僕の居場所に掛かった鍵

神永 遙麦

僕の居場所に掛かった鍵

 僕はもう家に居たくなくなった。


 母さんが棚に隠してた鍵を取って、自転車の鍵を開けた。

 このまま町を出ちゃえ。もう戻らない。

 自転車に乗って走った。

 周りにも他の子が自転車で走ってる。あの子達は他の子の家に遊びに行くんだろうなぁ。

 あの夕日の元まで行こう。


 僕はペダルを漕ぐ力を強めた。


 行ってやる。行ったこともないくらい遠い所に行ってやる。


 夕方の冷たい風がほっぺを切った。

 どんどん漕いでやる。

 足元からぶぁんぶぁん音がする。

 頭が熱くなってクラクラしているのに、つむじの辺りはシンと冷えている。

 もっと、もっと早くなれ。

 先にあったと思った景色があっという間に残像になる。

 もうとっくに町は出た。今どこら辺なんだろう?

 どんどん先へ行ってやる。



 母さんは、僕の日記を勝手に読んだんだ。その母さんの所にはもう戻らない。

 絶対に。



 見たことない坂道がある。

 渡ろうか……。


 僕は急ブレーキを掛けた。


 もしかしたら、母さんは僕の日記を勉強ノートと間違えただけかもしれない。採点しようと、しただけかもしれない。


 夕日が沈む前の最後の光を放った。


 渡ってやる。

 ペダルに足を掛けて、力を入れた。自転車はグンッと前進した。

 母さんは僕の日記を最後まで読んだ挙げ句、勝手に捨てたんだ。


 坂道はキツイ。

 一所懸命に力を籠めた。どこまでも走ってやる。


 パンっ

 あ、タイヤやられた。誰だ、こんなとこに釘置いたやつ。


 黄昏も終わった。

 自転車を降りた。

 押すしかない。


 お腹減ってきた。

 どっかにレストランないかなぁ。お財布には1016円入ってる。ファミレス行くか。

 どこだろう?

 あっちら辺が明るい。繁華街だったらちょっとヤバい。補導されたらヤバい。でも駅だったら、何かあるかな。

 うーん、どっちだろう。繁華街か駅か。

 あ、駅だったらどっか行ける。この時間だったら塾帰りで誤魔化せそうだし。小6だから子ども料金で行ける。大人料金の半分だから、どこまでも行ける!

 ご飯、抜くか食べるか。お腹減ったし、食べよう。


 そのまま歩いていった。


 あ、詰んだ。繁華街だ。戻ろう。


 さっきの坂のところに走った。

 時間的には7時くらいなのかなぁ。

 多分、さっき遊びに行ってた子たちも家に戻ったのかなぁ。

 僕も戻ろうかなぁ。

 遊びに行ったら迷子になったことにしよう。


 僕は家に向かって、自転車を押した。


 ただし、もう次はない。

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僕の居場所に掛かった鍵 神永 遙麦 @hosanna_7

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