第5話 天草視点

弓道の大会で新海が学校を休んだ日があった。

その日もいつも通り屋上で暇を潰してから帰ろうと考えていた。

だがあいにくの雨で天草は仕方なしに屋上ではなく教室で寝ていた。

誰に声を掛けられるわけもなく気付いた頃にはもう日はすっかり暮れていた。


「・・・帰っかな」


スクールバックを肩に担ぎポケットに手を突っ込んだ。

いかにもヤンキーですっという格好だが、もう何か月もこういうスタイルを貫くと意外と楽な姿勢だと気づく。

今更普通の持ち方に変えるのも気恥ずかしくてきっと高校3年間はこのままだろうと天草は思う。


体育館裏までいくと、まだ部活をやっているのだろう生徒たちの声が響いていた。

思い出したくもない記憶が蘇るからこういう場からは一刻も早く立ち去りたい。

隠してあったバイクにキーを差し込もうとしたとき、体育館裏にある弓道場から音が聞こえた。


試合で弓道部員は全員今日は学校を休んでいたはずだ。

試合が終わり片付けにきたのだろうか。

天草は好奇心で窓から覗いてみるとそこには道着を着て練習している弓道部員がいた。

新海だった。

試合帰りだろう、新海は道着を着て普段おろしている髪も後ろで軽くくくっていた。

屋上で何度か見ている道着姿だが道場で見ると立ち居振る舞いや真剣に的を見る鋭い目つきもあって別人のように見える。

こういうのを凛としているというのだろうか。

あたりを見渡したが、どうやら新海は一人で練習しているようだ。

新海が一人ということもあり、天草はしばらく窓から弓道場の中をのぞいていた。

凛としているその姿が、何故か天草には凛としているというよりむしろ壊れそうに見えた。


新海は天草に気づくことなく矢がつきるまで引き続けた。

散々放った数十本にわたる矢を取りに行こうとする新海。

その手からは血が滴っていた。


(なんであんなになるまで練習してんだ。)


大会でなにかあったのだろうか?

無理して故障した自分が言えた義理じゃないが天草はこのままほっとくことができなかった。

だが、どうすればいいかも分からない。

悩んだ結果、天草は道場の入り口で新海が矢を抱えて通ると同時に声をかけてみた。


「こんな遅くまでご苦労なこって」


不審に思われることを覚悟してかけた天草の言葉は新海に完全無視された。

というか存在自体を無視された。


(くそっ、余計なお世話ってか…)


クラスメイトならともかく新海はそんなことはしないと思っていたから腹が立った。

いや、傷ついたのだ。

普段なら、いつものことだとこのまま帰っていた。

だがほっといちゃいけないという警報が天草の頭のどこかで鳴り続けた。

天草はそれを無視できなかった。


「待てって」


天草は「無理すんな」ってただちょっと声をかけたかっただけだった。

だが口より先に手が出てしまった。


(ヤベェ…やっちまった)


絡むつもりも手を出すつもりもなかったのだ。

再び練習に戻ろうと弓を手にした新海の手を天草は無意識に握ってしまった。

新海は握られた手を凝視する

急に手を握られたのだから当然だ。

その視線は掴む手の主である天草へと次第にうつり新海は天草を睨み付けた。

手を振りほどくわけもなく威圧しているようだ。

睨みつけられた天草は威圧に臆することもなく、ただ新海もこんな顔もするんだなと驚いた。


(とりあえず手は離さないとな

あの件以来話すらしていないのだから、急に手をつかんで睨まれるのは無理もない。

クラスメイトのような反応をしないと思っていたからと言って理由にはならない。

だが悪い噂されてる俺にからまれてそんなに嫌だってのか?

いや手まで握って不審者扱いされたか?

それとも間の悪いときに話しかけてしまったか?)


天草が手を離そうとして次の言い訳を考え始めた矢先、新海は手を惹かれたかのように体重を預けてきた。

てっきり嫌がられているとばかり思っていたが、今度は大人しく頭を預けてきたのだ。

天草が混乱する頭で色々考えているうちに新海は体制を崩しそのまま床に崩れそうになった。


(!?!?あっぶねぇー。ってか紛らわしー)


天草はとっさに抱きかかえるように受け止めた。

新海を支えるために触れた手がじんわりと暖かくなった。


「新海?」


新海を呼ぶものの返事をする気配は一切ない。

試合後だ、疲れたのだろうとは思う。

だが、それにしても抱きかかえた体が熱くないだろうか?

天草はまさかと思い新海のおでこに手を当てると案の定かなり熱があった。


「こんな状態で部活すんなよな。」


天草はどんな状態であっても一生懸命部活をやる姿に昔の無理をしていた頃の自分を重ねた。

無理をして肩を壊した馬鹿な自分を。


さて、どうしようか。

そう天草は悩むも、とりあえず身動きが取れなかったので自分の上着をかけ新海を抱きしめるように座った。

新海とはクラスが同じだということと屋上でよく会うという接点しかない

だが、屋上での時間は短くもクラスの時間より圧倒的に濃厚で天草はいつしか新海を友人のように思っていた

言葉も交わさない、ただ相手の言葉を聞くだけ。

だがそれでも勝手に天草はいつしか新海を気心のしれた友人のように思うようになった。


(まつ毛なげー。)


至近距離で見るのは2回目だがこんなにまじまじと見るのは初めてだった。

夢をみているのだろう、新海の眼から涙が流れた。

いつものようにきっとまた何か悩んでいるのだろう。

流れる涙を天草は手ですくいとると新海が意識を取り戻した。


「あ…まくさくん」


「あぁ?起きたか?」


その問いに対する返事はなく、新海は再び目を閉じた。

何度か声をかけたが起きる気配もない。

雨はあがったがいつまでもここに寝かせておくというわけにもいかない。

いたしかたなく新海に上着をかけ抱きかかえ保健室まで運ぶことにした。

一緒のところを見られれば後日新海が困るだろうと天草は心配していたが、日もすっかり沈みかけ雨ということもあり校舎に人がほとんどいなかったのは不幸中の幸いだった。




消毒の匂いがたちこめる保健室に保険医はいなかった。

鍵が開いていたのは幸いで、そのまま新海をベッドに寝かせ布団をかける。

保険医がいないのに勝手にあさるようで気が引けたが、そうも言っていられない。

棚を探し冷えピタを先程寝かした新海の額に貼り、隣のベッドからもってきた布団を今かかっている布団の上から深くかけると天草は近場の椅子に座ってしばらく新海を見た。


鍵が開いていたから保険医がくるまでと思って待っていたが、待てども待てども保険医は帰ってこなかった。

そのままいつの間にか天草は眠ってしまっていた。

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