第2プロローグ 第1話: Arte marcial

〜第二序章〜



殺戮さつりくの王子といつわりの正義せいぎ










日も未だ登らぬ冬の早朝に、齢12そこらのリュウ浩然ハオランは道場で座禅を組み精神統一をしていた。


外ではつゆが凍りつきしもに変わる。

道場に隙間風が入り、劉のうなじに吹き付ける。


「うぅ…、寒いぃ…」


「鍛練が足らん!!」


パシンッ!!


劉の右肩に激痛が走った。


「いったぁあああああ!!」


劉は叩かれた場所を必死に抑え、のた打ち回る。

そして、呆れ顔で警策きょうさくをかたずける老人が目に入る。


いか、劉。心頭滅却しんとうめっきゃくすれば火もまた涼しじゃ。何事にも集中せよ。心を乱すものは切り捨てよ。さすればお前も真の強さが手に入るじゃろう」


この身長150㎝にも満たない小さな老人は宮本哲治みやもとてつじ宮本流躰道みやもとりゅう たいどうの現師範代


お師匠様おしょーさま。お言葉ですが今は真冬です。火が涼しかったら凍え死んでしまいます。」


「はぁ…、お前ってやつは…先が思いやられるわぃ」


劉の発言に呆れを隠しきれない哲治は呼吸を整えると、真剣な表情に戻った。


「劉よ次は実践組手じゃ。武舞台の端に立て」


「はい!おしょーさま!」


劉と宮本が向き合う様に立つと互いに3歩ずつ前に進み、一礼する。


躰道とは旧日本国に伝わる武術の名称である。

道着と袴というスタイルで戦う。その技は独特で、蹴り技を中心に型が構成されている。

しかし1番の特徴は、体軸の変化によって攻防を展開する所にある。また床との距離が近く下段攻撃を得意とするため、まるで相手が消えてしまったかの様に錯覚してしまうのである。


「構え!!」


二人は右膝を畳につき、左膝を立てて構えの姿勢になる。右手は脇腹の横で拳を握り、左手は指先まで伸ばし、左膝に指先が付くかつかないかの位置で止める。


「では始め!!」


「行きますよ!!おしょーさま!!」


劉は掛け声と共に哲治に近づき、片膝をついて中段の突きを繰り出した。

しかし哲治は既にその場には居なく、劉の拳は空を切った。

実は哲治は体を捻り畳に両手をついて躱していた。そのままの姿勢で、劉の側頭部の足を伸ばして蹴る。

劉の頭にものすごい衝撃が走る。

哲治は蹴りを繰り出した脚ともう片方の脚を使い劉の上半身を挟むと、身体を捻らせ劉を畳に叩き付ける。技の流れは止まらず、同じ勢いのまま哲治はバク宙をして劉に踵落としを喰らわせる。

すんでの所で攻撃をやめ、哲治は寸止めをした。


「やめ!!」


「はぁ…おしょーさまはズルいです。僕はまた何もできませんでした」


劉は試合に負けた事が悔しかったのだ。子供らしく膨れっ面になると、哲治がその顔を見て笑った。


「へへへ年季が違うのじゃよ年季がな」


哲治が劉に手を貸し立ち上げると互いに向き合い、再び一礼をする。


「よし劉。風呂の準備をして来い。ワシは道場の戸締りをする」


「はーい」


劉はドタドタと走って風呂場へ向かった。哲治はその後ろ姿をみて小さく微笑んだ。





ワシと劉は山奥で二人で暮らしている。

2-3時間ほど下山した所に人里があるので、月に一度二人で下山し、薬や調味料、服などを買いに行っている。山で育てた桃や猪の肉や鹿の角、毛皮などがいい値段で売れるのでお金の心配は要らないのだ。


