第7話 天草視点

休み明け、新海が天草の机まで来た。

目立つのが嫌いだというのにも関わらず、わざわざ。

案の定クラスの人間から「何事だ」という追及の視線を向けられる。

新海はその視線を気にしている様子だったが、天草の机の前までくると目線を合わせるようにしゃがんだ。


「あんだよ」


クラスでいつもそうしているように、いつも通り新海を睨みつける。


「金曜日はありがとう。迷惑かけちゃってごめんなさい。これ良かったら」


そういって渡されたのは甘そうなマカロンだった。

心配そうに新海の様子を見ていたクラスメイトが天草とマカロン、そのアンバランスを見てクスクス笑った。


「別に大した事じゃねーよ。でも…ありがとうな。」


天草の「ありがとう」はあまりに小さかった。

聞こえたか天草は不安に思いつつマカロンを受け取ると、これ以上見られないようにとそのままカバンに忍ばせた。


「こちらこそ」


そう笑うと新海は満足げに再び女友達の元に戻っていった。

なるべく見ないようにと再び天草は狸寝入りをしたが口元はどうにも笑ってしまう。

普段なら騒ぐクラスが気になるところだが、今の天草はそんな事どうだがでもよかった。

ただ気にするとすれば新海があんな目立つことをしてよかったのだろうかと思うだけだ。




放課後

屋上でもらったマカロンを空に掲げて天草は食べるかどうか迷った。

甘いものが苦手なのだ。

かといって誠意を無駄にするわけにもいかず一口食べた。

ほろ苦いカカオと生クリーム。

新海が知っていたのか知らずに渡したのかは分からないが、甘いものが苦手な人間でも食べられるビターなマカロンだった。


「ウメーじゃん」


マカロンに向かって笑った。

その時 突然屋上のドアが開く音がした。

慌ててマカロンをしまい口を拭いたが、そこから入ってきたのは少しだけいつもの時間より早く来た新海だった。

道着姿のままで息を切らしながら屋上に現れたのだ。


「も・・・やだ。」


閉めた手すりにもたれかかって新海は泣いていた。


「試合なんかしたくない。国体なんか行きたくない。もっと自由にもっと楽しくやりたいのに。

始めはみんな一緒にやってたのにどうして私だけこんなことになるの…」


国体?聞きなれない言葉をスマホで検索すると、全国大会の通称らしい。

ついでに弓道と一緒に検索すると1年生にして国体出場!注目の人として新海が紹介されていた。

学内でも活躍を期待されているとは知っていたが、まさか全国大会のメンバーに選ばれていたのか。

隠し撮りで取られただろう写真の横にコネを使ったんだとか偶然だとかそういったくだらない嫉妬からくる悪口が沢山書いてあった。


(強いのは本人の努力があるからであって避難されんのはおかしいだろ)


天草はそう思った。

新海は屋上での休憩が終わると毎晩遅くまで一人で練習していた。

バイクがおいてある関係で天草はそのことを知っていたが、これを書いたやつは当然知らないのだろう。

天草は近くに行って泣いている新海に何か言ってあげたかった。


(だが何を言う?)


結局天草は何も言えずそのままそっとしておくのがベストだと自分に言い聞かせた。

何も知らないのは自分も同じだと思ったのだ。

新海がどれだけ努力して、どれだけのことに耐えて結果をだしたのかなんて本人にしか分からない。

外野である自分が何を言おうとどこまでも安っぽく思えて天草は口を出せなくなった。


新海はそのまま扉の近くにしゃがみ込み、膝を抱えてしばらく泣いていた。

そのうち泣きつかれたのかそのまま眠ってしまった。


スマホに着信がありあわてて天草は電源を切った。

今日に限って親が家にくるという連絡があったのだ。

最初は新海が帰るまでいるつもりだったのにそうもいかないらしい。


「タイミングわりー」


天草は頭をかきながら腰を上げた。

屋上の扉を開けようとしたとき、扉の近くで眠っている新海の目に涙が見えた。


(夢でも泣いてるのか)


よく泣く女だと涙をぬぐい、新海の頭に手をあて撫でると小さく反応し唇が少し開かれた。

たったそれだけだというのに天草の頭は真っ白になった。

友達だけじゃない、好きなんだ。

そう確信し新海の頬に手をあてそのままキスをしてしまった。


(何やってんだ、俺は…新海には好きな相手がいるんだぞ…)


今まで一方的な友人だと思っていたが、もう誤魔化せないくらい新海が好きなのだと実感してしまった。

先程触れたばかりの唇が熱く熱を持っている

叶わないと思いながらも好きになってしまったのだ。


(キスしちまったんだよな…)


