第9話 天草視点
時々バイクを走らせていると天草は決まってラケットをもった連中とすれ違った。
立奏大学付属高校のテニス部はかなり有名だ。
全国大会の常連校で部活の設備も一二を争うほど整っている。
そんな部活の部員をみて、天草は深くため息をついた。
部活に打ち込む連中をみると心がざわつく。
天草は必死になった結果、怪我で部活での活躍を諦めた過去を思い出すのだ。
必死にやったところでどうせ無駄になるのは目に見えて、そんなの馬鹿馬鹿しい。
そう思う反面、打ち込むことができるものがあることを天草は羨ましいと心のどこかで思ってた。
だから見てると無性に腹立たしく思えてしまう。
朝から教師やクラスの態度にやたらと天草はムカついていた。
普段から期待するほど良好な関係ではないというのに、それなら自分がなんでこんなに腹が立っているのかも分からなかった。
時折、世界に自分の味方なんていないとさえ思う。
今日はそんな日だった。
それでもいつもバイクを走らせると大抵の嫌なことは忘れられた。
だがどうやら今日はそういうわけにもいかないらしい。
スッキリしたくて自販機で炭酸を買ったが、自販機から落ちた衝撃で開けた瞬間炭酸から勢いよく泡が吹きこぼれた。
よりにもよってだ。
自販機は吹きこぼれないよう対策しているにもかかわらず今日に限ってはずれをひいたらしい。
まさかとは思うが振って補充したのではないか?とさえ思うほどの泡がでた。
「クソッついてねー」
炭酸にまでバカにされた気がした。
ただでさえ、そんな苛立つ一日だったというのにあおるように部活に遅れたテニス部員が目の前を走り去った。
部活に必死になる連中は嫌でも過去の自分を思い出させ、今日のような日は一番見たくない存在だった。
「おい」
単に苛立ちを発散できればそれでよかった。
たまたま目についた普段見る部員の一人、それだけのことだった。
「チッ、邪魔なんだよ。」
人相の悪いせいか大抵の人間はこう言われたら謝って逃げる。
面倒な奴に絡まれたと思うのだろう。
実際絡まれて面倒だとは思う。
関わりあいたくないと思うだろう。
天草も最初は傷ついたりした。だが今となってはもう慣れた。
今じゃ弱いやつらを馬鹿にすると少しスッキリするのだ。怯えて逃げる相手を見ると、すこし優位にたてているようなそんな気さえしてしまう。
今日もいつも通りそうなる予定だった。
「ここを走ったことで迷惑をかけたか?」
怯えて逃げると思っていた目の前のテニス部員はびくともしなかった。
それどころか真顔で言い返され天草は一瞬言葉につまった。
「いつもいつも集団で走りやがって!どういうつもりで毎度毎度道ふさいで集団で走ってんのか知らねーけど、目障りだ!」
とはいえ、振りかざした拳を下げることは出来なかった。
目障りと言ったが正直、そんなことどうでもよかった。
ただ必死になにかに打ち込む姿が気に入らなかったのだ。
なくしたものを目の前でちらつかせ自慢げに頑張っている姿を見せられる、ただただそれが気に入らなかった。
「なんのためにテニスやってんだよ?テニス選手になるわけでもあるまいし、一時のお遊戯によくそんなに真剣になれんな」
天草は馬鹿にしたように言う。
それは過去の自分に問いかけたい言葉だった。
必死になってケガしてまでやった野球が今の何になるのかなんて自分でもわからない。
だが、楽しかったのだ。
昔はただボールに必死にしがみつき相手から点をとっていた。楽しいからこそ打ちこんだ。
そんな自分を今の自分ならくだらねーの一言で済ませてしまうのだろうか?
嫌になる。
あの時はもっと純粋に楽しんでいたのだ。
将来?メリット?そんなことこれっぽっちも考えてなかった。
ただ仲間と勝つ、それだけしか考えてなかった。
「俺は俺自身に勝つために戦っている。理解しろとは言わないが、お前とは違う。」
だからお前はダメなんだ、そう言われた気がした。
モヤモヤと考える『なんになるのか?』その答えなんて分からない。
言葉にされて気づいた。
自分に勝つ、それでいいんじゃないか。
まっすぐ目を見られると心まで見透かされているような気がした。
天草は言い返そうと口を開くと畳みかけるようにテニス部員は話し続けた。
「なんのためにという理由は自分の中にしか存在しない」
自分の中にも存在しない時はどうすりゃいいんだ。
何がしたいのかさえわからない。
どうすればいいのかさえもわからない。
暴力事件で捕まろうがタバコを吸って停学になろうが関係なかった。
過去を思い出させる胸糞悪い目の前の人間を殴り飛ばせれば少しは気分も晴れるだろうか。
最後に男は「前に進む気があるのなら仲間になれ」と言い、言いたいことは終わったと部活へ走って行ってしまった。
散々文句を言おうと言葉を用意したというのに結局ただ茫然と目の前から去っていくテニス部員の背中を見るしかできなかった。
「行くかよ」
と暴言を吐いたが、その声は届くことなく消えていく。
男の存在すべてが腹立たしかった。
寝ても覚めてもその苛立ちは消えることはなかった。
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