第1プロローグ 最終話:Harmediathan VS Medical Force

ラージャは生まれつき耳が良かった。

それは民族としての能力なのか、個人的な身体能力なのかはわからなかったが、確かに爆発音に交じって人の悲鳴が聞こえてきたのだった。


(今のは、村の方向!!)


今ラージャがいる場所から村までは、湖・畑エリアを経由していくので、どんなに急いでも1時間以上はかかる。

しかしラージャは1時間も走り抜ける体力がない事を理解していた。

人々の悲鳴は次第に大きくなり、ラージャの恐怖心を煽る。


(クソ、いったい何が起きてるってんだ!)


ラージャは恐怖しながらも、同胞が何者かに害を与えられていることに腹を立てた。

しかし村までたどり着かなければ誰も助けることはおろか事態の把握すらできない。


ラージャは先程崖を登るときに使った昇降機の本体を杉の幹から取り外し、昇降機の固定用ケーブルをタスキ掛けの様に自身に八の字に巻き付ける。

昇降機は長方形のため身体に固定しやすく楽に持ち運べた。


ラージャは走った。

内心は焦燥感、恐怖、憤りであふれていた。どこか感じたことのある感覚。だが同時に何故だか懐かしさの様なものを感じていた。

その事実にさらに腹が立った。同胞が一大事の時に何をのんきに考えているのかと。


(クソ、つくづく俺はクソだ。一体俺は何を考えてるのだ。)


ラージャは湖に向かって10分程走った所で突然右に曲がり、腰の高さまで生い茂った藪の中をかき分けて進んだ。

草木はまるで刃物の様に無防備なラージャの肌を切った。しかしラージャの脳はアドレナリンをドバドバと分泌していたため、草木が肌を切っても何も感じていなかった。


腰までだった草木の高さが次第にラージャの身長を追い抜いていく。

ラージャも足腰やかき分ける手に力が籠る。そしてとうとう前が開けた。


空は分厚い雲がかかり、太陽の光を遮っていたので辺りは暗くなっていた。

今にも雨が降り出しそうな天気だ。


崖の上から村を目視で確認した。

しかし、ここからでは村で何が起きてるのか分からなかった。


ラージャは少し戻り、一番近くにある木の幹の太さを確かめる。そしてケーブルを幹に二重に巻き、もやい結びをする。

今回は昇降機を背負ったまま、ステップ側のケーブルを幹に巻き付けた。

ラージャは昇降機ごとこの崖を降りようとしているのだ。


(幹の太さに若干心配は残るけど、今回は俺だけだし、上手く行くことを祈ろう。)


ラージャは手元のリモコンで昇降機のモータをニュートラルに入れる。

そして崖に向かって全力で走り出し、飛び降りた。


「…………………………………………………!!」


ラージャは自由落下する。

頭を下にし、極力空気抵抗を受けないような姿勢をとる。


風がヒューーーとラージャを包む。

昇降機からケーブルが次々と吐き出されて、ギュイーーーーーンとケーブル同士が擦れる音がする。

飛び降りた時は死に対する恐怖があったが、今は興奮していた。

ラージャは崖の中腹あたりまで来たことを確認すると両手足を最大限に広げて、空気抵抗を受けで減速する。

そして、崖に対し垂直に足を付きザザーーーーと滑っていく。


次にリモコンをニュートラル、固定、下降の順で操作を繰り返してモーターを操る。

ギュイン!!ヴィーーー!!!ガコン!!

ギュイン!!ガコン!ヴィーーーー!!

ラージャの背中から出ているケーブルが張り、緩み、張り、緩みを繰り返し速度を落としつつ着実に村へ近づく。


(きたきたきたきた!!上手く行った!!)


やがてラージャは崖を降りきる。

ポーチを捨て、タスキ掛けにしている固定用ケーブルを解き昇降機を脱ぎ捨てる。


休む間もなくラージャは走り出した。


(頼む、みんな無事でいてくれよ!!)


