第10話 関西女子は喋るだけで可愛い

春臣side


 夜も深まり、そろそろ寝る準備に取り掛かろうと、俺は風呂に入ろうとした。だが、妹の美春に腕にしがみ付かれ、身動き一つとれない。




「うへぇ……♡」


「風呂入りたいんだが……?」


「やだ。そんな事言って、あの女の所に行くんでしょ……」


「そんな事言われても、失礼な事したから謝りたいし……」




 その旨を伝えるのだが、一向に離してくれない。それどころか、俺の腕をギリギリと締め付けてくる。普通に痛い、その事を伝えても美春は聞こえているのかいないのか、俯きながらぶつぶつと何かをしゃべり始めた。




「ワタサナイ……ワタサナイ……ワタサナイ……」


「美春……大丈夫か?」




 俺の呼び声には反応を示さず、譫言のように繰り返していた。取り敢えず俺は、美春が落ち着くまでこのままの状態でいる事にした。
























美春side


 ワタサナイ……。あんなぽっとでの女なんかに、わたしのお兄は渡さない。何年一緒にいたと思ってる、私が生まれた17年間一緒だぞ。


 1年で仲良くなった気でいること自体、勘違いも甚だしい。身も心も捧げないと、あの人には触れてはいけない。簡単に手を出していい存在じゃない、話していい存在じゃない、見ていい存在じゃない。じゃあ誰が触れていい存在なのか。


 それはわたし。いつ何時、太陽が月に変わる刻みの中で、いつもお兄の事を考えるこの妹であるわたしが一番相応しい。




「美春……大丈夫か?」




 いつもめんどくさそうに対応してくるお兄でも、こういう時心配してくれるから好き。この困り顔を眺めたいから、数分はこのまま傍観。


 でも流石に、いつまでも見つめ続けるのは良くないと思い、わたしは他の話題を振った。




「お兄ってさ、実際モテてるよね?」


「いやモテない」


「職場で何回目線が合う?」


「数十回」


「嘘つきが……」


「何でだよっ!?」




 社会人という枠組みの中では、わたしは無防備に近い。いくら親族でも、職場に何度も足蹴も無く通うのは流石に迷惑で取れる手段は殆ど無い。


 だから休日に好感度を稼ぐ事しか出来ないわたしは、どうしたって不利。




「好意がなきゃ見つめたりしないよ?」


「偶々その人と目線があっただけだろ?」


「お兄……。女って好きでもない人の近くには近付こうともしない生き物なんだよ?」


「え……そうなの……?」


「当たり前じゃん。お兄だって、ヤバい人間に近付かないでしょ?それと同じ」


「俺……学生の頃、ヤバい人間だと思われたのか……?」




 落ち込むお兄の背中を、優しくこすって慰める。その学生時代にモテなかったのは、わたしがいつも警戒して近付かないようにしてたから。それさえ無ければ、お兄は簡単にモテる。


お兄は気遣いが出来る為、困ってる人を見ると放って置けないタイプ。誰彼構わず助ける為、余計なフラグまで立ててしまう。これが要因となり、女子からの人気が高い。


 何故そこまでモテたいのか聞いてみた。




「やっぱり、イチャイチャしたいだろ?好きな人と……」


「それだけ……?」


「そうだよ。夢見たっていいだろ」


「モテたっていい事ないんだよ、お兄……」


「何でだよ」


「その人に性的な目で見られてたら、襲われちゃうよ?」


「偏見だろ……。お前だって…………まぁ、胸は無いから性的に見られる事は無いと思うが、お前だってモテたいだろ?」


「視姦した段階で目を潰す。それに、胸が無いのは余計だから!」




 そんな視線を送られただけで悪寒が走るし、見られたくもない。確かに胸は無いけど、感度は高いもん。わたしが怒っていると、お兄の方からも質問を投げかけられた。




「美春って、好きなタイプとかあるのか?」


「水タイプ」


「違う、そうじゃない。好きな異性のタイプっ!」


「わたしよりも精神年齢が高い人かな……?」


「引っ掛かる言い方だな……。他には?」


「う~ん…………わたしの事を守ってくれる人」


「随分限定的だな」


「お兄がしてくれたんだよ?」




 そう言い返すと、お兄は唸りながら考え込む。内心わたしは、覚えていないのかなと思い、少し悲しくなった。確かに私が幼稚園の頃だった為、わたしが思い違いをしているかもしれない。撤回しようとした時、お兄は思い出したようにわたしが虐められていた時の事を話し、思い出していた。


