第2プロローグ 第5話: La Fazenda

ギィィ…バタン!


「暗いね」


「うん、…まってね懐中電灯出すから」


林はふところに仕舞い込んでいた懐中電灯で足元を照らした。

二人が書庫の中に入るのと同じくらいのタイミングで埃の様な、カビの様な、長年使われてない匂いが林と天の鼻をついた。

おそらく古紙が放つ独特の匂いだろうと林は知っていた。なぜなら毎週林がこの書庫の掃除当番であり、書庫ここを一番使うので、書庫は常に清潔に保っている。


哲治の書庫は意外と広い。凡そ24畳程の広さに天井から床まである本棚が4つ。それぞれの本棚にはびっしりと本が収納されている。


「うわ…、相変わらずのカビ臭さ」


「言っておくけどコレ、本の匂いだからね。私、毎週隅々まで綺麗にしてるから」


林は天にジト目を送る。

数秒なんとも言えぬ沈黙が続いた。


「……」


「……なに?」


沈黙を破ったのは林の方だった。

天があまりにもソワソワしていたので、それを不快に思った林が痺れを切らしたのだった。


「…いや、さっきの話訊かないのかなーって?」


「うん、訊かない。どーせロクな事言ってないんだろうし」


天は図星を刺されたので一瞬ギクッとするも持ち前の頭の回転の速さを活かして、それらしい言い訳をするのであった。


「そ…そうだね。まぁ、僕の名誉の為に説明するけど、秦には『もし先代に見つかったら、渡り合えるのは秦しかいない。林を本当の意味で守れるのは秦しかいない』って言ったんだよ。」


「…ふーん」


「……」


「……」


再び沈黙が流れた。

そして、話を切り出したのはまたしても林だった。


「あとは?」


ギクッ…


林はジト目のまま天を睨む。

それを見た天はバツが悪そうに目を泳がす。


「……」


「あ、と、は?んー??」


「んー、な、なんだっけなあ…」


天は顔を掻いて、目線だけ本棚の方に飛ばす。


「思い出させてあげようか?」


林はゴキゴキと関節を鳴らして天に近づく。

天は顔中冷汗をかいていた。


「わかった、わかった!言うよ!『林を守り切れたらキスをしてくれるかも』っていったの」


「…ふーん、そんなことか」


林は天から離れて目的の本棚まで足を進める。

殴られると確信していた天はどこか呆気に取られていた。


「…」


「…来ないの?時間ないんでしょ」


天には理解できなかった。それは男だからなのだろうか、それとも子供だからなのだろうか、それすらわからなかった。生理の話はダメでキスはいい、その理由を。


書庫の間取りは前述したように24畳ほどの広さの長方形で、本棚はまるで養蜂の巣箱のように納まっている。本棚が床から天井まであるため、まるで3つの通路のようになっている。入口から見て一番右の通路に林は姿を消した。

林の後を追い天も通路に入っていく。


「今行く」


そこから二人で手分けして目当ての本を探した。


「あ、これ」


林が辞書ほどもある太く赤い本を手に取った。


「それで、それは何?」


「ん?辞書だよ多分」


「辞書って…まんまじゃんか」


「そう、これは西和辞典」


「セイワ?なにそれ」


「古語である西班牙スペイン語と日本語の辞典だよ」


天は聞き慣れない言葉が続きやや混乱していた。スペインとは春の悲劇より以前に栄えていた小国の名前というのは知っていた。

そしてやっと理解した。読めない言語はスペイン語だったと。そして林が先代から学んでいる大和言葉は別名日本語、古語どうしの辞典とは林はなかなか目の付け所がいいと感心していた。