ラージャは村長両親の家の裏についた。

勝手口から中に入ると、家の中は滅茶苦茶にされていた。家中のガラスが割られており、天井や壁には4-5mはあろうかという獣の爪痕があちこちにあった。

外からは「助けてぇええええ!!」と女性が泣き叫ぶ声が聞こえた。次の瞬間!!


ギャイイイイイイイイイイイス!!!

ゴロドシャーーーーーーーーーーーーン!!


何かが咆哮した。それと同時にかなり近くで雷が鳴った。


ラージャはまるで何かに誘われるかのように、傷だらけの居間の隣にある両親の部屋に向かった。

恐る恐る部屋の扉を開けると…。


ゴロドシャーーーーーーーーーーーーン!!


雷が光って暗い部屋が照らされた。


そこには目と耳から尋常じゃない量の血を流した、ラージャの母親が壁に磔にされていた。胸には大穴が空いており、頭と両手をぐったりさせて息絶えていた。


「…………っ!?…ぉ…おぉ…ふ…ぉふ!!」


ラージャは叫ぼうにも声が出なかった。無理やり振り絞りだした声はヒューヒューと掠れていた。

嫌予感は的中していた。


(おふくろおおおおおおおおおおおお!!!!)


ラージャは声に出せないかわりに心の中で叫ぶ。

涙が次々と溢れ出る。


ラージャは直ぐに悟った。母親はもう死んでいると。そして、自分にできることは何もないと。


ボォーーーーーーーーーー!!


北の崖で聞いた甲高い音とは違って、今度は低い音が聞こえてきた。

心臓など、内蔵を直接掻き乱されてるような感覚になる。

同時にガタガタガタガタガタガタガタガタと家が震え始めた。


(も、もしかして!!共鳴してんのか!!)


家が、いや、家の木材たちがそれぞれ共鳴を始めて激しく震える。すると、ミシミシミシと家が歪み始め、木材が折れ始めたのだ。


(ヤバい!!倒壊する!!)


村長の家はラージャを巻き込み、跡形もなく崩れた。

ラージャは自身の上の瓦礫をなんとか持ち上げて這い出た。


(ク、クソ!!足が瓦礫の間に挟まれた!!これは…骨までイッてるな…。)


力の限り瓦礫から抜け出したラージャはとんでもないものを目の当たりにしたのだ。


それは村中の家が倒壊し、広場は血の海と化していた。辺りには老若男女関係なく無数の死体が転がっていた。

ラージャから見える限り、どの死体の耳と目からは多量に出血していた。そして爪で引き裂かれた者や、ラージャの母親のように身体に大きな穴が空いた者がいた。


低く響く音が止み、同時に村人たちの悲鳴も止んだ。すると…!!


パシューーーーーーー。ドパーーーーン!!


ラージャが倒れている所の近くから発砲音がした。

音がした方を見ると、なんと片腕を失った最長老が血を流しながら空に向かって銃を撃った。


撃った弾は赤く発光しながら進み、そして雲の中で弾けた。

すると、まるで雲を染めているかの如く、みるみる雲が赤く発光し広がっていった。

さっきまで昼の暗がりだったのが辺り一面まるで血のように真っ赤になる。


「どうじゃ、アルマ。これでヌシも終いじゃよ。大人しくくたばるがよい。」


左前腕を失っていた最長老は多量の血を流しながら、不敵に笑う。

そして「アルマ」と呼んだそれは、広場の奥から姿を現した。


それはまるで…いや、化け物そのものであった。

頭はワラスボのような見た目をしていた。下顎が発達し突出しており、鋭い歯が無数に生えていたていた。

目は無く代わりに耳がトビウオの胸ビレのように発達していた。

そして銀のうねった長髪がなびいていた。


両手には鋭い鉤爪、手の甲からは二つの刃物のようなものが伸びており、前腕はカジキマグロの背ビレのような形をした刃物が生えていた。

筋肉質の上体。

胸筋にはまるでウーファーのような形に発達したものがついており、そこから低く音が出ていた。


その化け物が全貌を現した時、ラージャは息を吞んだ。

腰までは人型であったが、腰から下はまるで大蛇のような龍のような、細長い形をしていた。その姿はさながら、インド神話のナーガのような半人半蛇であった。


ラージャは状況がいまいち呑み込めておらず、放心状態で最長老を見てるしかなかった。


「のぅアルマ、まさか私の蓄えてきた力をお前に振りかざすとは思わんかったのぅ。」


「ギェアアアアアアア!!!」


最長老は手に持っていた銃を投げ捨て、構える。

全身に返り血を浴びた化け物は、咆哮のあと口からヨダレをダラダラとたらし最長老に近づく。


(何言ってるんだよ、最長老様。まるでこの惨事、いや災害を起こしたのがアルマみたいにいいやがってよ!!)


