第2プロローグ 第3話:La ultima Noche

「「「いただきます!!」」」


17時からの修練を終え、みんな一汗流した後で居間で食卓を囲んだ。


円卓にはそれぞれの分の雑穀米と味噌汁と漬物が用意してあった。中央には野菜の和物や根菜の煮物が並ぶ。メインのおかずは猪の肉を使った角煮だ。どれも哲治のルーツである、旧日本国の「和食」というジャンルの食事らしい。


「どうじゃ味の方は」


「味うっっっすいけど、なんとか食えるって感じ!!」


私は幼少の頃より食べ慣れた味付けだが、子供達には少しばかり薄味の様だ。

秦くんは元気よく大きな声で円卓に身を乗り出した。


「そうかそうか、食っとるのか」


「げ!!」


哲治は顔を伏せたまま立ち上がると、秦くんは自分の愚行に気付き顔が次第に青くなっていった。


哲治は台所へ行くと戸棚をガサガサと漁る。


秦くんはこれから何をされるか想像してるのだろうか、それとも助けて欲しいのか、私の方を向き固まっている。


台所から戻った哲治の手には赤い蓋の小さなガラス瓶が握られていた。


「ほれ、薄味ならコイツを少しばかり垂らしてみろ」


哲治は小瓶に入った黒い液体を、自家製の醤油を秦くんの取り皿に少量垂らす。


秦くんを含め、その場にいた子供たちはポカンと口を開けて状況が理解できていない様だった。


みんな哲治の拳骨を期待していたのだろう。

私は思わず口元が緩んでしまう。


「ふふ」


「何を一人でニヤけとるんじゃ、気味が悪い」


哲治は飢で死にかけたことがあると、過去に聞いた事があった。だからだろうか、哲治は食事に関して意外と寛容な一面があるのだ。


昔に一度、哲治と殴り合いの大喧嘩をした事があった。原因は思い出せないくらい他愛も無い事だったと思うが、互い口も聞かない状態だった。しかし食事だけは必ず私の分も出てきた。


当時の私は、哲治の真意を汲み取る事が出来ないほど未熟で、そして未熟ゆえ私はそれを、哲治の優しさを拒絶した。そして、その時生まれて初めて哲治の本気の拳骨を経験することとなった。


「いや、前にも似た様な事があったなぁって思い出してね」


「はて、そうじゃったかの?」


「覚えてない?初めて私に本気の拳骨を食らわせた夜の事」


「何を言うか、ワシはそんな野蛮な事はせんぞ?」


「うぅっ嘘だ!!俺いつも殴られてるもん!!」


秦くんが哲治との会話に入ってきた。

やれやれ、秦くん。君は本当にすごいよ。ことごとく哲治の地雷を踏み抜いて行くんだもの。ここまで来ると逆に感心してしまう。宛ら地雷探知機だ。


哲治は割と寛大な方だ。稽古以外で感情的になることはあまりない。多少のことは聞き流してもらえる。だが、やはり彼も人間だ。ここだけは触れてはいけないと言う逆鱗ポイントが幾つかある。

しかしながら見事としか言いようがない。

秦くんは地雷原で地雷を起爆させながら走り抜いていく雑兵のようだ。

因みに今回の地雷ポイントは二つ。

一つは大人同士の話に子供が首を突っ込む事、もう一つは都合の悪い記憶の蓋を開けた事。まぁ、二つ目に関しては多少理不尽な気もするが——これが哲治なのだ。


「この悪ガキが!!大人が話してる時に口を挟むなと何度言ったらわかるんだ」


ボコッ!


「いいいってえええええ!!!」


哲治は自分の席から円卓に身を乗り出して秦くんに拳骨を食らわす。


秦くんは頭頂部を押さえながら悶えのたうち回る。

その様子を見てみんなが笑う。


(あぁ。本当に幸せだ。)