 覚えていてくれた事と、約束を守っていてくれた事も嬉しかった。だからわたしは、暗い性格を直す事が出来た。あの光が無かったらわたしは、いつ死んでもおかしくない。


 あの時の思い出を振り返りながら恍惚した表情を浮かべていると、お兄に呼び掛けられた事で我に返る。


 わたしも興味本位で、お兄の好きなタイプを聞こうとした。大体は把握してるけど……。




「俺の好きなタイプか……。優しい人かな……」


「あと年上と巨乳でしょ?」


「容姿は関係ない、内面」


「へぇ~、本棚にそういうジャンル沢山ある人の台詞は違いますね~」


「何でお前には俺の隠し場所が分かるんだ……」


「何ででしょう~?」




 わたしは悪戯っぽくニヒルに笑いながら、お兄の頭をポンポン叩いた。鬱陶しがられ、お兄はわたしの手を払う。


 このやり取りと距離感が、わたしは好き。何でも反応してくれるお兄が側に居て、わたしに構ってくれる。


 でも、これは『妹』としての対応。決して今の対応に不満がある訳では無い。満たされても何かが足りない、女として見てもらえていないような感じがする。




「ねぇ……お兄はさ。わたしの事、どう思ってる?」


「大事な妹」


「そうじゃなくてさ……。女としてどうかなって……」


「実の妹に恋愛感情は持ち込まんだろ?」


「だよね~……」




 その一言で、わたしの心に罅が入る音がした。わたしは何も無かったように装い、布団へとダイブ。枕に顔を押し付けて、見られないように誤魔化した。


 そんなわたしを見て、お兄はそそくさとお風呂へと入っていった。暫くして悲しみが薄れてきた事で、徐々に妹は恋愛対象外という言葉に腹が立ってくる。仕返しをしてやろうと、わたしはお風呂に乗り込む。
























春臣side


「お兄~、一緒に入ろう♪」


「全裸で入ってくんな。タオル巻け、タオル」


「えぇ~?普通はもっと、アニメとかだったら驚くところでしょ?」


「何回も入ってこられたら慣れるだろ」




 いつも突飛な行動に出る美春は、全裸のまま風呂場に入ってきた。何度注意しても直らないこの行動に、俺もいい加減にしてほしいと思う。そっちは良いかもしれないが、こっちは隠しながら出たり入ったりしなければいけない為、逐一気を遣わなければいけない。


 俺は股間を隠しながら、体と髪を洗う。その度にお風呂に入っている美春は、俺の体を触って揶揄い始める。




「お兄の背中にも産毛生えてる」


「多少は生えてるだろ。てか、触り過ぎ」


「じゃあ、代わりに私のおっぱいを―――」


「無い胸触ってどうする……」


「はぁ!?このっ―――」




 怒っている美春を無視して、俺はシャンプーの泡立ちがイマイチだった為、目を瞑りながら横に手を伸ばした。


 少し届かなかった為、体も横にずらすと口の辺りに柔らかい突起物が当たる。その瞬間、美春が艶っぽい声を上げた。




「んっ……///」


「どうした?」


「な、何でもない……。もう上がる……」


「体洗わなくていいのか?…………何だアイツ」




 言葉を最後まで聞く事なく、美春は外に出て行った。いつもなら俺が出るまで一緒に居るのに、今回は随分あっさりしたもんだと思いながら、数十分後に俺も風呂から上がる。


 美春はもう既に、俺の布団で包まって背を向けて寝ていた。勝手な奴だと思いながら、予備の布団を出して離れた場所に敷く。




 布団に入りながら今日の事を振り返る。一番気掛かりなのは、部長の異常行動。関西出身でもないのに、急に関西弁で話し始めたり、急に距離感がバグったり、正直訳が分からない。