相手の意識がないときにキスをするだなんてそんなのはセクハラだ。

そう天草は自分を責めるが心のどこかが触れられたことに歓喜している

そっと静音の唇をなぞると新海に反応があり、あわてて天草は自分の上着をかけて屋上をでた。


階段を駆け降りる足をとめもう一度自分の唇に手を当てる。

夕日が責めるように眩しく差し込む。

願うことならもう一度触れたい。だが、二度とこんなことはないだろうと誰かに言われずとも天草自身一番よく分かっていた。

帰路を急いでいたこともあるが気持ちを落ち着かせるためにバイクのスピードをあげる。

スピードをあげて周りの空気すら抜けていく。

大抵気持ちがスッキリするのだが、今日はそうもいかないらしい。

吹き抜ける風の感覚が新海の感覚を消すことなく虚しく通り過ぎていった。



***



その晩、天草は新海と初めて会った日の夢を見た。

告白を迷惑そうにする横顔。

そういえばあの日、放課後新海が屋上に来る日が多くなった。

最初はただぼんやりする場所として利用していた新海だが誰もいないと思ったのか、愚痴を言ったりボーッとしたりぐっすり眠ったりと教室ではけっして見れない本当の新海がそこにはいた。

道着姿のときもあるし制服姿のときもあった。

そこで見る新海はクラスで見る新海とは全てが違っていた。


友達が多くて可愛くて運動神経が良くて勉強もそこそこできる。

ドジ以外非の打ち所がない新海だが屋上では違う。

猫のようにだらだらしてポテチ袋食いや2リットルボトル飲みなんていう男が幻滅するだろう一面だってある。

普通ならぶりっ子しやがってとも思うがあまりに必死にそういう姿を隠していていつしかそのギャップも愛らしく思えてきた。

皆がうんざりする雨の日が好きらしく普段は鼻歌なんて歌わないのに、雨の日に上機嫌に『雨に唄えば』を鼻唄まじりに唄っていたこともある。

どの姿も屋上で見る新海は普段よりずっと可愛く見えた。

そしてそんな姿を知っているのは自分だけだという優越感も天草にはあった。


「あぁ・・・もうどんな人が好きなのよ」


という一言が聞こえた。

今まで言動から恋愛とは程遠い存在だと思っていた新海には、どうやら好きな男が居るらしい。

その一言は何故か天草の心をざわつかせた。

いつも通り寝たふりをしながらその言葉を聞いていたが、内心穏やかではなかった。


「分かってたけどね。」


そうぼやくのが聞こえ、それ以上何も話はしなかったが詳細が凄く気になった。 


新海の好きな人間はどんなやつだろう。

女子が教室で恋バナをしてるあいだ新海はいつも聞き役だった。

そんな新海がそれ以来、時折屋上で好きな相手に対しぼやくことがあった。

天草は知らず知らずの間に名前も知らないその男に恋人でもないのに嫉妬していた。

キスをしたから分かったんじゃない。

嫉妬している自分に気付いたときにはもうすでに好きだと分かっていた。




***




起き上がるといつものベッドの上で新海はそこにはいない。

天草は溜息をついた。

恋心に気付いてからどれだけもたっていないはずなのに、新海への思いがどんどん膨らんでいく。

夢にまで見るほどに新海のことが好きなのだ。


(キスしちまったんだった。)


そのことを謝るべきか、黙っているべきか。

複雑な気分で翌日屋上に行ってみると新海が寝ていた場所に紙袋が置いてあった。

周囲を見渡し中を除くとそこには天草の制服が入っていた。

自分の制服だと気づき袋を開けると、制服からふんわり新海のシャンプーの香りがした。

あの日のバイクのヘルメットと同じ香り。

今日はそれに混じってほのかにチョコレートの香りもした。

袋の中にはケーキと手紙が入ってた。


手紙の内容は

『制服ありがとうございました。お礼にケーキを同封します。食べていただければ嬉しいです。』

女性らしい丸文字で書かれている手紙だった。


(俺、お礼言われるほどのことしてねぇよ。

逆にキスしたこと謝らねーといけねーのに)


自分のしたことに後悔し、前髪をぐちゃぐちゃとかき乱した。

あまりに律儀な対応に罪悪感がより一層強くなったが、好きな相手からの手紙が嬉しくないわけがない。

綺麗に折り畳み鞄にしまい、代わりに天草は自分のノートを出した。


(何て書けばいいだろうか?

気にするな、か?それとも、たいしたことじゃないか?

甘いものが苦手だからケーキなんて子供の頃以来だ。

そういえば前にもらったマカロンもビターだったな。)


以前新海からお礼にと貰ったマカロンも甘くはないものだった。

だが天草はそんな都合のいい解釈を全否定し、男用の制服だったから甘さを控えたんだろうという結論に至った。

きっと以前マカロンが甘くなかったのもそういう理由だろう。

結局今日謝罪するつもりだったが返事の手紙の内容は結局キスには一切ふれられなかった。手紙でキスしてごめんなさいというのも新海にとっては怖いだろう。


『ごちそうさまでした。美味しかったです。』


そんな短文。

昨日のことには触れずケーキのお礼だけ。

手紙を書くと新海が部活終わりに屋上に来る時間をみはからって買ってきたペプシを手紙に添えた。


予想通り数分後いつも通り扉があき彼女が入ってきた。

手紙の反応が気になり盗み見ていると新海は満面の笑みで手紙を胸にあてていた。

「良かったぁ。」と聞こえた気がする。

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