第2話 天草視点

話は過去へ遡る。


入学してからひと月

天草は屋上で青空を見ていた。

『高校は野球部のない学校へ。』

そういうことから決めたこの高校

だが、それ以外に目的もなくこれといった目標もない。

校舎にはひと月もたったというのに未だ部活勧誘をしている声が響く。

そんな部活を決めろと急かすような声に天草は目を閉じた。


中学で野球一本に全身全霊をかけてきた天草は自分の行く道が分からなくなった。

野球はもうできない。

そう思うだけで辛かったし、野球以外に自分ができることも想像できなかった。

目標ができるまでと来ていた屋上。

ここへ来てもう一か月が経とうとしていた。

だが、未だ目標はみつからず毎日屋上でただただ空を見る日がつづいていた。


知り合いもいない遠い高校へ来たせいか、それとも風貌のせいか、高校に入ってから誰も声をかけてこなくなった。

部活勧誘も避けられるかのように天草には声すらかけてこない。

特に話かけてほしかったわけではないが、周囲に怖がられるのはなんとなく寂しかった。

出来れば部活も・・・そうは思うが、きっかけすらなく一か月経ち今ではなんとなく帰宅部でいい気もしてきた。

無理に部活なんかしなくとも、屋上でのんびりしたっていいじゃないかと最近は部活もすっかり諦めていた。

周囲から異色に見られるのはしょっちゅうで、そんな天草にとって屋上は一人でいられる良い隠れ場でもあった。

そもそも部活に無理に入って怖がられながら人間関係を一から築くのは今更面倒なのだ。


人気のない屋上がとりあえず今は一番居心地がいい。

そう天草は思っていたのに、まさかこんな場所で他人の告白に遭遇するとは思わなかった。


「俺と付き合わない?」


それは、そんなお決まりのセリフだった。


(ベタなセリフだな、オイ。)


あまり遭遇しない現場に好奇心で天草は聞き耳を立てた。

学校裏や屋上での告白なんてもう誰もやらないと思っていたベタなシチュエーションにベタなセリフ。

屋根から下を見てみると告白された女の子は手を口に当てて「ごめんなさい」と控えめに答え、早く帰りたそうに下を向いていた。


「誰か好きな人がいるの?」


(それ聞いてどうすんだ?いたらどうだってんだ?)


「友達から始めないか?」


天草がしつこいと呆れるほど何度も彼女を振り向かせようと男はくどくが、彼女に目の前の男と付き合うだなんて気は全くないらしい。

なにを言われても彼女は謝りつづけはぐらかしつづけた。

とうとう彼女の口から謝罪以外聞けないと根負けした男は諦めて屋上を出て行った。

一連の会話を聞いていた天草は普段遭遇することなんてまずない現場に遭遇した高揚感にひたりながら面白い時間はもう終了と目を閉じた。


「あぁ~、もう!

なんで正直に嫌だって言えないのかなぁ。

大体まだ入学したばっかりで良く知らない相手なのに…というかあの人も私の事知らないのに何で好きって言えるんだろう?

こういうことは本人に直接言えたらいいのに…なんでいつもいつも言えないのよ。」


一人になった彼女が踊り場のフェンスをつかんで大声で叫んだ声に天草は飛び起きた。

恐る恐る天草がもう一度みると彼女はつかんでいたフェンスに寄り掛かり、ぶつぶつとつぶやき断れなかった反省会をしていた。


(変な女。)