私は味の染みた大根を頬張り、微笑ましい日常の光景を目に焼き付ける。


そしてこの時、私はこんな些細な幸せが一生続くのかと思っていた——そう思ってい「た」のである。とある事件に全てを狂わされるまでは。


食後、私はみんなが綺麗に平らげた皿を重ね台所へと持って行く。

背後から気配を感じ振り向くと、そこには林ちゃんが何か言いたげな顔で立っていた。


「おや林ちゃん、どうかしましたか?」


「……」


寝巻き姿の林ちゃんは手を後ろに組んで俯きつま先で床をグリグリしている。


「…あの!」


「はい?」


「……」


「…林ちゃん?」


「……お、おやすみなさい!!」


「はい、おやすみなさい」


林ちゃんは心なしか項垂れたようにその場を後にした。


一体どうしたと言うのだろうか。

いかんせん私の幼い頃には友達と呼べる人はいなかったので、このくらいの年の子が他者に対してどの様に考えているのか全く想像がつかない。ましてや女の子なんて私にとって全く未知の生物だ。


(私にだって、あのくらいの時期があったのだが…)


私はシンクに溜まった大量の洗い物を退治したのち床に着いた。


♦︎

♦︎

♦︎


信じられない!!何で、何でなの。

お小遣い半年と引き換えに、買ってもらった新しいパジャマなのに…。


私、林嘉鳳リン ジァフェンは台所を後にして寝室までの帰り道、ガラスに映る姿を見てふと考える。そこには頭の左右にお団子をこさえ、低い鼻とどこか子供らしさを残したパッとしない見覚えのある顔が写っていた。


「私ってそんなに魅力ないのかな…」


確かに二次成長はまだ途中だけど、秦や天に比べて考え方は大人な方だと思う。


そもそも、私があの馬鹿二人と同じ部屋なのかも納得いかない。

着替えだって安心して出来ないし、さっきだって私のパジャマ姿を見て秦が鼻の穴大きくしながら、「あ、新しい服、似合ってるじゃん」とか言うし。


(お前のために買ったんじゃねぇっつーの!!)


「…はぁ」


私は誰にも聞こえないくらい小さく嘆息した。

暗いせいだろうか、それとも夜の冷え込みのせいだろうか、廊下がが何故だかいつもよりも長く感じた。


割り当てられた寝室に戻ると秦と天の二人は敷布団の上で、向き合って胡座をかき、何やら札を使った遊びをしている様だった。


「その様子だと上手くいかなかったんだな」


天は眼鏡をクイッとかけ直しながら顔だけ私の方を向いた。


「はぁ?別に上手く行くとか行かないとかないから、トイレに行ってただけだし」


私は自らの行動に今更ながら恥ずかしくなって来たので、指摘を否定した。

だが、天は見透かしたような態度で続けた。


「あっそ?まぁいいけど……あ、秦それダウト」


「はぁ!?何でだよ!今なら絶対イケるって思ったのに」


「お前、嘘つくと鼻の穴が膨らむの知らないだろ?」


秦は両手で鼻を隠した。


「何だよそれ、遊びとして破綻してるじゃないか」


「そんな事ないよ、僕のぶちのめしたい欲は満たせたから満足してるよ」


天はニヤッと笑って見せると、秦は諦めたのか、はたまた何かを悟ったのか手札を宙に投げながら後ろに倒れた。


「だぁー、お前ってば、たまに性格悪い事あるよな」


「悪いね、僕は自分の欲求には忠実なもんでね」


二人のバカなやり取りを横目に私は荷物の整理をした。

昼間に書庫で見つけた文献に目を通す。


「ねぇ林、スネてるの?」


「…」


「さしずめ師範代に構ってもらえなかったってところかな?まぁあの人は良い所たくさんあるけどそーゆーの疎い感じはするよね」


「…」


天の鋭い見解を敢えて無視する。

そして劉の名前を出した途端、寝転がっていた秦が起き上がり食い下がるような態度で話に割って入ってきた。


「おい天、何でにーちゃんの話が出てくるんだよ」


「いや、何でもないよ」


「何でもないわけないだろ!林、にーちゃんに何か言われたのか?」


私は知っている。厳密には知らないけど、恐らく高い割合で当たっているのだろう。どうやら、秦はバカの癖に一丁前に私の事が好きらしい。しかし秦は私が知っていることに気づいていない。

当然私はこの二人の様なお子様に興味はない。喜んでいいか今一度分からないが、私の事になると秦はどうも周りが見えなくなるのだ。今もこうして面倒くさくなってしまっている。