ラージャは今目の前で起こっていることを信じようとはしなかった。


「んのぉおおおおおおおおおお!!」


最長老は気合の雄叫びを上げると、全身の筋肉に血管が浮き出た。1.5倍程大きくなり、シャツが破ける。そして切断されて血を流していた左腕の出血が止まった。


(き、筋肉の膨張する圧力だけで止血した!?)


「村にはな、こうした事態を収めるための緊急措置でってのがあるんじゃがな、如何いかんせん制限時間付きなんじゃよ。……ケホ!それに、血を流しすぎた。……せめて私の命を持ってしてヌシを屠ろう。」


最長老は首から下げた指輪のようなネックレスのチャームを引きちぎり、歯で挟みそして人差し指にはめる。

指輪の内側から小さな針が無数に生えてきて、人差し指にを突き刺した。針は皮膚を破り骨に到達する。すると、指輪に赤く光るラインが現れたかと思った次の瞬間!!


「ぐぬぅ〜ぬぬぬぬぬぬ!!ぐぉぉおおお!!」


指輪から全身に向かって黒い血管のように何かが広がった。すると、最長老の身体に変化が起こる。


目の周りと唇を縁取るように白い模様が浮かび上がり、口が耳まで裂ける。下顎が黒くなり発達し牙が露出する。耳もまるで魚の胸ビレのような形になる。胸筋の部分にウーファーのようなものが浮き出てくる。右手の爪が発達し鉤爪となる。


最長老はまるで姿になったのだ。

だが、最長老の方は人間味を大きくなる残している。


「……ゲホ!どうじゃ!!私もやるの自体は初めてじゃが、歴代の最長老に伝わる戦闘ふぉーむじゃ。身体への負担が半端ないのぅ。それに……ウググ!!理性が本能に呑み込まれそうじゃわぃ…」


「ギェアアアアアアア!!!」


龍のような化け物は尻尾の後ろで溜めをつくり、自身を発射した。

まるで弾丸のような速さで、最長老を切り刻もうと手を振りかぶる。


ドス!!


最長老は空手の防御の姿勢で、化け物の手首で攻撃を受け止め、払う。そして切断された左腕で、化け物の顎に攻撃を打ち込む。


「クッ!!やはり浅いか!!」


化け物は最長老の左腕に噛みつき、右腕を掴む。完全に動きを封じられた最長老はもがく事しかできなかった。

化け物は自身の大蛇のような胴を最長老に巻きつけ締め上げる。


「ぐぉおお!!アルマ貴様、止めるんじゃ!!」


次の瞬間、化け物の胸部のウーファーが振動した。


キィーーーーーーーーーーーーーーン


甲高い音が響く。


「おああああああ!!!!」


最長老の鼓膜がブチュンと音を立てて千切れた。そしてダラダラと血を流す。


だがまだ音は止まない。それどころか出力が増えた。


キィーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!


「のぉぉぉあああああああ!!」


なんと、最長老の目が振動を始め飛び出てきた。そして、パン!!と音を立てて弾けた。


「アルマ貴様あああああ!!この悪魔が!!やってくれたのぅ!!クソォォォォオ!!そのくらいなら私にも出来るぞぃ!!」


最長老は自身のウーファーをも震わせた。だが、低い音が響いた。


ボォーーーーーーーーーー!!


「ギェアアアアアアア!!!」


化け物は突然身体をくねらせて最長老を地面に叩きつけた。

よく見ると化け物の手に付いた刃物たちがボロボロに崩れ去っていき、大蛇のような身体にヒビが入っていた。


(そうか、最長老は低周波の音をぶつけて硬質化してる部位を破壊したんだな!!あの距離だ、恐らく化け物の骨はバキバキに砕けてるに違いない!!)


