第13話
僕はKの講釈(すくなくとも僕には講釈ぐらいにしか思わなかった)を明白な不快感をもって聞いた。僕はこういう批判が好きじゃなかった。いや種類に関わらず批判は嫌いだ。何のためにこんなことをするのだろうと思う。「僕には合わなかった」では駄目なのか?
聞いているうちに僕は加速度的に苛立ちが増した。そして相槌もやめ、それでもKは講釈をやめなかったから僕はこう言った。
「でも、その監督は君より偉いよ」
Kは唖然とした。そのとき僕は彼が五年前の姿、つまり彼が小説家になる前の、ほとんど無職のころの姿であることをようやく認めた。彼は無精髭を生やし(それは決して無精髭「風」ではなく、列記として怠惰ゆえに生えのばされたものだった)、煙草を吸い、よく見ると毛玉がくっついている無地の服を着ていた。そのころともに二十四歳だったが、隣に歩くのが少し恥ずかしかった。
「偉いって?」
と彼は聞き返した。
「いや偉いじゃないか。沢山映画を撮って興行収入も多い」
「そういうのが偉いのか。いや、その偉い人には批判しちゃ駄目なのか」
「そういうわけじゃない、けど君は働いていないし、いま現在何者でもない。そういう人の言うことを誰が聞くんだ」
「じゃあ働いてなくて何者でもない人間は何も言っちゃ駄目なのか?」
「別にそういうわけじゃない、ただ誰もそんな奴の意見は耳をかさないだけだ」
「それが友人でもか?」
「とにかく、僕は不快なんだ、黙っていてくれ」
夢はそこで終わった。
Kが変わったのは大学二年のときだった。彼はある教授の講義に感銘を受けたらしく勉強熱心になった。勉強熱心といってもいわば図書館にこもりきりの生活で、そのためにサークルもバイトも辞めたらしかった。そして彼の心は危険なストイックさを埋め込まれたみたいだった。
勉強せずに大学来るやつの気がしれない、とKはたびたび口にした。僕はそれが説教じみていて嫌いだった。たしかに大学は勉強する場所で、バイトやサークルをメインにするところではない。僕はあんまり大学での勉強に興味を持てない人間だった。そしてKは興味を持てた人間だ。正しさはむこうにあるだろう。だからといって僕をそうやって批判する権利がどこにあるというのか。
僕は何度か彼の誘いを断ろうとした。しかし実現までは至っていない。僕はせめて一言物申してからKとの距離をとろうと思っていた。
ある日、僕はようやくKに言い返せた。正論が人を傷つけることがあるのだと、せめて友人なら正論を語って心をなぶるような真似はしないでくれ、と僕は言った。Kはおとなしく謝罪した。
それからKは勉学の話題を口にしなくなった。マルクスもフーコーも見田宗介も彼は言及しなかった。そしてより俗っぽい話、最新の漫画やアニメをよく話した。むろん僕はそちらのほうが話しやすかった。
一度壊れかけ、修復したものはかえって壊れかける前よりも強固になると僕は思っていた。そしてそれはこの時期に関しては当たっていただろう。僕らは県外の旅行に出かける仲になった。旅行は彼が企画するのが常だった。彼はそういう計画づくりにも長けていて、勉強云々よりもそのスマートさをリスペクトしていた。彼は詳細な調べものも代案の用意もバッファーをふくめた時間管理も上手かった。それに僕は行きたいか行きたくないか、金銭的にどうしたいか言えばいいだけだった。
旅行のときKは満足そうなときもあれば不満足そうなときもあった。そして不満足な日、きまずい二十四時間が立てば僕らは冷静に意見を言い合ってささやかな躓きを乗り越えた。そういう意味でも、僕らの関係は強固になったのかもしれない。
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