第7話

 そろそろ僕とKが出会った話をしよう。高校の三年間、僕とKがおなじクラスになったのは一度もない。それなのに僕がKと親しくなったのはよく僕が陸上部の連中を訪ねて(僕は高校で陸上部に所属していた)隣のクラスに居座ることが多かったからだ。Kは帰宅部だった。それだから彼にちゃんとした所属や繋がりはなく、クラスの色んな男子と話をしていた。バレー部の百八十後半もある昌や、野球部をさぼりがちな宮下、ラグビー部で筋肉ダルマの坂上とか様々だ。もちろん陸上部の奴らとも親しかった。彼は先生の悪口、存在しない帰宅部全国大会の様子、漫画の週刊紙についての感想について語り、それなりの支持があった。しかし僕から見ればそれなりにすぎない。後年Kは自分がさも多くの人から好かれていたような言い方をするけど、それは持ち上げすぎだ。

 そうやって隣のクラスで話すうち、僕らは仲良くなった。僕が笑いやすい性質だったから、Kと合っていたのかもしれない。それに僕が捻くれたことを言ってみたりするとKは上機嫌になった。読んでいる漫画も共通していたし、陰でからかう先生も共通していた。

 しかし僕はKとここまで深い仲になるとは思っていなかった。たしかに彼と僕とは気が合ったかもしれないが、僕には陸上部の連中のほうがともにいた時間も長かったし、Kにも同様だと思っていた。なにしろおなじクラスになったことなど一度もないのだ。僕と彼の文脈はおなじ学校でも少しずつちがう、学校を卒業すればなおさらだ。

 後から聞けば、Kの行動は不可解なことが多々あった。たとえば僕らの年の修学旅行先はシンガポールでその最終日には或るテーマパークで一日過ごすことになっていた。いわば僕らの修学旅行の目玉だ。テーマパーク内は自由行動で好きなグループと遊べた。僕は当然陸上部の連中と行動して、ジョットコースターや3Dアクションをめぐったりしていた。しかしKはというとその日ずっと園内のトイレで携帯ゲームをしていたらしい。僕がわけを訊くと「俺は友達が少ないからな」と笑っていた。Kは友達が少ないわけではなかった。しかしKを親友と呼ぶ人間はいなかったのかもしれない。

 また学園祭の日、そのエンディングの演出として皆で流行のJPOPを歌うのがあった。JPOPの歌詞は青々しく爽やかな曲調で、高校生の青春に合い、会場のボルテージは最高潮だった。男子の何十人もがサビの部分で盛り上がりジャンプしたり肩を組んだりしている。そのとき僕はKを女子の列越しに見つけていた。しかしそのときの彼は唇をひしと結んで、一言も口ぐさんでいなかった。ただ哀しい目つきで場内の空白を見つめるばかりだった。

 そして卒業式のとき、Kは式が終わると早々に帰っていた。これは僕らからしてみればあり得ないことで、卒業式のあとにこそ別れのイベントがあったのだ。皆式が終わり教室に戻ると卒業アルバムにコメントを書き合ったり、最後の写真を撮ったりしていた。僕は陸上部の記念写真を終えたあとKのクラスに来ていた。一人の女子がKの居所を訊いてきた。僕はわからない、と言った。どうやらその女子はKと写真を撮る約束をしていたらしくて、しかしKがいないものだから深く傷ついたらしかった。

 僕は後々そのことについてKに訊ねた。彼はこう言った。

「俺はあのとき俺の場所がないことを感じたんだ。まわりの奴らが写真を撮り合って華々しい別れを飾っている。俺はその最初の撮影に誰からも誘われなかった。そのときこの空間にいらないと思ったんだ。まあ浪人スタートが決まってナーバスになってたんだろうな、俺はあの場に一瞬たりともいたくなかったんだ」

「でもあの子とは約束していたんだろう、それをすっぽかすのは無責任だ」

「ああ、あの子には悪いことをした」

「それに最初の一枚に誘われなかったからといって次の一枚には誘われたはずだよ。友達は僕よりもいたんだから」

「……ああ、そうだね」

 僕は、Kのもつこの疎外への鋭敏な感性が、結局彼の高すぎたプライドの産物のように思えていた。高すぎたプライドが、注目されず一人でいる時間を許さなかったのではないか。

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