地面に叩きつけられた最長老は意識が飛んだ。運の悪いことに、限定解除の効果時間が切れたのか最長老は徐々に人の姿に戻っていく。赤く光っていた指輪は青いラインが入った。


左手からの出血が再び始まり、最長老の顔は蒼白になっていた。


化け物は最長老に近づき、頭を鷲掴みにすると自分の目の前まで持ち上げた。

化け物は最長老の右腕を持ち上げ、肩から齧り付いたそして右腕を引きちぎった。


グシャ!!


「………。」


最長老は悲鳴すら上げなかった。



続いて化け物は最長老の頭を鷲掴みにしたまま、地面に何度も叩きつける。


ドシャッ!!ドシャッ!!ドシャッ!!


最後にまた自分の目の前まで持ち上げると、もう片方の鉤爪の手を尖らせた。


ジュクッ!!ジュバッッッ!!


「ガハッ!!」


なんと、化け物は最長老の身体を貫いたのだ。

最長老は見た事ない量の吐血をしていた。そして、頭を掴まれていた手が離れると、貫かれた胴に体重がかかり力なく項垂れる。


それを目の当たりにしたラージャは顔が真っ青になった。


(さ、最長老ぉぉぉお!!…なんで…、なんでなんだよおおお!!!)



「……うぅっ」


どうやら、最長老には微かに息があった様だ。

しかし化け物は貫いた方の腕を下に振り払い、最長老が抜け床に叩きつけられた。


ラージャはそれを見て本能で感じていた。確定的な死を。身体がガタガタと震えはじめた。それは意図せずラージャの横たわった木材に伝わりやがてガタンと音を立てた。


直後、化け物はラージャが倒れている方向に顔を向ける。


トビウオの胸ビレのような形の耳が両方バサッと開いてラージャを探す。

どうやらこの化け物には目がない様だ。だが、ラージャから発せられるどんな些細な音も逃すつもりはないらしい。


ラージャの体は震えた。ガタガタと。それは止めることができない本能からの恐怖信号。心臓の鼓動も早まる。まるで太鼓の様にドドドと聞こえていた。


タンッ!!!!


化け物から強烈な音がした。


タンッ!!!!


また同じ音が発せられた。

今度は大きな耳がピクピクと動いた。化け物はクリック音を使ってラージャの位置を割り出そうとしている。


化け物はラージャを捉えた。そして少しずつ近づいた。

ラージャは全身から脂汗が吹き出て、青ざめた顔でやってくる死を待っていた。


(そ、そうだ!!コイツは音を頼りに俺を探してる!!よし、一か八かだ!!)


ラージャは近くの木材の破片を手に取り自分とは反対の方向に投げた。


カラン、カララン!


瞬間!!


ドゴオオオオン!!!


化け物は木材の落ちた箇所に尻尾を鞭のようにしならせて素早く攻撃した。

地面はえぐれており、木材は粉々になった。


タンッ!!!!


化け物は改めてラージャの居場所を確認すると、先ほどよりも速く近寄ってくる。

そして、鋭い鉤爪を振りかぶってラージャを仕留めにかかる。


死を悟ったラージャは全てがスローモーションに見えていた。


(…またこの現象だ。そうか…死ぬのか。…まぁみんなの所に行けるのなら……いいかな。)


ラージャは目を閉じて最後に親友の顔を思い出す。そして、無意識に言葉を発した。


「——じゃあな、アルマ。」 


その言葉を聞いた化け物は、ラージャの左手額から瞼のすぐ上にかけて5cm程傷をつけた所でピクッと止まった。


顔に痛みを覚えたラージャは目を開くと目の前には、まるでフリーズしたかのように動かなくなった化け物がいた。

そして、その胸元には獣の牙で出来た見覚えのあるネックレスをしていた。

そのネックレスは村人の返り血で汚れ、そしてまるで泣いているかのように血が滴っていた。


(———そうか、やっぱりお前なんだな…)


直後!!