劉はワシの孫ではない。ワシには身寄りがない。無論、劉にもだ。

12年前のある日、猪を追って山の麓まで降りた時川辺に大きな竹籠を見つけた。辺りに人の姿はなく里の人間が忘れていったのだろうと思い、見て見ぬふりをしようとした。

しかし「おぎゃー。」と赤子の声がしたので見に行くと、産まれて間もない男の子が竹籠に入ってるではないか。


ワシに育児の経験はないので、里に降りて親を探すことにした。だが里で何日探しても親は名乗り出なかったのでワシは薬師の先生の所へ相談に行った。


「ごめんください」


「これはこれは宮本さんではありませんか。本日はどの様なご用で?」


引き戸を開けて暖簾のれんをくぐると、漢方独特の香りと先生のタバコの煙が混ざった様な不思議な香りが漂っていた。


「劉先生。実は——という事がありまして…」


薬師の劉先生は旧中華系民族の出であり、漢方に精通した人物であった。ヤギの様な顎鬚と伸び放題の眉毛が特徴の人望と人柄を兼ね備えた良識のある人物であった。

唯一の難点は愛煙家であり、常に煙に包まれた生活を送っているという事だけだ。


「ふー。では、宮本さんが育てたらどうですかな?」


煙を吐きながら話した。話し終えると再び煙管を加え煙を吸い込む。


「ワシがですと?ワシには子も居らず勝手が分かりません」


「では、その子で始めてみたらいではありませんか」


劉先生はニカっと笑いスカスカの前歯が露呈する。それにつられてワシも笑ってしまった。


「分かりました。では、この子の両親が見つかるまでワシが面倒見ます」


「そうですか。宮本さんなら素晴らしい親にならると信じてますよ。では、まず初めに親としての一番最初の贈り物をあげてやって下さい」


劉先生は人差し指を立て強調する。


「はぁ…、一番最初の贈り物ですか。それはオシメか何かですか?」


劉先生はまたしても大笑いをした。


「はっはっはっはっ!宮本さん、最初の贈り物は名前ですよ!名前!」


ワシもつられて笑う。


「では、この子が先生の様な立派な人間になれる様劉の姓を頂きます。名前はこの子を見つけた場所から取って浩然こうねんなんて如何でしょう?」


「素晴らしい名前ではありませんか。では私からは読みをプレゼントさせて頂きます。リュウ・コウネンでは締まりが悪いので、私からはハオランの読みを送ります。リュウ・ハオラン。今日からこの子の名前は劉浩然リュウ ハオランです」


あれから12年。ワシは浩然を育て続けたが親を名乗る人物は現れなかった。だが浩然は既にワシにとって本当の孫の様な存在になったのだ。

近頃はワシに内緒で劉先生の所で漢方を学んでるそうで、勤勉で心の優しい親想いのいい子に育った。



——哲治の目は自分では気づかないくらい、薄っすらと潤んでいた。


「じいちゃん!風呂沸いたよ!」


浩然は母屋の窓から顔を出してワシを呼ぶ。ワシは首に下げたタオルを取り風呂へ向かう。

脱衣所へ行くと浩然が既にスッポンポンの状態で待っていた。

ワシも服を脱ぎ風呂場へと向かう。


「浩然、ワシの背中流すのを頼んでも良いかの?」


「いいよ!はいじゃ、あっち向いて!」


ワシが壁を向くと、浩然は手拭いで石鹸を泡立てて背中を洗ってくれた。気持ちもう少し強くしてほしいが、今は黙っておこう。


「ねぇじいちゃん」


「なんじゃ?」


「どうして、じいちゃんの背中って傷だらけなの?」


ワシの身体は背中に限らずあちこちに傷があった。それに関しては、敢えて浩然に話すまでもない。いつか浩然が大人になっても気になる様なら教えても良いが——


「ワシにも若い頃があってだな。大工をやってたんじゃ。それである日ワシが橋を作っていた時、谷底から強風が吹いて落こちてしまったんじゃ。その時の傷じゃ」


「ウソばっか。この前はヤクザ?の抗争に巻き込まれたって言ってたのに」


浩然は少し不貞腐れた様な顔になったので、ワシは浩然の鼻っ柱をデコピンで弾いてから、彼を湯船へと投げ入れた。


「ワシから一本も取れぬ悪ガキなんぞに教えてやるもんか!ガーッハッハッハッハ!!」


グキゴリゴリ!!


腰の方から信じられない音がした。どうやらギックリ腰をやってしまった。

浩然もいつまでも子供と思っていたが、着実に大人になっていたようだ。嬉しいのやら寂しいのやら…。


ワシはその後、浩然に看病されるという屈辱的な場面に移るのだがもう眠るとしよう。




——夜中、ワシは猛烈な喉の渇きと共に目が覚めた。


ドン!!ドパン!!


