第11話

 僕が大学の一年の春休みのとき、Kが連絡をくれた。それは彼が晴れて大学に合格し、僕の住んでいる県に引っ越したということだった。彼は一緒に飲みに行かないか、と僕を誘った。僕も喜んで承諾した。そのころまでの彼は良いひょうきん者としてのイメージが残っていた。

 僕が居酒屋に着くとすでにKは席についていて、メニュー表を眺めていた。僕が久しぶり、と挨拶するとKは笑って挨拶を返した。彼の笑みはどことなく疲れていた。

 僕らはKの合格を祝った。祝ったが、Kのほうはそれを申し訳なく受けているようだった。この理由は僕も察することができた。Kは高校のころ地元の国立大学を目指し、そして落ち、それから或る旧帝国大学を狙っているという噂があった(僕はこの噂をどことなしに聞き、噂は噂にすぎないがその語り手の確信した口調から僕はその噂を信じ切っていた)。しかし僕のいた県にはその旧帝国大学はなかった。その県はどこにでもある地方のひとつで、偏差値でいっても国立大学の医学部が最高峰だった。そして僕とKはどちらも文系の出だった。

 僕は恐る々々大学の名を訊いた。僕はまだ一言もその名を聞いていなかったから長い前置きをした。「答えづらかったらいいんだけど」とか、「一応聞きたいから」とかだ。するとKは或る私立大学の名前を口にした。それは有名じゃない、すくなくとも僕には聞き馴染みのない大学名だった。

 それからKは付け加えてその大学の特色を述べた。僕は画期的で進んだ学校のイメージを受けた。しかし彼の表情はそれでも曇ったままだったが。

「つまり大学っていうのはとどのつまり出会いの場で、偏差値っていうのはおもしろい人とどれだけ出会えるかって割合の指標のひとつだと思うんだ。もちろんどんな大学にもおもしろい人がいるだろう。おもしろい人じゃなくとも、熱心な人とか尖った変人とか。けれども割合でいったら有名大学のほうが集まりやすい。しかしこういう新しい試みをしている大学には偏差値関係なしにそういう人が集まりやすいと思ったんだ。こんな知名度の大学を選ぶのは何らかの特殊な理由のある奴ばかりだろうってな」

 Kは大学選びをこういう風に理論づけた。僕は言い訳だとかそういうことは指摘しなかった。だいたい無名といっても僕の通う大学より偏差値はよかったし、それなりの苦労を要するところだった。僕は再び賞賛した。賞賛はまた空まわった。

 それから僕らは少しずつ会ったり通話したりする回数が増えた。このときがもしかしたら僕らのもっとも良好な関係の時期だったかもしれない。僕らはよく飲んだり遊んだり小旅行したりした。会話のネタはほとんど大学やサークル、バイト先についてで、学生特有のものだった。僕らは若者らしい愚痴の言い合いが面白かった。とくにKの愚痴は独特で、自虐も含まれ笑い甲斐もあった。あのころのKの話はほんとうに面白かった。

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