柔毛カベロ・ブランドー!!跳躍トランポリン!!」


天から声が響くと、何が化け物にぶつかりラージャから遥か遠くに弾き飛ばされた。

そして目の前に3mはあろうかと言う巨大で丸く黒い何かの塊が降ってきた。


「おい、少年大丈夫か!!」


その巨大な丸く黒い塊から声がした。

どうやらラージャに呼びかけている様だ。


「ターイチョ、まずは毛の処理っしょ。これじゃ喋る大マリモだぜ。被災者にビビられちまうっすよ」


ラージャは次から次へと変わっていく状況の変化についていくことが出来なかった。


(俺は、死ななかったのか?)


剛毛カベロ・ドゥーロ!!カスコ!!」


男性の野太い声と共に黒い塊は少しずつなくなっていった。正確には丸い塊の中心にいた黒人男性の身体へと収束していた。


「ちょっと隊長ぉ〜。また隊長の毛が口に入ったんですけどぉ〜。」


「やかましいゎ!散れぃ!!」


丸い塊が消えると、そこには3人の人物がいた。


一人は先ほどから隊長と呼ばれている、髭面で角刈りの黒人男性だ。身長2mはあろうかと言う巨体に隆起した筋肉。その黒人男性は共にやってきた、細身で長髪の男性と金髪ショートの女性に指示を出していた。


「救急信号を受けて来てみれば…、こりゃぁヒドイなぁ。Nsナース!被害状況!!」


「こっちはダメです。この坊や以外全滅ですね。坊やも頭部より出血あり、意識レベルはクリアです。トリアージ緑。」


「把握。言語聴覚士ST!!そっちは!!」


「タイチョ。200m先の倒壊した家屋のから生存反応が一つあるっす。でも、かなりヤバめかも。トリアージは赤っしょコレ。」


「把握。人命救助最優先で頼む。俺は奴さんの相手をしなければならない様だからな。」


「「了解」」


3人は首元のスイッチを操作すると黒いアイシールドの様なディスプレイが現れた。どうやら、コレで通信しているらしい。


3人はとても不思議な格好をしていた。

ラージャの印象は兜のない白い鎧武者だった。

体型にフィットした黒いアンダーアーマーに、胸部から腹部まである白いプロテクター。

背部には大きな赤十字に蛇と杖のマーク。同じマークが右の胸に小さく刻印されていた。

肩には半楕円形のプロテクターがあり、左の上腕には白い腕輪がはまっていた。

幅は10cm程で、腕輪には最長老の指輪と同じ様に、腕輪の真ん中にぐるりと一周するラインのような凹みがあり赤く光っていた。

よく見ると、彼らの腕輪は一周するラインの様な凹みに交差する様な凹みがあり、まるで赤十字の腕章の様に見えた。

下半身は、脚部と臀部を守る様に左右と後ろが繋がった草摺くさずりの様なレッグガード。

左右の草摺には三角形の装置がついており、各頂点には野球ボール程の大きさの丸いグレネードがついていた。


金髪の女性はグレネードを一つ装置から取り外して、真ん中のスイッチを押し込み投げる。


その丸いグレネードはみるみるうちに、人一人入れるくらいの棺桶の形になる。棺桶には透明な窓と外部から手を入れられる穴が二つ付いていた。


「隊長ぉ〜、こちらリカバリーRポッドP展開完了で〜す。」


「よし、じゃぁ後は奴さんだな。RP回収部隊に直ちに連絡。」


「連絡済みでぇ〜す。」


「把握。」


そう言うと、黒人男性は上半身のプロテクターを外しながら化け物に向かって歩いていく。


(……っ!!。な、何をしてるんだあの人は!!)


