第3話 新海視点
入学してから一カ月。
新海は中学で弓道ばかりしてきたから高校でも勿論部活は弓道をしようと決めていた。
部活をして恋して友達とは旅行をして、とやりたいことは沢山あった。
だが入学したてのこの時期は、様子見して周囲からうかないようにしないといけない。
『恋より先に目立たないことを意識しないと!!』
新海の第一目標はなにより目立たないことだった。
そんな新海の目標は入学一か月で虚しく壊され災難なことにクラスのど真ん中で男子から呼び出しをされた。
連れ出されたのは屋上
屋上だなんてなんてベタな展開だろうと新海は溜息をついた。
クラスで呼び出されたとき、折角出来た友達に『告白じゃない!?』と冷やかされてしまい新海は本当に恥ずかしかった。
屋上に向かうまでの階段を一段また一段上る度に足が重くなっていくようだ。
ようやく階段をのぼり終わり今の気持ちを反映したような重い扉を開けたら、クラスのど真ん中で呼び出した同じクラスの池田が待っていた。
よりにもよって同じクラスの人間に呼び出されるなんてついていない。
振っても付き合ってもしばらくはクラス中のネタにされるのは間違いない。
入学したての微妙な時期である今、告白されるのは新海にとって本当に迷惑だった。
こういう時は、嘘でも好きになってもらえてありがたいって思うべきなのだろう。
そんなこと分かってはいるが、タイミングが悪すぎてありがたいとは到底新海には思えなかった。
「俺と付き合わない?」
告白されるだけいいじゃんとは言われるけれど正直告白なんていいもんじゃない。
思いを伝える勇気はたたえるが、ふる勇気だってたたえてほしい。
そんなことを新海は思いながら告白を断った。
何度断っても、何度謝罪しても次から次へと前向きな誘いが飛び交う。
「誰か好きな人がいるの?」
「いないよ。まだ入学したばっかりだし…」
「友達から始めない?」
「ごめん、まだ池田君のことよく知らないから。」
「それでもいいから、これから友達として知ってくれればいいからさ。」
何度も断っているが、池田にはその言葉が通じていないらしい。
終いには友達というところが打倒的解決となり、嫌々承諾すると気が済んだ池田は屋上から出て行った。
扉が閉まって池田の気配がなくなると新海は大きなため息をついた。
見晴らしの良い屋上にふと昔見ていたドラマの光景を思い出す。
学園ドラマ、告白したヒロインがOKをもらって屋上のフェンスから叫ぶのだ。
別に付き合ったわけでもないし嬉しさからくる感情でもないけれど新海は無性にこのシーンを再現したくなった。
ドラマと同じようにフェンスに両手をつき校舎の外におもいきり不満をぶちまけた。
「あぁ~もう、なんで正直に嫌だって言えないのかなぁ。
大体まだ入学したばっかりで良く知らない相手なのに…というかあの人も私の事知らないのに何で好きって言えるんだろう?
てか私も…そういうことは本人に言えたらいいのに」
後半恥ずかしさがこみ上げたが、やってみると思いのほかスッキリした。
満足げにフェンスに寄り掛かり静音が一息つくと、誰もいないと思っていた場所から物音が聞こえた。
見ると同じクラスの天草が寝ころんでいた。
「!!!…聞いた?」
こんな恥ずかしい姿を見られてどうすればいいか分からなくなった。
高校が始まって間もないのに折角の告白に対してこんな事を言ってしまう最低な自分をもう誰かに知られてしまった。
華やかな高校生活の終りが垣間見え、新海は頭がくらくらした。
「天草くんだよね?同じクラスの」
つり目で金髪という独特の風貌は入学したてのクラスでも話題の的だった。
他校生と薬物を売ってるとか、中学では教師殴って停学くらってるとか、そんな考えれば嘘だと分かるくらいくだらない噂すら天草にはあった。
本当に馬鹿げている。
新海が見た天草という人物は何事にも興味がなさそうでクラスにも一向にとけこまない人物だった。
他人とは距離があるが、決して悪いことをしているわけでもない。
実際、天草が誰かに何かしたところなんて新海はみたことがなかった。
「んだよ、知るかよ。話しかけんな」
すごむように言われた。
だがそれだけだ。
噂なんて今の新海にはどうでもよかった。
そんなことより、高校生活がこの一瞬にかかっているのだ。
クラスで天草が話すとは考えられないが、もし今起こったことを話されては高校生活は即終了になりかねない。
悪い噂があろうと、約束してくれればそんなことはどうでもよかった。
「天草くんお願いっ!今の誰にも言わないで。入学したてで目立ちたくないの!」
「しらねーよ」と繰り返す天草に何度もお願いをし、面倒くさそうだがようやく分かったと了承してもらえた。
だが新海は不安だった。
生返事ではなく確証が欲しくて梯子をのぼり天草の寝ていた場所に行き、手を取ると薬指を重ねた。
「なにすんだよ」
不満の声をもらすが天草は強引に手を振り払ったりはしなかった。
天草の気が変わらない間に新海は祈るように手を包み込んだ。
「だって本当にこまるんだもん。本当にお願いね!」
普段乱暴だとか柄が悪いとかそんな噂をされている天草は全くそんな人間じゃなかった。
正直、あんな風に手を握ったら勢いよく振り払って怒ると思ったのにそうじゃなかった。
どちらかというと天草は困っていた。
(いくら必死だったとはいえ…なんだろう…楽しい?)
新海がクラスで恐れられている天草に興味をもった瞬間だった。
それから数日
本当に約束守ってくれるか不安で新海は天草をこっそり見続けた。
見れば見るほど天草はみんなが話すイメージとは全く違う。
授業態度は真面目だし、他の男子のようにふざけて子供じみた遊びをすることもない。
クラスメイトがぶつかったとて「別に大丈夫」といっても真っ青になるクラスメイトに気を使って教室から出ていってしまうほど。
なにより、天草が誰にもあの日のことを話さなかったお陰でクラスで話題にされることもなく日々普通に生活できた。
ー皆が言うほど悪い人じゃないじゃん。
ここ数日天草を見て新海は全て根も葉もない噂なのだと確信した。
それどころか日に日に天草を好きになってきている自分がいるのだ。
クラスメイトが恐れる冷たい態度も強い口調もすべて新海にとっては素敵でしかなくなっていった。
『恋はしたいけど、付き合うなら自分から恋した人と付き合いたい』
中学の頃にそう言っていた静音はいつしか天草と付き合いたいと願うようになった。
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