第16話
Kの部屋は僕の想像よりも小さかった。ふつうの子ども部屋くらいの広さだ。そして信じられないくらい清潔で、それは家全体もそうだが、人が死んだような感じがまったくしなかった。
「この家を整理するのに一年かかったんです。はじめはKくんと一緒におじさんとおばさんの遺品を整理していて、そのあとにKくんが亡くなったから、いまは僕ひとりで片付けています」
Kの従兄はそう言った。あまり抑揚のない、この家のような口調だった。僕はKの墓のことを訊いた。しかしKの遺書には納骨をしないようと書かれていたので、海に散布したという。そして位牌も遺影もなかった。これもKの願いだった。遺書もパソコンで記入してコピーしたものだった。
僕は男にKの話を訊いた。しかし男はKのことについてほとんど語らなかったし、遺書を見せてもらうことも叶わなかった。それも、遺書に書かれた内容のひとつだった。
つまりKは自分の死んだ実感を残さなかった。まるで彼がいま旅行中のように世界はそのままだった。もしかしたら実はKがこの従兄に扮しているだけで、僕をからかっているみたいだった。しかし僕はニュースを観た。ニュースというのは不思議だ。実感を持たさず事実だけを押し付けてくる。
外は雨が降りはじめた。また雨だ。しかも激しい。毎日降っているのになぜ未だこんな雨量を出せるのだろう。人が快晴の日を忘れるまでこんな雨がつづくのだろうか。
「そういえば、遺品の件はあとどれくらいの人に送ったんですか」
と僕は訊いた。Kの従兄はかぶりを振った。
「いいえ、あなた以外にはあの手紙を送ってません」
「送ってない? 誰も? それもまた遺書ですか」
「いいえ、遺書ではありません。僕の記憶ではKくんが話に出した友人はあなただけだったので」
「連絡先とかわかるんじゃ」
「いえそれが多すぎたんです。アプリに登録している友人は五百人もいましたが、そのどれが仲のいい、遺品の話をしていい人かわからないので」
「じゃあ僕が受け取らなかった遺品はどうなるんですか」
「残念ですが処分します」
僕はもういちどここに訪れるとも、遺品をいますべて受け取るとも言わなかった。ただ曖昧な重さがいきなり双肩にのしかかったみたいだ。僕は礼を言って、帰ると告げた。
車を走らせながら、僕はこれまでの逆の問いが浮かんだ。つまり、
「なぜ僕とKは仲が良かったんだろう」
ということだった。もちろん結論はなかった。何事もはじまりがもっとも茫漠としているものだ。世界が核戦争で終焉を迎える直前も、人類の起源についてははっきりしないだろう。
突如として現れた罪。僕はこれを償わなければならないのだろうか。僕は何の罪を背負わされたんだろう。いやそもそもこれは罪なんだろうか。
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