それが天草が彼女の第一印象だった

自分には関係ないことだと、寝ようとしたとき足元に置いていた缶を天草は蹴ってしまった。

その物音に気付いた彼女は当然天草の方をみて、こっそり見るつもりが盗み聞きしていたことに気づかれてしまった。

慌てて弁解しようとしたが、どうにもうまい言い訳が浮かばない。

彼女の表情はみるみる間に変わっていき、真っ赤から真っ青という表現がまさに当てはまるような顔をした。


「!!!…聞いた?」


口をパクパクさせながら聞く彼女に天草は面倒くさそうに頭をかきながら答えた。


「そんだけうるさきゃ聞こえるっつーの」


天草は弁解する言葉を先ほどまでは探していたが、盗み聞きに対する弁解はどこかに消えてしまい逆切れした。


「ごめんなさい」


怒られたと思ったのか、もともと背がちいさい彼女がシュンとしてもっと小さくなったようにみえた。


「天草くんだよね?同じクラスの」


そんな小さくなった彼女は天草に怯えることなく話続けるつもりのようだ。

だが、クラスが同じかと言われても自己紹介なんてろくに聞いてなかった天草はクラスの人間の顔とか名前がほとんど一致しない。

見た覚えがある顔ではあるが、同じクラスか?と言われたら分からない。


「天草くんお願いっ!今の誰にも言わないで。入学したてで目立ちたくないの!」


初めて高校に入ってまともに会話したのがこれだった。

そんな感動に浸っていた天草の前で彼女は両手を合わせて豪快にお願いした。


「嫌味かよ!?」


内容はともかく高校に入って初めて会話して嬉しい反面、彼女のその言葉は普段悪目立ちしている自分への嫌味に感じた。

だが彼女にはそんなつもりは全くなかったらしい。

彼女はキョトンと小首をかしげていた。


「・・・ったく、俺には関係ねーわ。」


初対面のしかも女子に頼まれて、しかも天草には盗み聞きしていたうしろめたさもある。

何もみなかったことにすればいいんだろうと、面倒くさそうに答えると天草はまた横になって目をつぶった。


「本当にお願いだってば」


言う気がないといったつもりがまだ頼み続ける彼女に、目をあけるのも面倒で寝ころんだまま適当に返事をした。


「あーうるせーなー。分かったよ」


(どうせ言う相手もいねーし、そんなん見りゃ分かんだろ)


下から物音がしたがどうでもいい。

天草はこれ以上何かに巻き込まれるのも面倒で寝たふりし続けた。

そうすれば彼女も諦めて屋上から出ていくだろうと思ったのだ。

そう思っていたのに、急に手をつかまれ驚いて天草は飛び上がった。


「・・・っ!?」


「絶対だからね?」


天草の小指と彼女の小指が重なり約束のポーズを取られる。


「なにすんだよ。」


離せと天草は相手がすごむように睨みつけた。

(彼女は怖くないのか?)

高校に入ってからというもの誰一人天草に声をかけようなんて生徒はいなかった。

それがまさかこんな相手にそこまでされるとは思ってもみなかった。


彼女が近づいてきたせいで嫌でも彼女の顔が目に入る。

名前を知らない彼女は確かに男が好むような可愛い子だった。

性格もまるで小動物を相手にしているようだ。

髪だって色素の薄い猫毛でタックスか?シャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。

嫌いじゃない、いやかなり好きなニオイだ。

少しふてくされたように下唇を噛む姿は本当に小動物っぽい。

高校で初めて話す相手にしちゃ良い方どころか最高だった。

きっと誰かから絡まれるのが最初だと思っていたのだが、天草の予想は見事に外れた。


「だって本当にこまるんだもん。本当にお願いね!」


奪われたままの手を両手で握られ祈られる。

あきれた天草は振り払うこともできず何もいえなくなってしまった。


「誰にも言わねーよ」


振り払うこともなく、強く文句をいうこともなく、ただ目の前の必死な彼女に安心しろ言うようにゆっくりとそう答えた。

途端、彼女はありがとうと満面な笑みを浮かべ天草の手を離すとそそくさと屋上を出て行った。

満足そうにしていた彼女。

屋上の扉が閉められた途端、天草は我に返りお礼に照れた自分に対し『何故だ!?』と『面倒くせぇ』とイライラし頭をむしった。




翌日、あんな面倒な相手と二度とあってたまるか。

そう思った天草は屋上以外の他で自分の休まる場所を探したが、図書室って柄でもなく他にめぼしい場所もなかったため最終的には屋上に戻ってきてしまい相変わらずの定位置から動くことはなかった。

何も自分が他の場所に移動することはない。

彼女だって偶然告白で呼び出されただけで普段生徒が来ることはまず見なかったし、こんなことは二度とないだろう。

謎の確信で天草は自分を納得させた。


(まぁ、どうせ告白で呼ばれなきゃこねーか)




天草は後日知ったことだが彼女は確かに同じクラスであった。

新海静音

弓道部の国体候補生

教師からの信頼もあつく友達も多い

ぼんやりとした性格らしく授業中外を眺めて教師に怒られる姿を存在を知ってからの短い期間に何度か見た


(くそっ俺とは正反対かよ)


だが、違和感があった。

なんとなく教室で友達や教師に接する笑顔は屋上で見た笑顔とは違う感じがした。

何か無理しているようなそんな違和感だ。

天草がそんな疑問でぼんやりと新海を見ていると近くにいた友人と思われる女子が彼女に忠告を促した。


「ちょっと静音、天草がめっちゃ睨んでるよ!あんた何かしたんじゃないの?」


天草に丸聞こえの大声だ。

もちろん、天草には睨んでるつもりは無かった。

だが今までの態度からクラスメイトからの印象が男女問わず悪いのは分かっているし仕方ないことだと諦めてもいた。

きっと新海も同じような反応をするのだと天草は決めつけ席を外そうと立ち上がった。


「そう?心あたりないよ?」


友達の忠告に対し新海はそう答え天草を見ると、席をたとうとしていた天草と目が合った。

驚く天草にそっと口に人差し指を当て口パクで『ありとう』と伝え、笑って手を振る。

天草は慌ててその場を離れた。


「睨んでないじゃん」


恋とか愛とか全然興味がなかった天草だが、新海のこの行動にはつい口元が緩んでしまった。

袖で口元を隠したがどこまで隠せるか。

中学以来久しぶりに笑った気がした。

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