「なるほど、君は大和言葉を先代から学んでたね」


「そういうこと」


林はそういうとその場に座り辞書を捲り出した。


「じゃあ、解読は任せたよ。僕もせっかく来たからには気になる本借りていこうと思う。」


天はそう言うと、その場を離れ薬学に関する本を探しに反対側の本棚に向かう。


天は目当ての本を見つけると窓辺に寄り、月明かりに照らして読書を始めた。



——ボンと薬学の本を閉じた。

どれくらいたっただろうか、窓から覗く夜空はどこかほんのりと明るくなっていた。天はとうとう本を読み終えてしまったのだ。


どうも時間がかかっているので林のもとへ駆け寄る。


「リーン、そろそろ帰らないとだよー」


暗くて表情がよく見えないので、側まで近寄ると、なんと林は顔を青くして小さく震えていた。


「だ、大丈夫かい!?」


「……」


「いったい、どうしたの?」


「……」


「林ってば!!」


「…………この青い本、全部わかったよ…。聞いて驚かないでね…」


林は力なく微笑んだ。

だがその微笑は彼女の心に巣食う恐怖を払拭することはできなかったのか、身体の震えは止まらない。


「この本のタイトルはね…、……『実験体の量産マニュアル』だって…」


「実験体の量産?それがどうしたのさ」


「……」


天の問いに林は答えなかった。

その様子を見て天は背筋が凍る。

天にも恐怖の波が押し寄せた。しかし、天はその感情を払拭するかの如く口元を緩め続けた。


「フフ、わかった!その『実験体』ってのは、実は僕たちの事だったりしてね……はは…は」


冗談のつもりで言ったのだが、林の回答は天の予想とは反した物だった。


「そうだね…。もし…私達のことだったら、この実験は大成功だよ」


「え…。どういう事…?」


「つまり私達がここに…この里で生きてる事実が既に誰かの実験の結果みたい…」


「……」


「わからない?この本は私達、里の人口を増やす為の手順書だったの…」


「……ゴクッ」


天は固唾を飲むと、頬を大粒の汗が伝った。


「まったく、何言って………そうだ!」


天は言葉半ばで462ページが頭をよぎった。

天はその場に崩れて、林から青い本を奪う様に取り上げると、自分達の里に酷似した図画が記されたページを開き右上を指して言った。


「ここ、なんて書いてあったの?」


林は辞典から翻訳したものを口に出して読み上げた


「2107年…、プロジェクト…完成予想図…」


言い終えると、林は再びページを捲った。


林は涙を流していた。それを見た天はことの重大さにようやく気がついた。


「天…わかった?…この本によるとね、私達は…、私達は…、実験される為に…使い捨てられる為に…造られたモノなんだって」


林は涙で濡れた指でさらにページを捲り、部屋で天に見せた樹形図の様な図画が記されていたページを開いた。そして樹形図の枝の先にある、丸に囲まれた「?」を指さして続けた。


「これが…私達…」


「…!!」


天は絶句した。言葉が出なかった。否定の気持ちや台詞は幾つも思いついたが口に出来なかった。

それが、林の言ったそれが、確信はないものの事実であると不思議と納得していたからである。


「…もしこれが事実なら、こんな大規模なプロジェクトを管理管轄する巨大な組織が存在するはずだよ!探してみて!!僕が直接探りを入れてやる…」


林は探そうとするどころか余計に涙が溢れて足が震え始めた。


「ねぇ!!探してみてってば!!」


焦りのあまり天は言葉が強くなった。


「目次に書いてあったの!!一番最初のページに!!きっと自署なんだろうと思ってたけど、違ったの!!」


「君はいったい何を言ってるんだよ!!早く管轄の…」


二人ともパニックになり感情的になっていたためお互い声を張り上げていた。


「だから!!ここに書いてあるんだってば!!この実験の、このの管轄は…メディカル・フォース」


「メ、メディカル・フォースだって!?」


天が驚きを隠せず、目を見開いた。

そして林は続けて言った。


「そして…管理責任者は——」






「——宮本哲治。…つまりワシじゃよ」






林が言い終える前に本棚の影から宮本哲治が姿を現した。懐中電灯の光を当てると、哲治は意識を失った秦を担いで現れたのがわかった。


「「…!!」」


「とうとう、露見してしまったかのぅ。うまーくやれてたつもりだったんじゃが…、若者の好奇心とは恐ろしいものよのぅ」


哲治はまるで小動物を前に飢えた猛獣にも似た殺気を放っていた。


殺気に当てられた二人は歯をガタガタ言わせ、その場から動く事ができなかった。


人間を畜産し、人間を実験に使う。そんな人物がまともな神経をしている訳がないと二人は確信していた。殺気の籠った哲治の目からは、昼間とはまるで違う人物と対峙している事を思い知らされた。