 妹はいつもの事だけど、最後のお風呂は落ち込んだり、騒いだり、急に静かになったり。いつもより情緒が可笑しかった。

 兎に角、呼んでおいて追い出した部長に一言謝ってどうにか許してもらえるように考えながら眠りに就いた。
























美春side


 わたしは一足先に風呂から上がり、布団に入った。それから暫くしてから、お兄の足音が聞こえて布団を敷いて電気を消した。

 わたしはさっきの事を悶々と考えながら振り返る。







 お兄が寝てる間にキスは何百回もした事はあるけど、乳首に口が触れた事は無い。正直興奮した。あんな電気が走るような感覚、体感した事が無い。


 その事を思い出しながら、わたしは自分の胸を押したり引いたり繰り返してニヤけていた。そしてその晩は、胸の火照りが治まらなかった為、一晩中慰めた。
























春臣side


朝を迎え、いつもと同じように顔を洗った。タオルで拭いて考え事をしている最中、そう言えばと思い、昨夜は部屋でのラップ現象や髪の長い女の人を見ていないと感じた。毎日続く現象が、止んだのは初めての為、これで収まってくると助かると思いながら部屋に戻る。


 居間に戻ると、美春がテレビをつけてニュースを見ていた。戻ってきた俺の方を見たが、一瞬で向き直り、またテレビの方を注視する。



 何処かぎこちなさを感じる美春に、昨晩何かしたかと顎に手を当てて考えたが、何も思いつかない。強いて言うなら、変な事を聞いて来た事くらいだと考え、まだ高校生である美春の思春期だと思い、完結させて朝食を作る。


 台所に立ち、野菜を切ろうとしたタイミングでインターホンが鳴った。こんな朝早くから誰だと思いながら、扉を開ける。




「はいはい、どちら様?」


「ただいま、ダーリン!」


「……結婚詐欺は間に合ってます」


「ちょっ、何で閉めんねん?!開けろやー!!」




 扉の目の前には、部長が立っていた。俺は慣れないダーリン呼びに反射的反応をし、躊躇なく扉を閉める。謝らなければいけない立場であるのだが、彼女が持っている物で恐怖を覚える。


 服装は普通のゆる袖のパーカーにジーパン、手に持っているのがピンク色の紙と印鑑。


 それは明らかに、婚姻届という文字が書かれていた。俺は怖くなり、取り敢えずチェーンでロックをして会話をする事にした。




「何でチェーン掛けてんの?」


「いや、何となく……。それより、その紙……婚姻届ですよね?」


「わかったんやったら取り敢えず開けて~。ただ名前書いて、判子押してもらえればそれでええんよ」


「いや、俺にはまだ早いと言いますか……」


「はよせんと、ウチみたいに売れ残るかもしれへんよ?。せやったら、ウチと結婚した方が得やん?。それとも、段階踏んで付き合う所から始めたいん?。いややわ、いつまでも付き合いたてのカップルの雰囲気で居たいなんて~///」


「何も言ってませんが……?」




 勝手に暴走する部長に、どう切り出そうか迷う。正直美春が居ない時に来てもらえれば丁度良かったんだが、取り敢えず時間を空けて家に来てもらえるように再度お願いしてみる。




