春夏秋冬きみが好き 【毎週金曜日完結まで更新中】
万珠沙華
第1話 はじまり
「お疲れっ!今日も早いね」
青い空、白い雲、そして広大な筑波山ーーー
その麓にある高校、立奏大学付属高校テニス部マネージャー新海静音は、今まさにコートから練習を終えたばかりで汗だくになっている部員に次々とドリンクを渡していた。
ここは王者と呼ばれるほどの実力がある部員たちが集まる場所
そこでの練習量は他校では想像も出来ないほど過酷なものだった。
マネージャーの仕事も当然多く、現在テニス部マネージャーはというと一年では新海静音ただ一人。
ほかにもマネージャーがいたが仕事量が多く次々と辞めて行ってしまった。
今じゃ1年生は後輩が、3年生は先輩マネージャーが担当し、2年生は静音の担当となっている。
2年生の何人かは顔がいいことでも有名で、テニス部のマネージャーだと知った周囲の女子から
「あんなに格好いい人たちに囲まれて羨ましい」
と嫉妬されることは多い。
だが実際にマネージャーの実務をやった人間はそんなことは決して言わない。
我儘 横暴 無頓着
顔は良いが個性はかなり強く…
マネージャーの仕事以外でも気苦労が絶えない。
そんな人間ばかりだと分かっているから決して羨ましいとは言わないのだ。
「ちょっと待て静音!!この俺様を完全無視するなんてありえない失態だっ!」
いつも通り次々ドリンクを渡していく静音に無視された学校のアイドル的存在である不知火が突っかかった。
「あー、忘れてた」
わざとらしく笑いながら静音は答えた。
「なんだとーー」
この俺様を忘れるとはどういうことだ…
そう文句を言いながら不知火はラケットを肩に担ぎながらズカズカと 静音に近寄ってきた。
「冗談だよ、はいっ!」
汗だくでつっかかってきた不知火にあっちに行けとボトルを押し付け応戦すると不知火は面白いほど顔を歪めた。
またこれかと渡されたドリンクボトルに文句をいいながら去ろうとした不知火
その首元に静音はひんやりしたドリンクボトルを押し付けた。
「・・・っ」
ビックリしたせいか不知火はさっきまで発していた文句の言葉を失い、手に持っていたドリンクを地面に落とした。
静音は落ちたボトルを拾い上げ、そのボトルの代りに先ほどの冷たいドリンクを不知火にわたした。
「ちゃんと冷えてるでしょ?本当はぬるいくらいがスポーツ選手にはいいんだってよ?」
「運動後にぬるいドリンクを飲めというのか!?」
文句を言いながら静音の頭部をチョップする不知火。
「言うんですねぇ。それが体の為だからっ。」
小突かれた静音はするりと不知火の手から冷たいドリンクを奪い、最初に渡した皆と同じぬるいドリンクと交換しようとする。
わーっと叫びながら抜き取られそうになった冷たいドリンクを両手でホールドし不知火は静音を睨んだ。
「今日だけだからね?」
冷たいドリンクを死守した不知火に静音はくぎを刺した。
「せめて2日に1回は冷たいのにするべきじゃないのか!?」
「じゃぁランニングで自己ベストを更新したときだけ出してあげるよ。」
「…頑張らないとだな!」
走るときに邪魔だったのだろう、後ろで束ねていたゴムを不知火がとるとサラサラの髪が下りて少し顔にかかった。
それを手慣れた手つきでかきわけていく。
その動作を見ていたのか遠くからファンの黄色い声援が聞こえてくる。
遠くで不知火を見守る彼女に対し、この男のどこがカッコいいのだろうかと静音は首を傾げた。
「切らないの?」
「何故だ?」
「邪魔そう?」
不知火は少し考えると自分の髪をくるくると指に巻き付けて長いか?といいたそうな顔をした。
「あっもしかしてプロテニスプレイヤーのアインツの真似をしてたり!?」
アインツの名前がでた瞬間、不知火は慌てて静音の口を手でふさいだ。
周囲をキョロキョロと見渡し、近くにだれもいないのだと分かるとほっと溜息をついた。
あきれた表情でそんな不知火を見ていた静音は、離す気配がない手に新しいイタズラを思いついた。
口をふさがれた手を舐めるというものだ。
行動にうつしたとたん当然ながら驚いた不知火が口から手を離した。
