第6話

「大丈夫?」

 映画が終わり、喫茶店でパンフレットを開いていると彼女はそう訊いた。

「なにが?」

「いや親友が亡くなったんでしょ」

「もう二週間も前のことだよ、それに親友といっても結構長いあいだ会ってはなかったんだ」

「でも以前はよくKのことを話してた」

「まあそうだね」

「私はよくKと会ってみたいって言ったのに結局その機会はなかったね」

「あいつは変わり者だしシャイでもあるからね」

 季節は梅雨だった。僕はこの季節が嫌いじゃない。もちろん雨天日の連続で気苦労はできるけど、空気が洗いたての感じがいい。雨にさえあたらなければ梅雨はもっとも清潔な季節じゃないだろうか。

 喫茶店は人がまばらで、落ち着いていつまでも居られた。二階にある広いガラス窓はふだん日光をやさしく取り込むためだが、雨のときは濡れた世界の息遣いというのを感じられる。外の木々は幻想的なエメラルド色をしている。往来のシックな傘が際立ち景色のアクセントになっている。雨天の下に点かれる街灯、雫で煌めいた石畳の道。

「そういえば『カノン』には行ってないね」

 と彼女が言った。

「『カノン』は喫煙可能店だからね。換気してるといってもやっぱり空気は悪いし」

「でも雰囲気はよかった」

「そうかな、客層がすこし怖かったし、革ジャン着た不良もどきも結構いたよ」

 『カノン』は僕と彼女がはじめてデートをしたとき待ち合わせた喫茶店だった。繁華街の道路沿いに地下に向かう階段があってそこを下るとモダンな世界が広がっている。こげ茶色のテーブルがあり、赤い革のソファーがあった。Kは『カノン』をやたらめったら褒めていた。それだからそのデートの待ち合わせにしたのに、店内はやかましくて煙草の臭いがきつかった。

「ねえ、ほんとうに大丈夫なの、滅入ってたら言ってね」

「大丈夫だよ、それはほんと。僕は自分でもおどろくほどあんまり気落ちしてないんだ。でもそれが良かった。気落ちするのは嫌なんだ。ネガティブなことばかり考えてしまうからね」

 彼女はもう何も言わずカフェオレを飲んだ。

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