しかしすぐに哲治は殺気を収め、二人をどこか寂しそうに、どこか遠くを見る様な目で見つめていた。


「こ、この本に書いてある事って本当なの?」


なんとなく哲治がいつもの哲治に戻っていたことを察知した林が声を震わせながら確認する。

天は完全にフリーズしてしまい動けないでいた。


「あぁ、そうじゃ。じゃがよいか、…これ以上首を突っ込むでない。今ならお主らしか知らんのでな、まだ取り返しがつくのじゃ」


その言葉を聞いて天のフリーズが解けた。

しかし、天は緊張による過剰なストレスを感じていた。そして頭の中で、心の中で、何かがブチッと切れる音がした。


「そう…そうか!僕たちを始末するってわけか!?」


「馬鹿を言うな、お主らが黙っていればよいだけの事じゃ。誰にも言わず、今までと同じ様に生活しとれば何の問題もないのじゃ」


「今までと同じ!?そんな事は不可能に決まっているじゃないか!!僕はこの里を出てコロニー内の別の村に移るよ、家族と一緒にね。」


「お願いじゃ…、ワシの言う事を聞いてくれ」


哲治は苦虫を噛み潰したかのような、けれど悲しみの籠った表情をした。

その表情を目の当たりにした林は、哲治に自分たちをどうにかするつもりがないこと理解した。

彼の顔がどこか自分の行いを悔いているように見えてしまったので、林は落ち着きを取り戻した。そして、いつものように優しい哲治として対話を試みた。


「わかった…、先代の言う通りにします。けれども、まず私たちの安全を保障して下さい。そして可能であれば私たちの正体…、この里の正体を教えて…くれますか?」


「んなっ、林っ!!こいつの言う事を聞くってのか!?」


天はその場で立ち上がり林の盾になるように庇う。

天はどこかいつもとは違い落ち着きがまるでない。手足が震えており、目も焦点が定まっていないのか泳いでいる。呼吸も荒く、まるで狂っているようだた。


「そのつもりじゃ。じゃが、今はもう遅い。朝になったら包み隠さず教えよう。」


天は重圧に耐えきれず、一種のパニック発作を引き起こしてしまった。


「ゼェゼェ…ハァハァ…ゼェゼェ…そぉお!!それまでに、おぉお前がぃぃい生きてたらなぁあ!!」


天は声にならないような奇声を出したのち、懐から折り畳みのナイフを取り出し哲治に襲い掛かる。


「うあああああああああああああ!!!」


哲治は秦を抱えたまま、回し蹴りを放った。その場で回転し天の脇腹に踵で蹴を入れた。ドム!と鈍い音とともに天は本棚にたたきつけられうずくまった。どうやら痛みのあまり呼吸が上手くできないようだった。


