第9話 使命

「保存しますか?」


何を言っているのか、誰が喋っているのかもわからない。声は唐突にカルマの頭へと流れ込んできた。心のなかで声の主へとよびかける。


(お前は誰だ。何が目的で僕に話しかけている。それが分かるまで、僕は何も答えない)


「……かしこまりました。ではお答えいたします」


声は無機質にしゃべり続けた。しかし、僅かにため息がきこえたような。


「おめでとうございます。あなたは選ばれました!」


(選ばれた?何に選ばれたのだ?)


「転生者にです。転生者は素晴らしい。だって現世ではあり得ないような能力に恵まれるのですから」


(ほぉ、つまりさっきの保存がうんたらというやつが僕の能力の正体なんだな?)


「ご明察です。あなたは頭に思い浮かべた曲を瞬時に記憶し、記憶容量に保存できる能力を獲得しました。適当な紙があれば転写も可能ですよ」


(それはすごいな……)


僕も現世ではピアノを弾く傍ら、作曲に挑戦したこともある。しかし、作曲というのはただよさそうなフレーズを並べればいいわけではない。


その音楽の前後関係や、和音、リズムの正当性を考えなければならない。それは音楽理論として、ある程度の正解が存在している。崩すなら崩すで、崩すなりの理由が必要だ。


芸術作品の中で最も理屈っぽいもの、それが音楽だ。


その音楽を頭に思い浮かべただけで、すぐに作品にしてしまうだって?


AI絵師もびっくりのとんでも能力じゃないか。


「そうなんです、とってもすごいんです。ね、だからこの能力使って曲たくさん作ってくださいね。まぁ、現世でのあなたの行いを見る限り、それは難しくなさそうですが……」


(ん?お前は現世の僕を知っているのか?)


「もちろんです。ですから、わざわざ能力をお与えしてこの世界で生き返らせたのですから。」


(へ、へぇー、なんだか照れるな、それは…)


「照れる?そんな可愛いものですか。あんな恥ずかしい曲作っておいて?なんでしたっけ?愛しのエリーとかなんとか」


(うわああああ、や、やめろおおおおお、その黒歴史は!!!!)


僕の悲痛の叫びは実際に赤子の泣き声と化していた。つまり実際に泣いていた。


「あらあら、坊ちゃんさっきまでおとなしかったですのに。…くんくん?あら?おしっこなさいました?」


そして衝撃でお漏らしをしてしまった。あの黒歴史はそれほどに葬り去らなければならないものなのだ……。


「まぁ、とにかくあなたは曲さあ作ってくれればいいですから!それがあなたの使命なんです、いいですね!それではさよならです♪」


声はそれっきり聞こえなくなった。何度も声に呼びかけたがもう無駄だった。


「坊ちゃんたら急に宙の方へ向かって、一体何をお話ししているのかしら……」


マリアは少々不審に思った。


 

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