した。
「俺のカノ」
結木が言いかけた言葉を黙らせるように足を踏み、新海は言葉を被せて慌てて口をはさんだ。
「幼馴染!!」
「なんか怪しいな。こう見えても俺は口がかたい。本当のことを言っていいんだぞ?」
「本当に二人とは幼馴染なんで。」
「幼馴染でカノジョ」
「こんな彼氏いりません。」
新海は必死に訂正した。
(どこで噂されるか分からないのに天草くんに誤解されるようなこと言わないでよ!!)
そう心の中で叫んだ。
不安になり天草がいないかあたりを見渡すと、最悪なことに本人はすぐ近くにいて探していた天草と目が合ってしまった。
そしてあわてて目を背けた。
どうやら先ほどの話を聞かれてしまったらしい。
(よくもそんな冗談を)
と結木を睨んだが当の本人は一切自分が言った冗談を気にする様子もなくへらへらしていた。
恨みに思った新海がしばらく結木と口を聞かなかったのはまた別の話。
先ほどのことを天草に弁解したいところだが、ここにいない人間にあえて弁解するのも妙な話だろう。
新海は弁解のチャンスもなく一人酷く落ち込んだのは言うまでもない。
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