第2プロローグ 第4話: El Manual

木々も寝静まった午前2時。林の卓上ライトは点いたままだった。

天も秦も寝息を立てて休んでいる。


秦は天の思惑もあり、割と早めに就寝したが天はなかなか粘っていた印象だった。そんな天だったが午前1時を回った頃には折れたのか「寝る」と一言言い放ち床に就いた。林は部屋のライトを消し卓上ライトを点けたのだった。


「まだ寝ないの?」


「うんー、もうすぐかな」


「そ?僕は先に寝るけど、あんまり遅いと明日に響くよ」


「うん、これだけ読み終わったら寝るから」


「ほどほどにね」


「くどいって」


林は天にジト目を送ると天は嘆息し、床に就いた。

林はそれを目視で確認すると、手に持っていた文献に目を戻し耳を澄ませた。そして上記の通りである。


天の寝息を聞き取ってからさらに10分手元の文献ををする。林はとても慎重に事を行っていた。天の布団に近寄り寝たのを目視で確認する。


「おーぃ、寝てるよね?」


「…」


「よし」


声をかけるも帰ってこず、天が深く就寝していることを確信する。


林は、待ってましたとばかりに鞄から一冊の古い本を取り出した。

それは分厚く、重みのあるものだった。紺色の無機質なその表紙にはタイトルだろうか、見たことのない何処かの言葉で「PRODUCCIÓN DE LOS SUJETOS DE EXPERIMENTOS 」と書いてある。しかし林にはそれが読めなかった。

だが林はその本の放つ引力のような魔力の様な不思議な何かに魅了され取り憑かれていた。


「……。やっぱりコレ…ユニベルサル・ラングアジェ   統一言語   じゃない。所々似ているけど…やっぱり違う。」


ユニベルサル・ラングアジェ   統一言語   、それは150年前の大災害の後に締結された『世界統一憲章』の第一条第一項に記されている言語の事だ。復興後の世界ではこの言語で話さなければならない取り決めになっていた。

そしてこの統一言語の起源はイングリッシュと呼ばれていた言語が礎にあり、他国語を取り入れて融合し統一言語となった。


この統一言語の他に華倭國ハナワノクニには旧中華国の言葉「チュングェン」を併用して話す地域もある…という話はさて置き。


林は読めもしない本のページを次々とめくっていった。

途中、図画の記されているところを見つけた。そしてそこにはと、を平行に線で結び、その中間から下に向かって線が伸び、丸に囲まれた「?」にたどり着く。それはまるで樹形図の様だった。

それが何を意味するのかは林には想像もつかなかった。


すると林の背後から人の気配がした。


「何してんの?」


「!?」


「ねぇ、何を見てるのかって聞いてるんだけど」


林は咄嗟に本の上に覆い被さり隠した。

背後の人物は天だった。最もややこしい人物が自分のしてる事に気が付いてしまったのだ。

こうなってしまったら天も巻き込む方が色々都合がいいので、林は開き直り平然を装った。


「あはは…バ、バレたかぁー。あはははは」


「白々しいね。それで?何を隠したのさ」


「……誰にも言わないって、…約束できる?」


「もちろん」


林は身体を起こし隠していた本を天に見せた。


「…これは」


天は眼鏡をクイっと掛け直し、意味ありげな反応をする。


「何か知ってるの?」


「ぜーんぜん。そもそもなんて書いてあるか、僕には読めないかな。」


「期待させないでよバカ」


「ごめんごめん。でもコレがどうかしたの?夜更かしするほどの物ではないと思うんだけど」


「私も最初は読めないだけの謎の本だって、そんな気がしてたんだけど、ちょっとここを見て欲しいの」


林はそう言うと古びた重い本をパラパラとめくっり462ページを開いた。そこには先程とは別の図画が記されていた。その図画と言うのは風景画だった。


「見てこれ…。この図…これってさ、この風景ってさ」


「所々違うけど僕たちの里にそっくりだ…」


「そう、そっくりなの…。だから私達の里で長年続いてきた神隠し…いや、『失踪事件』に関する手掛かりになるんじゃないかと思ってね。」


それは哲治が浩然と良く訪れていた里だった。そして、劉先生が死に、林と天と秦の三人がそれぞれの家族と住んでいる里だった。

そして図画の右端には「planos de los proyecto finalizado 2107」と手書きで記されていた。


「失踪事件って…。神隠しはうちの里のの風習じゃんか。いつ、誰が、どんなキッカケか何一つわからず、ある日突然里から姿を消す…火事や台風、地震と同じ災害の一種だと思ってるよ。僕は」