ラージャには、それがあまりにも狂気染みた光景に見えていた。

しかし、次の瞬間に全てを理解する。


「うぉおおおおおおお!!!直毛カベロ・レクト!!刀剣エスパーダ!!それと…、電髪パーマネント大楯エスクード!!」


なんと、隊長と呼ばれていた男性の右腕から体毛が多量に伸び、そして鋭く尖り忽ち鋭利な刃物の様になったかと思ったら、左腕からはクルクルで、弾力のある体毛が何層にも重なって大きく発達していき、宛ら大楯の様になった。


「さぁ、奴さん。コレで準備は万端だ。かかってきな!!」


彼らの登場と同時に跳ね飛ばされた、化け物はクリック音で隊長を捉えていた。そして尻尾で溜めを作り、一気に発射して隊長に襲いかかる。

化け物は咆哮と共に右腕を振りかぶり鉤爪を隊長に突き立てる。


「ギェアアアアアアア!!!」


ボフン


隊長は左腕の大楯で攻撃を受け、右腕の剣で化け物の腹部を突き刺した。


「ギェアアアアアアア!!!!!!」


化け物は今までで一番大きな声で鳴いた。化け物の腹部からは赤い血が滴っていたが、今回は化け物のものであった。


化け物は隊長から距離を取ると、胸部のウーファーを振動させる。


キィーーーーーーーーーーン!!


あたりに甲高い音が反響する。リカバリーポッドの中のラージャまで耳を塞ぐ程の不快で強烈な高音。

そしてラージャは思い出した。この高音攻撃が最長老を死へと追いやった事を。


「うぅ!!…まったくよぉ、ぎゃーぎゃー騒ぐことしか出来ねぇのかよぉ。…そんなお前には、これだ!!」


隊長は両手の武装を解除し、草摺の三角形の装置から、一つずつグレネード取り外す。そして、西部劇のガンマンの如く投げる。

グレネードは化け物に当たる直前に爆散した。


するとなんと胸部のウーファーが止まり、強烈な高音が止んだのだ。

それだけではない。化け物は両腕をダランとさせ、顎が閉じず涎がダラダラ流れていた。


「わからなぇよな。不思議だよなぁ。だって動かそうとしても動かせないんだもんなぁ。」


「グゥーガァー」


「教えてやるよ。それはな、ボトックス注射ってんだよ!——あぁ?美容用だ?まぁ使う事もあるけどなぁ、コイツは害虫駆除用だ。グレネードには筋肉弛緩薬をたっぷりと染み込ませた俺の剛毛針が入ってたんだぜ」


化け物は思う様に体幹を保持できず起き上がっては頭を地面に強く打ち付けることを繰り返していた。


「トドメだな、ヘビ野郎。―――直毛カベロ・レクト!」


隊長の両腕の毛が多量に生え、そして鋭く尖る。

その二本の剣は全長2m以上はあろうか隊長の背丈を裕に超える。


双剣ドブレ・エスパーダ!!」


隊長は化け物に近づいた。

化け物はクリック音を発して状況把握に努める。

そして隊長の居場所を捉えた化け物は、尻尾を鋭く尖らせて隊長に攻撃する。


バシュン!!

ザン!シャー!!ジャン!!


隊長は両手の剣で攻撃を受け流し、化け物との間合を詰める。

そして間髪入れず二本の剣を左に構えると、化け物の右腕に二度、右切り上げを繰り出す。その勢いを殺さないよう1回転し、遠心力を追加して隊長は両手の剣で化け物の左肩に逆袈裟を繰り出し、左腕を切り落とす。


「ギャアアアオオオオオオオオオオ!!!!」


化け物の断末魔が辺りに響いた。


ポッドの中に居たラージャは飛び起き、透明な窓から何が起きてのか確認しようと身体を乗りだした。


「ちょっと坊やぁ~、いくら軽傷だからって勝手が過ぎるでしょぉ~!大人しく寝てなさい!」


「…ヒュー、ヒュー、や…や、め…ろ。」


「ちょっとぉ~、あなた喋れたの?」


「ア…、アル…マ…を、ヒュー、こ…クッ、殺さ…ないで……たの…む!!」


「何言ってんのぉ~。あれはもう人じゃないよぉ~。ベスティア達は二度と人には戻れないんだからぁ~。」


「べ…ス…ティア、ヒュー、ヒュー、なんかじゃ…ない。アルマ…俺の…ヒュー、ヒュー、親友なんだ!!」


「そう言われてもねぇ〜。君のお友達には既に討伐命令が出てるから、私たちにはどうにも出来ないんだよねぇ〜。」


金髪の女性はラージャを無理やり寝かせると、手袋を外して、ラージャの頭に手を当てる。

すると女性の手はラージャの頭を透過した。


(なっ!?女の人の手が俺の頭の中に入ってきた……。くっ、意識が遠のいて———。)


