第12話 新海視点

明日がもう何度も続き、部活の欠席日数もどんどん増え、周囲がいよいよ国体をどうするか?という話をし始めた。

申し訳なさでいっぱいだ。

中途半端で弓道をやった結果がこれ。

そんなの絶対に良くない。

そんなことは新海も重々承知だった。


マネージャーになりたいという決意も固まった頃、新海はやっと決心をし部活へ向かった。

部活はもう終わろうとしていて、全体の挨拶が聞こえてくる。

緊張で高鳴る鼓動を抑え、新海は大きく深呼吸した。


「新海?あなた今までどこに」


いつの間にか終わった部活といつの間にか目の前にきていた部長。

新海は驚き息をのんだ。

「あの」という声が裏返ってしまい、咳払いをして誤魔化した。


「部長、すみません私弓道部辞めます。」


唐突な一言だったと思う。

だが、長い前置きの話をすると言いにくくなるのは分かっていたし自分が一番言いたかった言葉は間違いなくこの言葉なのだからオブラートには包みたくなかった。

だが、部長には覚悟も決意も分かるわけがない。

どうしてこの結論に至ったかという説明もなく、辞めるの一言。それはあまりに説明不足だった。

当然、「また冗談を」と部長は笑った。


「国体の練習ならまだ間に合うし、今まで来なくて気まずいということなら誰もとがめないから大丈夫だよ。私からもみんなに言っとくし。」


ネットに書き込んだのが誰なのかなんて分からない。

一見親切で面倒見がいいように見える目の前の部長かもしれない。

部長という立場なのにぽっと出の一年生が先に国体へ行くのだ。面白いわけがない。

そういう黒い感情に押しつぶされそうになる自分を新海は叱咤した。

部の誰かだということは分かっていても部長とは限らないのだ。

もしかしたら、部長は本気でフォローしてくれているのかもしれない。


「新海はいままで弓道しかやったことがないんだろう?

せっかくここまで大会でも順位を上げてきたところじゃないか。

もう少し続けてから考えてもいいんじゃないか?」


どういう気持ちで部長はそう言っているのだろう。

引き留める部長の言葉を聞きながら新海は部長の気持ちについて考えていた。

だが人の気持ちが分かるわけもない。本心は随更。

一通り考えをめぐらし、そして引き留められたことに迷いもなにもない自分に新海は驚いた。

弓道に未練が少しなりともあるだろうと思って不安になっていたが全くないのだ。


「部長、ありがとうございます。今までも沢山フォローしてくださり本当にありがとうございました。

でも、私はやったことがないことがやりたいんです。

弓道しかやったことがないのは事実ですがそれでも前に進みたいって思ってます。

それに…正直、今弓道に対して始めた当時感じていた魅力を感じていません。

本当はもっと弓道を楽しみたかったんですけど、結局は中途半端になってしまい先輩や皆さんにご迷惑をかけて本当にすみません。

本当に・・・本当に申し訳ないと思います。」


新海は深々と頭を下げた。

そして退部届けを部長に提出した。

部長はそれに対して何も言わなかった。「まだできる」「今じゃなくても結果を残してから」そんな言葉をかけようとしたが、かけたところで新海の決意はかたいのだと目に見えて分かったから何もいうことが出来なかったのだ。


退部届を無事に受け取ってもらって人気のない部室で部を去る片付けをした。

愛用していた弓は弦がもうボロボロになっていて、新海は自分がそんなことにも気づかないほど余裕がなかったのだと今更ながら実感する。

ロッカーの荷物は意外と少なかったが、最後に簡単に部室を片づけていたら遅くなってしまった。

もっと名残惜しい気持ちになるかと思ったが、帰り道に名残惜しさなんてかけらもなくどこか清々している自分がいて新海は自分の性格の悪さに苦笑した。


持ち帰った私物を自分の部屋に置くと、辞めたのだという実感が改めてわく。


「またいつかやるのかな・・・」


今は見たくもないこの道具がいつか懐かしいと感じる時がくるのだろうか?

そう思いながら弓道のセットを見えないクローゼットの奥に押し込んだ。

今までの功績、そんなことどうでもいいって思っていたけれど長く努力した結果が確かにそこにあった。

新海は嫌気と後悔を断ち切るために深くため息をつき鞄からスマホをとりだした。


さて新しい一歩だ。

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