「それが異常だって言ってるの。私は絶対何か裏があると踏んでるんだよね。だから、『失踪事件』なんだよ」


「ふーん。あ、ここ右上。なんて書いてあるか分かる?」


天は右端を指差して顔だけ林には向けて話し続けた。


「ううん、私にはこの言語は読めないよ。でも、この本は先代の書庫で見つけた物だから、書庫に行けば何か手掛かりがあると思うんだよね。」


「なるほどね、それでこんな時間まで起きてたわけだ」


天は全てを理解した様な見透かした様な顔をする。


「天様には何でもお見通しらしいから、そんな賢者様には私の作戦に参加してもらおうかしら」


天は再び何かを悟った。そして苦虫を噛み潰した様な顔をした。


「図ったな」


「あんたが声を掛けてきたのが全ての間違いだったんだよ。これに懲りてあんたの首突っ込みたがり症が少しでも改善することを願ってるわ」


天は悔しそうな顔で林を睨む。


「こうなったらヤケだ」


天は半ばヤケクソ気味で、すやすや眠っていた秦の布団を剥いで枕を引っこ抜く。

すると秦は床を転がり壁に顔をぶつけた。


「いでっ!!」


秦が目を覚ました。


「ちょっと!!約束が違うじゃん!!」


「違くないよ。僕がした約束は誰にも言わないってだけで、巻き込まないと言ったつもりは無いよ」


寝ぼけた秦が林と天を交互に見るも状況の把握には至っていない様子だった。


「起きたな秦、林がどうしても秦に聞いて欲しい話があるんだって」


それを聞くなり秦は両目をカッと見開き瞳孔を絞る。そして呼吸が荒くなる。


「お、おお俺に話って何!?」


林は天を睨んだ。穴が開くほど睨んだ。

そして、気を取り直して気弱な女の子を演じた。


「じ、実は昼間、書庫に忘れ物をしちゃって……ひ、一人で行くには暗くて…こ、怖いから…」


「任せろ!!俺が守ってやる!!今すぐ行こう!!」


上手くいくと確信はしていたのだが、林と天は同じ事が頭をよぎっていた。


((チョロッ!!))


林は二人を巻き込むことに罪悪感を全く感じていなかったと言うと嘘になるが、ここまで話が簡単に進むと罪悪感が薄らいでいくのも事実としてある。


「とは言ったものの、先代や師範代達を起こさずにどうやって書庫まで行くつもりだよ?」


天の発言に秦が面食らった表情をした。


「え、哲治起こしちゃいけないの?」


「うんダメ。で、どーするつもり?」


「うーん…どうするって、そりゃトカゲの様に潜伏して、猫の様に走って、蛇の様に喰らいつくっきゃないでしょ!!」


秦は大袈裟に全身でそれぞれの動物のマネをするも、林はやや引き気味に答えた。


「あんたまだ寝ぼけんじゃないの?てか、せめてその例え爬虫類で統一したら?」


「あぁ、そっか。じゃあトカゲの様に…」


「言い直さんでいいわ!」


ボコ!!


