第8話 Op.1 お掃除のためのピアノソナタ

ハインリヒが自室でうとうとしていた頃…


         ♢


カルマは乳母のマリアに抱かれたまま、しゃくりあげた呼吸を戻そうとしていた。


「奥様からも無神経な人だからと聞いてはいましたけれもあそこまでとは……坊ちゃんも怖かったわよねぇ」


スンスンと鼻を鳴らしながらコクコクと頷く。よく考えればあの男は自分の父だったんだろうな、と。


しかし怖いものは怖いし、泣きたいときには泣きたい。赤子だもの。かるを。


「ああ、もうすっかり泣き止みましたね。坊ちゃんは強い子ですこと」


よしよしとマリアに撫でられる。この安心感は何にも代え難い。母によしよしされるのもいいが、マリアによしよしされるのも捨て難い。


マリアは僕がすっかり安心しきったのを確認するとベッドに降ろして、中断されていた掃除を再開した。


眠気もすっかり覚めてしまい、特にすることもないのでマリアの掃除の様子を見てみる。


掃除の手際がよく見ているだけで引き込まれる。掃除の仕方も現世と違うようだ。魔法を使用する。


マリアは水魔法使いで、ぶつぶつ言いながら指を振るだけで水を操れるようだ。


洗濯をしたり掃除をしたり非常に便利そうである。


水の動きが非常に見事だ。龍のようにうねり宙を登ったかと思えば、霧雨のように散ってしまう。


指を振るだけでそれを操る姿はまるで一流の指揮者だ。


僕にも魔法があるのだろうか。きっとあるだろう。せっかく異世界に飛ばされたのだから。


どんな魔法だろうか。火とかいいな。攻撃もできるし料理もできる。


ダンジョンに潜ってドラゴンを退治して、その肉を炙って食べる……人気ラノベの主人公みたいじゃないか。


そんな妄想の間も、マリアの掃除の音は続く。


ガシャガシャ。ピチャ。ピチャ。ジャージャー。


水の音。物と物がぶつかる音。マリアの鼻歌。


それらが組み合わさって一つの曲になる。音符を五線譜に一つ一つ並べていく。現世にいた頃からの癖だ。



【曲が完成しました。保存なさいますか?】


……え、誰?今話しかけたの?


【保存なさいますか?】


誰だよ!だから!

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