第11話 新海視点
天草が屋上に来なくなって数日、新海は
(私何かしたかな?)
とか
(毎日いってたからうっとおしかったかなぁ)
と不安になった。
クラスで天草の姿を見るたびに声をかけようとしたがなんて声をかければいいか分からなかったし、不安で聞くことが出来なかった。
天草が来ないと分かっていたが、それでも微かな期待で新海は屋上に通い続けた。
天草が来てくれる可能性を感じたかったのだ。
国体の一件があって以来、弓道部に顔を出す頻度は少なくなり日々屋上で過ごすようになった。
時折 天草が寝ていた場所に行って寝ころんでみたり、それまで過ごしていたように本を読んで過ごしたりした。
(誰もこないのに…待つだなんて)
そう思うがそれでも足が向いてしまう。
部活終わりに天草が隠しているバイクがあった場所も何度か見にいった。
しかし通学に使っていたはずのバイクもなくなっていた。
屋上にも天草は現れず校舎裏からもバイクがなくなってまるで最初から夢だったかのようだと新海は考えるようになっていた。
(本当に避けられちゃったかな…)
それが現実だと思うと屋上へいっても悲しみばかりが募る。
今日もいつものように屋上へ。
そして、新海は屋上から下校する生徒をぼんやりと眺めていた。
その中には日暮れが近いというのにまだ部活動をしている幼馴染二人の姿もあった。
テニス部は大変だなぁ。
そんな他人事のような独り言を漏らした瞬間、新海は息を呑んだ。
天草の姿を見つけたのだ。
フェンスを掴み前屈みになりながらよくみるが間違いないらしい。
「天草くん!?」
遠目でもわかった。
不思議なことに好きな人だけはモノクロの世界でも唯一カラーに見えるように分かるものだ。
よく言うその言葉が本当だと知ったのは恋する少し前のことだった。
『なんで!?なんで!?なんで!?』
幼馴染二人がテニス部に入っていたことは知っていた。
中学からテニス一色だった二人を応援しに新海も何回か試合も見に行ったことがあったくらいだ。
それなりにテニス部に行くことはあったはずだが、その中に自分が探していた存在があるとは思いもしなかった。
驚きながら様子を見ているといつも不機嫌だった天草が凄く楽しそうにしていた。
新海はフェンスに頬杖を突きながら『良かった』と心の底から思った。
天草が笑っていて、ようやく学園生活を楽しんでいると分かって嬉しいのに…何故だろう?涙が零れた。
「…好き」
この屋上で会えるという安心感からか、ずっとその二言が言葉に出来なかった。
もっと早くその言葉を言っていればと、たらればを並べてみるが言ってどうする?ともう一人の自分が否定する。
好きな人が自分の手の届かないところにいる。
そんなことよくあることなのに
それからはほぼ毎日のように屋上へ来た。
弓道部へ行かなければと思うが、どうにも足が進まず明日明日と先延ばしにし続けている。
「マネージャー募集とかしてるかなぁ?」
昼休みに外を見ながらぼーっとしていたら、つい声に出てしまった。
「弓道部やめるってこと?」
新海とは同じ中学で元弓道部員の速水柚樹がその言葉にすかさず反応した。
「ちょっとそれもいいかなぁって思ってた。」
慌てて冗談っぽく言ったが冗談ではない。
あれだけ好きだった弓道が楽しいって思えなくなったのは最近のことじゃない。
もう国体も弓道もどうでも良くなっている。
これは逃げだって皆に思われるってこと分かってるし、ネットとかの書き込みの人からしたら願ったり叶ったりだとは思う。
それで悔しくないの?って言われたら悔しいけど、これは変わる機会じゃないかなとも新海は思っていた。
その切っ掛けは恋だけど
今入部したらバレバレだけど
それでもいい
「ふーん。ところで何部のマネージャー?バスケ部だったら募集してたよ?」
きっとそんな気持ちは速水にはバレバレで、それでも「もったいない」とか「頑張りなよ」とか他の子なら言ってきそうなそんな言葉を速水は言わなかった。
ただ、「決めるのは自分でしょ」というかのようにマネージャーの話をしてくれる速水が新海は大好きだった。
そんな速水曰く同じクラスの男子バスケ部マネージャーがマネ不足をぼやいていたらしい。
だが、新海が希望しているマネージャーは一つなのだ。
「ん~テニス部かな?知り合いもいるしやりやすそう!」
慌てて付け足した。
急に今いる部活を辞めてマネージャーになりたいだなんて好きな相手がテニス部にいると言っているようなものだ。
「あんた、誰目当て!?」
知り合いもいるしと言ったものの新海の努力虚しく速水は『とうとう静音に春か!?』と身を乗り出した。
「いやいや。単にメンズの知り合いが結木と轟しかいないだけの話だよ。」
それは事実!!
速水も同じ中学で二人とは仲が良い。テニス部にいるということももちろん知っている。
だが察しの良い速水は何か隠しているなんてお見通しの分けで、新海は追求の視線でヘビに睨まれたカエルのような気分だった。
「ふーん。あーそう、言いたくないのなら別にいいけどさ。でもあそこはファンが多いから大変だよ?」
速水のこういう所も好きだ。
女子なら根掘り葉掘り吐かせるって子も多いんじゃないかって思うけれど速水はそんなことしない。
言いたくなれば言うだろうって考え。
言う気がないと分かると速水はシャープペンシルをくるくる回して「オススメしない」と言った。
「ファンって、まさか。アイドルじゃあるまいし。」
「あそこは顔良い人がそろってるからねぇ。」
「もしかして、マネージャーもそういう人が狙いの子がなるの?」
「そりゃそうだよ、近くで応援したいって子がほとんどというか全員?今じゃレギュラー陣の彼女争奪戦!!」
「か…彼女争奪戦…。」
新海は正直焦った。
天草にもそういったファンがつくのではないかと本気で不安になった。
顔に出てしまったのか先程まで興味を失っていた速水はにやついた。
「でも続かないから紹介制になったって聞いたよ?」
「紹介制?」
「そ、皆んな顔目的で入るけどすぐ辞めるって噂だよ。なんせ全国トップクラスだから忙しいし休みもろくに取れないって話だし、やめといたら?
他にも部活が沢山あるわけだし、マネージャーも他にもあるじゃん。目的の人がいないならね?」
「そうなんだ、考えてみる。」
忙しいのは苦ではない。
休みが取れないのも苦ではない。
だけど真剣にやっている人もいる中で好きな人がいるからっていうのは失礼な気がした。
だから、やるからにはちゃんとやりたい。
一人心の中で決意を固める新海に速水の発した『目的の人』という言葉は完全に無視された。
いつもどおり屋上まで行き天草の練習を見た。
あれだけ人と接触することがなかった天草がどんどん新しい世界に入っていく。
それは嬉しい反面不安でもあった。
もう天草の良さを知っているのは自分だけではないという不安だ。
良いことなんだけど、なんだろうこの気持ち。
天草を応援したいっていう気持ちもあるけれど、今までやってきた弓道をやめてまでマネージャーをやりたいのか。
今の自分は逃げているんじゃないのか。
今までの自分を捨てる覚悟はあるのか。
そう新海は迷ったが、それでもこのまま恋を諦めたくなかった。
「テニス部かぁ…。そこに行ったら天草くんともまた話せるかなぁ。」
あんなに天草が楽しそうにしている空間に自分も行ってみたかった。
サポートしてあげたいなんてたいそうな事は言えないけど、ただ再び天草と一緒の空間にいたかった。
あの楽し気な空間に自分も入れたら、そう新海は夢見てしまうのだ。
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