林は秦に拳骨を食らわせて秦の頭にタンコブを作った。


林と秦のくだらないやり取りに天はやや呆れた調子でポンポンと手を軽く叩いて注目を集めた。


「やれやれ、二人はいつまで夫婦漫才やってるつもり?日の出は午前5時、先代は太陽と共に目が覚めるから、つまり午前4時45分がリミットだよ。今は午前2時50分だからあと2時間以内にここに戻ってこないといけないと言う事だね。…あわよくば明日に備えて仮眠も取りたいから1時間でこなせたらいいね」


「めめ、め、め、め、誰がめめめ、夫婦漫才だ!」


「1時間か…、ちょっと厳しいね」


林と天は顔を真っ赤にした秦を無視して話を進める。


「じゃあ、とりあえず書庫へ向かおう」


「うん」


「おぅ…?」


天は引き戸を少し開け、顔だけ出して廊下に誰もいない事を確認してから襖を全開にし3人が次々と出てくる。


時は深夜、テンポよく定期的に聴こえるシシオドシ以外は何の音もしない。そんな中3人はまるで猫の様に爪先で長い廊下を歩いていく。


ぎいぃ…


「「しーーーーー!!!」」


秦が踏んだ板の軋む音が夜に響く。

その後も秦は扉の閉まる音が大きかったり、小石を蹴って母屋の壁に当てたりと、尽くやらかしていた。

そしてその都度、秦の頭にはタンコブが増えてく。




3人はドタバタしつつも書庫についた。


「なぁー、書庫ついたけどお前ら鍵持ってんの?」


顔中タンコブだらけの秦が取っ手の下の鍵穴を指さした。


「僕に任せて。こんな事もあろうかと、用意してるから」


天は眼鏡の柄の部分を器用に外した。すると柄の先は何やら不自然な形となっていた。


「なにするの?」


「先代って実は建物によって鍵の形を変えてるわけじゃないんだよ。つまりぜーんぶ同じ鍵と鍵穴。けど、その一本しかない鍵は常に首から下げてるのさ。…ちょっと、眼鏡分解してマトモに見えないからさ、誰かレンズの部分を鍵穴に合わせてよ」


「コレでいい?」


「ありがとう、よく見えるよ」


林は天の指示通り分解したメガネのレンズの部分を鍵穴に合わせる。天は見えたのか鍵穴に柄を突っ込んでガチャガチャとピッキングを始める。


「それで?なんで天が鍵穴を開けられるんだ?」


「いや、前にね納屋に閉じ込められた事があってさ。先代もうっかりだったと思うんだけどね。その時にたまたま近くに針金が落ちてて、内側からピッキングしてなんとか抜け出したんだよ。その後、家に帰って眼鏡を改造したんだよ、もしもの時のためにね。それで、同じ事があっても困るから先代の家のあちこちで練習したってワケ。」


「壮絶だな…。逆境は人を強くするってヤツだな」


ガチャッ!!


「「「あいた!」」」


天は終始苦い顔を浮かべていたが、開錠の音と共に表情が明るくなった。


「さぁ、入るよ!」


「おぅ」


「りょーかい」


林の掛け声に二人が同時に答える


「あ、ごめん、秦はここに残って」


「え!?なんでだよ!!俺がここにいたら誰が林を守るんだよ!!」


林は懸念していた。秦が車庫の中に入って棚を落とした日には、勝手に侵入したことを加えて哲治に暫く出禁を食らわせられるのは明白。出禁だけで済めば良いくらいだ。


天は咄嗟に状況を把握して、再び何かを耳打ちした。


「…」


「おっし、俺はここに残るぜ。さっさと用事済ませてこい!」


「じゃ、行ってくるねー。頼んだよ秦!」


「おぅ!」


天は状況がいまいち飲み込めていない林の背中を押して書庫の扉をくぐる。

そして秦はというと、笑顔でガッツポーズをして二人を見送る。





☺︎




ここまで読んでくださりありがとうございます!!


前回予告した林のやらかしは次になりそうです(;^_^)

今回は世界観+伏線の話でした。起伏がなく退屈かと思いますが、私なりに秦、林、天の三人組の人間模様や普段からのやり取りや役割を書いたつもりです。

私から一つだけ…。


私の誤字脱字が嫌いでも、林ちゃんたちの事は嫌いにならないでください!!

とまぁ、茶番はこのくらいで。


次話から最終話に向かって事件が発生します。どのようなことが起き、劉がどのように立ち向かうかを楽しみにして下さるとうれしいです!!

最後に、この章の主人公は劉です!!これと言って活躍できておらず申し訳ありません!!( ;∀;)


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