私としては不本意だが、ここらで一度手綱を握ってやる必要があるようだ。今、私の劉に対する思いをバラされる訳にはいかないからだ。


「あんたさ、何を勘違いしてるのか知らないけど、私面倒くさい男って本当に嫌いなんだよね」


「でも、林はにーちゃんに…」


「しつこいなぁ。あんた、さっきの食事で自分が汚した皿どうしたの?」


「シンクに出したけど…」


「で?それだけ?自分から進んで洗うとかはしないの?先せ…師範代が私たちの食器も洗ってくれてるの知ってる?」


「…」


「私は師範代を手伝いに台所に行ってたの。」


(嘘だけど)


「まぁ、私が行った頃には既におおかた片付いていたってわけ。私の汚れ物を洗わせちゃった事に申し訳なく思って少し落ち込んでたの。わかった?!」


「…ごめん」


「別に謝ってほしいから言った訳じゃないけど、変な勘違いする前に少しは周りに気を使うことを覚えなさい」


「…うん」


肩を落として項垂れる秦に天は耳打ちした。するとどうだろうか、秦は顔を真っ赤にして布団に包まってしまった。かと思いきや布団から真っ赤な顔だけだした。


「すまん林、俺が悪かった!!もう寝る!!」


秦は言い終わるのと同時に布団の中に頭を引っ込めた。


(亀かあんたは)


そんなやり取りをしたのち、しばらく文献に目を通しているとグーグーと秦の方からいびきが聞こえてきた。

こんな短期間で本当に寝たのかと半ば感心していると、寝静まった空気を裁ち切るように読書中だった天が読者の姿勢のまま話を始めた。


「絶妙だね」


「なにが?」


「責任転嫁?いや、八つ当たりと言うべきか」


「…」


確かに私は先生に相手にしてもらえなかった怒りというか、やるせなさというか、そういった負の感情が溜まっていた。

だけど、八つ当たりをしたつもりはない。しつこくされるよりは突き離した方がいいと思っての行動だった。


別に…八つ当たりだなんて…。


「それよりあんた、秦に何て言ったの」


「別に特別なことは何も?」


「でもあの反応は異常でしょ。何を言ったのよ」


私は天をジト目で睨むと観念したのか、本をポンと閉じると顔だけ私の方に向けて言い放った。


「だから、取り立てられるほどの事は言ってないって。ただ、林は生理中だからイライラしてるんだよって伝えてあげただけ。」


ボコッ!!


頭で考える前に、既に私のグーパンが天の左頬にめり込んでいた。


「あんたバカなんじゃないの!!てか何で知ってるの!?てかあんたバカじゃないの!!」


「2回も言うな」


私に殴り飛ばされた天は上体を起こし、赤く腫らした左の頬を押さえる。メガネが斜めに掛かっており、なんともバカな絵面となった。


頭ではわかってる。人間なのだから、生理くらい当たり前だということを。それこそ生理現象なんだから、自分と同じくらいの年で頭の悪そうな男どもに指摘されてもどうってこともない。だけど、感情は別だ。いくら私が12歳になるからってデリカシーが無さすぎると思う。特に先生の家で、先生と共通の知り合いであるこのバカ二人に指摘されたというのは羞恥心を感じずにはいられない。


「あんた、わかってると思うけど、先生にこの事がバレたら殺すから」


顔から火が出るのではないかの錯覚するくらい熱を帯びていた。おそらく赤くなっていただろう。


立ち上がった天は呆れたような仕草で自分の布団に戻り、読みかけの本を開いた。


「やれやれ、僕は紳士だよ?そんな事はしないさ。それと、秦は見ての通り初心ウブに手足をはやしたような奴だ。彼の口から生…おっと、女の子の日の話題はでないよ」


「なにが『女の子の日』だよ、キッモ」


私は天にジト目を送った後、そう吐き捨てて文献を再び読み始める。



☺︎





ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


前回より大分期間が空いたにしては、あまり話が進んでないのは申し訳ありません。

しかし、これは次回につながる言わば伏線の一つですので、諦めずに次回も楽しみに待って下さると嬉しいです。

今回は、林ちゃんに焦点を当てた話になります。(半分だけw)次回はこの林ちゃんが見事にやらかしてくれます。何をしでかしたのかは次回のお楽しみです!


引き続きノートも更新しています。殆ど独り言の様なものですが、よかったらそちらも見ていってください。

あと、コメントや⭐︎の応援もモチベーションに繋がりますので気に入って下さったらどうぞ!!


ではまた次回(・ω・)ノ

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