「お願いじゃ、ワシはお主たちを傷つけたくはない」


「くっ…、ど…の口が…。…秦!!今だ!!」


なんと、気絶し担がれていた秦はいつの間にか意識を取り戻していた。


「全て聞いていたぞ!!うぉおおおおお!!喰らえクソジジイ!!お前直伝だあああ!!」


秦は肩の上で身体を旋回させ、哲治の頭を両脚で挟み4の字固めをした。


「うぐっ!!」


しかし、未だ幼い秦の命懸けの一撃は哲治にとって何でもなかった。

哲治はとっさに後ろに倒れ秦の脳天を床にぶつけ、4の字固めから解放される。


秦はというと、ぶつかった衝撃で頭から血を吹き出し再び意識が遠のいて行く。

しかし哲治も奇襲を受けたことにより動揺したのか、身体を起こそうと力を込めた腕がガクッと折れ、バランスを崩し頭から倒れた。


「今だ!!当たれええええええ!!」


天は倒れていく哲治の首を目掛けて、手に持っていたナイフを投げた。


ナイフはヒュッと空を切り、ザクッと首の側面を突き刺した。

哲治が倒れた事が相まって、床に押されナイフは更に深く刺さり動脈を切った。


「うっ……」


哲治はすぐさまナイフを抜き、手で抑えるが指の間から鮮血が溢れ出す。そして、床一面に多量に流れ出た。


「……この、……悪、ガキ…」


哲治の出血は止まらず、顔がみるみる青くなり意識が無くなった。


「きゃああああああああ!!!何してるの!!!なんで!?」


林は目の前で起こっていた事を信じる事ができなかった。そして元凶の方をキッと睨む。


「はは…哲じ…コイツが悪いんだ…コイツが…はは、ははははは!!」


天は狂ったよう高笑いをした。

林は力なく立ち上がりフラフラと哲治の側に近づいた。


「あんた一体どうしたっていうの!!こんな事したら…。あぁ…もう私達は終わりだよ」


林はその場に崩れ落ち、床に手をついた。生暖かい鮮血が手のひらいっぱいに広がった。


「なにを馬鹿なこと言ってるんだ君は!!コイツは!!コイツは僕達だけじゃ無くて、里のみんなを騙してたんだよ!?これで分かったでしょ、里で度々起こってる失踪事件の元凶が!!コイツはあくなんだよ。」


天は完全に恐怖に飲まれていた。しかし林は被せるようにして続けた。


「分かってるよ!!」


林は血溜まりの床をドンと叩き、鮮やかな飛沫しぶきとなって林の顔や服についた。


「分かってて従おうとしてたのに!!あんたって本当いざって時に馬鹿になるよね、少し考えればわかるじゃん!!組織側に黙っててくれるって提案されてたのに…。もしかしたら私達3人だけは失踪せず管理する側に回れたかもしれないのに!!あんたのせいで台無しだよ…」


「き…君は一体何を言っているんだい?管理する側だぁ?気でも触れたのか!?友達、家族、親戚に嘘をつき続けて生きていくつもり?みんなが実験体として出荷されると知ってて、素知らぬ顔で暮らしていくつもり?そんなのはクソだよ。外道だよ。人間じゃないよ…」


「始めから人間じゃないんだよ、私達は!!もう少し考えてよ…。『哲治管理者が死んだ』って管理してる側の組織に知られたら私達はどうなるの?組織の存在を知ってる私達は…。良くて里ごと皆殺し、悪くて死よりも辛い拷問の末に実験台だよ?」


「だ、だから里のみんなで別の所に…」


「だから、それが甘いって言ってるのが分からないの!?」


林は天に近づき、力のを全て手のひらに込めて天の頬を引っ叩いた。


パンッ!!


ボン!!シューーーーーーー…、ドパーーーン!!


頬を叩いたのと同時に書庫の外で火薬の破裂音が響いた。


「「!?」」


窓から覗いていた漆黒の夜空は、一面真っ赤に染まっていた。

まるで哲治から流れ出た鮮血の様に。




☺︎



カシオレです。

ここまで読んで下さりありがとうございました。

衝撃の展開でしたね。

なかなか話を進めるのが難しくて、思った以上に時間が掛かりました。


この話を書いている間、エピソードゼロと言うものを書いたのですが、ラージャ編の前に置くのか、3人が揃う第三章の前に置くのか迷ってます。

↑個人的な話ですがw


さて、次の話で最終話を予定しています。

どの様な展開になるか楽しみにしていて下さい!!

コメント、ハート、星などなどモチベに直結しますので、少しでも面白いと思ってくだされば応援お願いいたします。

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