ワシは自室を出た所で何かの音を耳にした。


ドン!!ドパン!!


何度も何度も同じ音が響く。

どうやら離れの方から音がする様だ。


離れには浩然の寝室と道場がある。


(もしかするとあの悪ガキ、ワシに内緒で勝手に道場を使ってるな?)


ワシは浩然にひとつ怒鳴りつけてやろうと音のする方へと近づいた。道場からは微かに灯りが漏れ出ていた。

ワシの想像通り浩然は勝手に道場を使っていたのだ。しかし何故だかワシは怒鳴るのではなく、障子を少し開け浩然の様子を見ることにしたのだ。


するとどうだろうか。浩然は昼間にワシが行った躰道の動きを完璧に再現していた。


ドン!!ドパン!!


しかし異なっていた事もある。それは桁違いな威力だった。


浩然は木偶人形でくにんぎょうの頭部に「ドン!!」と蹴りを入れると、頭は弾け砕けた。そしてその流れのまま、両脚で木偶人形を挟み投げ飛ばす。バク宙をして踵落としをする。

「ドパン!!」という音と共に木偶人形の身体が砕け散る。


ワシは驚きを隠せず、後退りをした。板が軋む音で浩然がワシの存在に気づく。

ワシは敢えて障子を開き、怒鳴る。


「コラ!!こんな夜中に何をしとるんじゃお前は!!」


ワシは障子を開いて再び驚いた。

なんと、道場の隅にはバラバラに砕けた木偶人形の残骸たちが山の様に積み上がっていた。


(コレだけの量を破壊していたとは…)


冷や汗がツーと額から頬を伝う。

暗いせいか、ワシが浩然に躰道を教えていたのは正しい選択だったのだろうかと葛藤をしてしまう程、壊れた木偶人形の山には迫力があった。


「げ!!じいちゃん!!」


「何がじいちゃんだ!!道場ではお師匠様じゃろうが!!それよりも早くこのガラクタを片さんかい!!神聖な道場が汚れてしまうわい!!」


ワシが浩然に拳骨を喰らわすと、涙目になりながらいそいそと片付けを始めた。

30分ほどで道場は元の姿に戻った。

浩然はバツが悪そうにしながら近寄ってくる。


「おしょーさま勝手に道場を使ってしまい、すみませんでした」


浩然は頭を下げてるが、実のところワシは別に怒ってはいない。ただ、浩然には他人の物を黙って使う事は良くないと知ってもらわないといけない。ワシなりの教育のつもりだ。


「お前、いつからこんな事をしとるんじゃ」


「えと…、拳骨はありませんか?」


「拳骨はせんから言うてみ」


「に…2年くらい前から…」


(2年とな。ワシに気づかれずに2年間か…丁度躰道の修行を始めた時期ではないか。)


「うむ。正直言えたのでこの件は許そう。」


「知ってたのですか?」


「当たり前じゃ!!」


勿論こんな事など知らなかったが、体裁を保つと言うのも大人にとっては大切だ。


「して、この大量の木偶はどうしたのじゃ」


「コレはですね…劉先生が彫刻に失敗した物を譲ってくれました。壊した物はお風呂の湯沸かしなどに使ってます」


「そうか、先生も一枚噛んどったのか。」


劉先生は多彩な方だ。木彫りの像を作ってらっしゃる話は勿論知っていたが、まさか失敗作をウチが回収していたのは驚いた。


「劉。もう夜も遅い。汗を流したらもう寝なさい。明日の修行は休みじゃ」


「はい、おしょーさま。では、おやすみなさい」


そういうと、浩然は急足で風呂に向かった。

ワシは纏めた木偶人形の瓦礫を調べた。

驚く事にどれも一撃でバラバラにされているではないか。


(なんと末恐ろしい子なんだ。育て方を誤ればとんでもない事になるぞ…。)


ワシは母屋に帰り水分を取ったのちに床に着いた。






☺︎


ここまで読んで下さりありがとうございます。

第二章の主人公の劉浩然の第一印象は如何だったでしょうか??

これから数話に渡って彼の物語が展開されます。

楽しみにして下さいますと嬉しいです!


ノートにキャラの設定やイメージ画像などを載せてますので、良かったらそちらもどーぞ!


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