ラージャは意識を失った。


タイミングを同じくして、上空からジェットエンジンの音と共に巨大な飛行艇が現れた。飛行艇は両翼のエンジンを縦噴射にし、垂直に降下した。


飛行艇は格納されていたタイヤを展開し着陸する。

飛行艇の尾部ではランプ扉が降り、中から数人の隊員が出てくる。


「お疲れ様です。フォレスト師長!!被災者をこちらに。」


「ほぉ〜い、お疲れ様〜。じゃぁ後はお願いしますねぇ〜。」


ラージャの入ったポッドは隊員達に飛行艇の中に運ばれていく。その後を追う様にフォレストと呼ばれた金髪の女性が飛行艇に入っていく。


「おーーーーい!!こっちコード・ブルーっす!!スタットコール!!スタットコール!!すぐ人まわすっしょ!!」


隊長達と一緒にいた細身の男性が浮いてるリカバリーポッドを一人で運んできた。中の人はどうやら重症の様だ。


「すぐに緊急手術オペの用意をするっしょ。」


「しかしバチスタさん、Dr.ドクターはどちらに?」


「もう来るっすよ。それより、フォレストさんにもオペに参加してもらうから声かけておくっしょ!」


「はっ!」


バチスタと呼ばれた細身の男性は、他の隊員に指示を出していた。そんなやりとりの最中、カコン、カコン、と外からランプ扉を登ってくる人物がいた。


「待たせたなお前ら。奴さんは狩った。野郎ども戦線離脱だ!」


なんと、隊長は化け物の首を引っ提げてきたのだ。化け物の髪の毛を掴んで、飛行艇の隊員達に自慢する様に見せる。


隊長の合図とともに飛行艇はランプ扉を閉じ垂直離陸する。


「タイチョ、お帰りっす。もう一人の生存者の方ヤバいんで、すぐに手術の準備お願いするっしょ。」


「あいよ。ほれ、奴さんの首!調査部に回しといて。あとコレ、首から下げてたやつ。いらなかったら捨といて。あーそれと、クリーンボックス空けといてよ!返り血まみれなんでね。」


隊長はバチスタと呼ばれていた細身の男性に化け物の首と、ネックレスを渡す。


「うへー。やっぱ近くで見るとキモいっす。クリーンボックスはすぐに使えるんで、ささっと行くっしょ!」


隊長は急足でクリーンボックスに入る。

そこは人一人が入れる程の広さの小さな部屋で壁には無数の穴が空いていた。そして、壁の穴から適温の液体が噴射され隊長の全身の汚れを落とす。しかし不思議なことに、液体は隊長の身体を濡らすことはなく、汚れだけが落ちていった。次に頭の先から爪先まで全身をスキャンされたかの様に光が包む。


クリーンボックスとは最新鋭の洗浄殺菌室の事だったのだ。


隊長は黒いアンダーアーマーのままガウンを着て手術室へと姿を消した。

そして飛行艇は、ラージャを乗せ空の彼方へと消えていった。





〜第一章〜

      

誘惑ゆうわくヘビカゴむしたち


—完—








☺︎


長らくお付き合い下さりありがとうございます。

ここで一人目の主人公ラージャの話は終わります。

楽しんでいただけたでしょうか?

第二章からは別の主人公が活躍します。

伏線なども張っていきますので、楽しんで読んでいただければ嬉しい事この上ないです!



最後に

誤字脱字、分かりにくい表現、専門用語、あるかと思います。コメントなどでご教示頂けましたら嬉しいです!

ノートの方でキャラクターの裏話やイメージ画像、設定なども解説していますので良かったら見ていってください。


※表現の変更。

旧:クラエス→修:ベスティア

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る