幻の夕礼拝

突き当たり 右に曲がった その先の 礼拝堂の 讃歌はいづこ?



 夕飯は六時半ごろからゆるーっと始まるタイムスケジュール。

 時間まで少しあったので、私はせっかくだから宿舎内を一人散策していた。


 玄関ホールの目の前には大階段があり、そこを上がって右側が女子用の学生宿舎に、左側に歓談室と途中分岐で男子用の学生宿舎に続く廊下が続いている。

 一階には食堂と講堂、そして教室が並ぶ校舎への別階段がある。ホールの反対側正面にある広い開口部からはそのままグランドに抜けることができるという、日本の学校とはそもそも造りが異なる建築形態は実に興味深い。


 基本は石造りだが、内装にはふんだんに木建材も使用されており、壁際の間接照明がやたら目に付く。

 外国に来て初めて理解したことだが、日本人の目にはとにかく照明が暗く感じて若干不便なのだが、網膜色素の薄い欧米人にとっては、これくらいの照明じゃないと逆に眩しすぎるらしい。


 そういえば、あの人ら屋外に出る時やたらサングラスかけよるな、十代からとかないわ〜と思っていたが、そうじゃなくて単純に夏の日差しが眩しいらしい。

 日本人の焦茶や黒系の目は、彼らに言わせれば自前でサングラスをかけているようなものだという。


 なるほど、理解した。


 カルチャーギャップを一つ解消して話を戻す。


 玄関ホールの大階段を登らず、その後ろにひっそりと続く細い通路を進む。


 ここから先はとても簡素で擦り切れた絨毯すらなく、剥き出しの古い板張り廊下が続いている。

 照明も一段暗く感じる通路の先は行き止まりで、右手に折れると古めかしく大きな両開きの木製扉だけがある。


 ドアプレートには「CHAPEL(礼拝堂)」の文字。


 さすがというか何というか、これぞ異国情緒と思いながらしばらく黙って佇んでいると、どうやら中では夕べの祈り真っ最中らしい複数人の気配がする。

 静かながらさんざめく空気と、微妙に揃わない讃美歌の斉唱がほんのりと漏れ聞こえていて、私の興味はフルマックスだ。

 ドアの取手にレトロな鍵穴があるので、ここからもしかしたら内部を覗けるかもしれない……少々の葛藤を覚えながら逡巡していると、突然、内部の音楽がピタリと止んだ。

 止んだどころか、さっきまで漏れ聞こえていたはずの人の気配すら、蝋燭ろうそくの火を吹き消すように立ち消えた。


「……」

 あれ……?


 周囲には若干空気を重く感じるほどの静寂だけがあり、音を発しているのは正味、私だけだ。


「……?」

 はて、気のせいか。


 誰か出てこないか、少しドアから離れて待ってみるが、相変わらずウンともスンとも反応がない。


「……」


 これは、アカンやつかもしれん……。

 何がアカンのか言語化するのは微妙に難しいが、なんかアカンやつな気がする。


 とりあえず「お邪魔しました」と両手を合わせて一礼してから、くるりと踵を返す。心なしか、来た時よりも照明が暗い。


 廊下を戻り、ホールに出るとすでに食堂から賑やかな気配がする。もう夕飯時が始まっていたらしい。


「Where’ve you been ?(どこ行ってたん?)」

「Nothing, just looking around(別に、ちょっと見て回ってた)」


 無事に夕飯に合流して席についてから、ふと思う。

 あれ、キリスト教本場のくせに、この人ら礼拝参加しとらんのかい。


 気になったので普段礼拝しないのか尋ねてみると、本場の人たちはこぞって「別に?」という反応だ。

 まじか、そんなゆるゆるの信仰心でいいのか、今時。

 なんなら折に触れて、八百万やおよろずの神頼みをする私の方が余程信心深いのではないかとすら思えてくる(多分、錯覚だ)。


 一応、あとで食堂のおいちゃん(ホラージョーク大好き)にも聞いてみた。


「Does anyone attend an evening service in the chapel here ?(誰でもここのチャペルの夕方礼拝に参加しますか?)」


 私の英語が通じなかったのか、ただ笑われた。


「I’ve just heard someone singing an anthem in there(誰かあっこで聖歌うとてるの聞いたんです)」


 ついでに、今し方起こった出来事を伝えておくと、おいちゃんはにわかに表情筋を強張らせて言葉を無くしてしまった。

 どうやら、ガチめのやつはアカンかったらしい。


 なんか……すまん、おいちゃん。

 正直なだけやねん。


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 さて、外国編は一旦ここまで。

 続きはまた後日、まとめ終えてから。

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