だが静音を指し文句を言いたそうに口をパクパクするも驚きすぎて言葉はでなかった。
一方の手をなめた静音はというと、無表情のまま舌をだした。
「しょっぱ…。苦しかったんですけど」
そんな不満をもらす。
「…ッ。だからと言って舐めることはないだろう!?何を考えてるんだ!?」
顔を真っ赤にしながらはしたないと繰り返す不知火
「まさかアインツの真似だとはねぇ・・・」
いつも上から目線の不知火最大の弱点を握った静音は口角を上げた。
そんな静音を見てまるで蛇に睨まれた蛙のように不知火は顔を青くし、そして開き直った。
「あぁ、そうだよ!!だったら悪いか!?」
「アインツに似合って俺に似合わない訳がないだろう?」
「そうかな!?アインツは世界中が認める綺麗系じゃん!!不知火はどうみても…違うでしょ。」
上から下まで静音が不知火を観察してため息をついた。
確かに不知火は学校で一番かっこいいとちやほやされている。
だが静音にはそのかっこよさが全く分からなかった。
短い眉に垂れ目、女子だったら良いのにとは思うビジュアルだが決してかっこいいというジャンルではない。
そして綺麗系というにはどうにも日焼けした肌が邪魔をするのだ。
「なんだその遠い目とため息は!!そしてかなり失礼なことを言ってるぞ!!俺だって綺麗系だ!」
自分で綺麗系だと宣言する不知火に静音は心底引き、口に手を当てからかうようにわざと後ずさりした。
「じ…自分で言う!?さっすが俺様な不知火様ね♪」
静音はすこぶる馬鹿にし黄色い悲鳴を上げて見せる。
いつものことながらこういうやりとりは飽きない。
最後にきまって不知火がふざけながら静音の両頬をつねるというのが二人の毎度の一連の流れなのだ。
「そんなことをいうのはこの口かぁーーー!?」
「やめへ・・・いはい・・・」
停止も聞かず頬を伸ばし続ける不知火の背後に天草の姿を見つけ、静音はぶつぶつ言う不知火を無理やり振り払った。
不知火は振り払われてもかまわず文句を言い続けているが静音の知ったことではない。
「お疲れさまっ!」
静音が一番待ち望んでいた時間なのだ。
ドリンクボトルを練習を終えた汗だくの天草に手渡す。
ただのファンでは出来ないほど近くで見れるのはマネージャーの特権だった。
「おー、サンキュー。」
天草はいつも通りぶっきらぼうに答えた。
たとえそんな一言でも静音には一日の疲れが消えるには十分な会話だった。
いつもそれだけで満足しているというのに、先程まで不知火をからかって遊んでいた影響が悪い方向に出てしまった。
天草の髪から滴る汗を静音は無意識にぬぐってしまったのだ。
驚いた天草の表情を見て静音は自分のしでかしたことに気付き、慌てて言い訳をした。
「あっ、ごめん。風邪ひいちゃうから早くタオルで拭いてね!」
完全に無意識に触ってしまった。
言い訳のように聞こえただろうか?
怪しまれていないだろうかと?
この距離で十分なのに、もっと話したい
静音はそんな、あわよくば距離を縮めたいという気持ちだけが空回りしていく。
慌ててその場から逃げ他の人にドリンクを渡しに向かったものの、後ろの天草の表情が気になり立ち止まった。
そうして怖いもの見たさとでもいうのだろうかゆっくりと後ろを振り返ろうとした。
だがもし天草がこちらを見ていたらどうするのだ、と思い直し振り返ることをやめた。
そんな静音の判断は正しかった。
天草は顔を赤くして逃げていく静音の背中を見ていたのだ。
先程触れられた髪はしっとりと汗で塗れていて、そんな髪に女子である静音が触れるだなんて天草は思いもしなかった。
とまどいつつ、受け取ったタオルをクビにかけると頭をガシガシかき天草はトレーニングルームへと向かった。
「俺とだけなんだよな・・・」
あわただしくドリンクを手渡していく静音を見ながら天草は小さくつぶやいた。
静音は誰しも逃げ出した個性豊かな部員と上手く渡り合えることができた。
ただ一人を除いては…。
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