第6話 天草視点

一時間ほどしたころ

何かに引っ張られる感覚がして天草は目を開けた。

ベッドの前の椅子に座ったまま寝ていたらしく、起きると目の前の新海と目が合った。

顔を布団で半分隠し、布団から微妙に出した新海の手が自分の服を引っ張っていたのだ。


「天草くん、」


「…あぁ、起きたか。倒れたの覚えてるか?」


「??倒れたの?」


「俺を睨んでな」


ククッと笑いながら天草が答える。

途端、新海は衝撃を受けたように布団から顔をだした。


「睨んで…!?…ごめん…天草くんはなんで…?」


「バイクを体育館裏に停めてて偶然通りかかった。」


「そうなんだ、迷惑かけてごめんね。」


教師だったら真っ先に注意するというのに新海にはバイクのことなんてどうでも良かったらしい。


「大丈夫なのか?」


「あ、うん。大丈夫、大丈夫!今日大会だったから疲れちゃったのかなぁ、恥ずかしぃ。」


「そうか」


新海がベットに手を突こうとした瞬間、顔が痛みに歪んだ。


「い…っ…」


倒れたことですっかり忘れていたが新海の手は練習で擦り剥けたままだった。

またやっちゃったのかぁといつものことのように新海は気に留める様子もなくつぶやいた。


「まず手ぇ洗え」


「大丈夫だよ?」


「早く」


「う…うん。」


布団から出て天草に言われた通り蛇口の水で洗い流そうとするが、あまりの痛さで手が引っ込んでしまう。

天草はため息をつきながら椅子から立ち上がり新海の向かい側から手を掴み蛇口の方に新海の手を持っていった。


「・・・ったく、ちょっとだけ我慢してろ」


一瞬、天草に手を握られたことで顔を赤らめるも新海は痛みで天草の肩に額を押し付けた。


「ん…いっ…」


天草は新海が自分の胸に顔をうずめていても気にも留めず、皮がむけてしまった手を丁寧に洗い流し最後に傷口に消毒液を吹きかけた。

始終痛そうにしていた新海の瞳には涙が浮かぶ。

先ほどと同じように天草はその涙を拭いた。


「終わったぞ、あと巻くだけだから。」


真っ赤になった新海を見ることもなく手際よく棚から勝手に包帯とガーゼを取り出し丁寧に包帯を巻いていく。

あっという間に治療は完了した。


「手慣れてるねぇ」


天草の手際の良さに新海は関心した。


「野球部だったからケガはつきものだったんだ。」


「あぁなるほどね。」


「どういう意味だ?」


(意外だとでも言いたいのだろうか?

それともただ単純に手際の良さのことだろうか?)


天草は悪口を言われたように聞こえ睨むが、前回もそうだがどうやら自分の睨みは新海には一切通用しないらしい。


「なんとなく野球部っぽいなぁって、左と右の上腕二頭筋のつき方結構違うじゃん?だからなるほどって」


「上腕二頭筋?」


「ここ。こっちとこっちが、ほらやっぱり違う」


自分では一切気にしていなかったし、もう野球をやめてしばらくたち筋肉も落ちたはずだ。

野球をしていた名残が少しでも残っていることに天草は驚いた。

保健室でしばらく天草の話で盛り上がるものの、新海はその間全く自分の話をする気配がなかった。

何故こうなるまで練習したのか、こんな状態にも関わらず続けるだなんてただの練習だけではなかっただろう。

保険医が繰る気配がなく天草と新海はとうとう帰ることにした。

一緒に歩きながら見た新海の顔はいつもより沈んでいるように見える。


(言いたくねーなら、聞くべきじゃないよな)


帰り道がわかれるとき、心配とまだ一緒にいたい気持ちがあり新海を引き留めた。

おくっていくのを断られてはいるが新海は熱が上がってかなり息苦しそうだ。


「乗ってけよ。」


「いいよ、ちゃんと帰れるし」


新海の顔が赤い。

やはり、保健室で待つか職員室へ行けばよかったと天草は後悔したがすでに学校からはかなり距離がある。

引き返すに引き返せない。


「いぃから乗れ。また途中で倒れたら面倒くせぇ。」


「ちゃんと帰れるもん…」


「そうは思えねーんだよ。」


大丈夫と言い張る新海を一切無視し、天草は自分のヘルメットを新海の頭にかぶせ、半ば強引に家を聞いた。

「しっかりつかまってろ」と天草がいうと新海は諦めたのか息苦しいのかバイクの後ろでおとなしく座り、迷惑をかけたことを謝った。

そしてそっと天草の腰に手を添えつかまった。


「落ちんだろ。ちゃんと掴まってろ」


少し躊躇してはいたがちゃんと掴まれと言われ勇気をだして新海は腰に手を回し、天草に抱きつく形でしがみついた。

天草はつかまれと言ったものの後ろに新海がいる気配がするだけでドキドキしてしまう。

後ろにいるだけじゃなく背後から抱きつかれるこの状態はドキドキしない方がおかしい。

友人だと勝手に思っていた気持ちは訂正しなければいけないだろうか?

天草は自分に尋ねた。


バイクはいつもよりゆっくりと、そして体調が悪い新海を気遣うようにいつもより丁寧にまっすぐ走った。

誰かを乗せたことなんて初めてだし、まして後ろに乗っているのは新海だ。

緊張しつつ後ろから新海の暖かさを感じて走るのはとても心地がよかった。


静音の家まであっという間だった。


「ありがとう。気を付けてね!」


そう手をふる新海を熱があるのだから早く家に入れとせかす。

こんなの恋人のようじゃないか。

そう天草はうかれるが、明日になればまたいつも通りの関係になると思うと途端新海をこのまま引き留めていたくなった。


扉が閉まったのを確認すると天草はバイクを走らせた。

静音から返してもらったヘルメットを今度は自分がかぶると自分のものとは違う静音のシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。

静音がまだ後ろにいるような余韻を感じ天草は笑った。


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