「あのぉ……部長。来ていただいて恐縮なのですが、一時間後にまた来てもらえないでしょうか?」


「何で?。はよ来たかったから朝逢いに来たのに……。何でそんな酷い事言うん……?」


「いやあの……めんどくさいと言うか……」


「ウチが居たら迷惑なんか?!これだけダーリンの事を想って、接してんのに。だけど、突き放されるのも悪くないな……♡」


「何でもありかよ……」


「お兄ー!知り合いでも来たのー?」




 ヤバい。ここで部長と鉢合わせたら、何が起こるか分からない。廊下を歩いてくる美春は気付いていないようだが、兎に角二人を引き離そうと俺は外に一旦出る事にした。




「ぶ、部長、下に自販機があるので何か奢りますよ」


「嬉しいやん。でも、昨日の女の声が聞こえんねんけど?」


「き、気のせいじゃないですか……」


「邪魔するで~」




 結局防ぐ事は出来ず、美春と部長は対面する事となってしまった。俺は外で戸惑っていると、美春がパジャマ姿のままの為、部長はそれに対して噛みついてくる。




「何やねん、まだパジャマ着てるんか?。お子ちゃまはこれやから困るな~、ダーリンは着替えてんのに」


「初対面に対しての礼儀が欠如してるんじゃないですか?。ていうか、そのダーリン呼びやめてもらっていいですか?」


「好きな相手をどう呼ぼうがウチの勝手やろ。妹のアンタがとやかく言う事でもない」


「相手の事も尊重できない人に、こちらもとやかく言われたくないです。第一、最初に会った時と口調違いますけど?。そんな情緒不安定な人と、お兄を近付かせる事は出来ません」


「親でもないアンタにそんな権限無いやろ?」


「妹ですが何か?」





 俺、家主なのに蚊帳の外なんですけど。止めようにもどう止めたらいいか分からず、俺は外で傍観するしかない。

 暫く睨み合いが続いたが、お互い切りが無いと察したのか、二人は家へと入っていった。俺も同じように家に入ると、今度はテーブルに向かい合ったまま動かない。

 一先ず俺は、二人の機嫌を損なわないように飲み物を出して動きを待った。そして、最初に切り出したのが美春だ。




「お兄とどういう関係なんですか?」


「婚約者」


「ふざけないで下さい」


「ふざけてへんわ、陰でしか好きな人にアプローチ出来へんくせに」


「なっ!?何でその事―――何の事を言ってるか分かりません」


「アンタ休日の夜、ダーリンが寝た後、顔中に―――」


「う、うるさいっ!!」




 部長は何を言い掛けたのか分からないが、俺は近所から苦情が来ないか心配だ。兎に角仲良くして欲しいと願うが、この二人は絶対出来ないだろうなと心の中で呟く。


 そして、ドンドンお互い口調が荒くなり始め、意味の分からない事を美春が言い始める。




「そういうアナタは、お兄とどこまで進んでるんですか?!」


「そんなん聞いてどないするん……///」


「何で赤くなってんだ、このババアッ!!」


「ババアやと?!お前もいずれはこうなんねんぞっ!!。それにな、ウチとアンタの兄ちゃんはなセックスまでやっとるからなっ!!」


「ガハッ……!?」




 部長が虚偽を発言した瞬間、美春は何かダメージを食らったように吐血し、その場で動かなくなった。俺は生きているかどうか、体をゆすって確認したが、反応は返ってこない。


 生きている事を確認し、横に寝かせると部長から話があると切り出された。




「ウチな、本当は七夜 優雨や無いねん」


「……どういう事ですか?」


「ウチが事故物件の幽霊だとしたら、信じる?」




 説明を聞くと、今喋っているのは幽霊で名前が檜 百合。部長が写真を構えた時に、お互いの波長が合った為、乗り移ったらしい。


 当の本人は、心の中で閉じ込めているらしく、ずっと叫びながら出して欲しいと懇願しているとの事。


 俺は部長を解放させてほしいとお願いをしたが、呆気なく断られた。そして至近距離まで詰め寄られ、恍惚した表情で囁く。




「せっかく手に入れた体やのに、餌も取らんで返す訳ないやろ……?」





 その表情に圧倒され、何も返す事が出来なかった。そして彼女は満足したのか、婚姻届だけ置いて玄関の方に歩いて行く。扉を開けて、振り向き様に一際大きく叫んだ。




「姿は でも、本当のウチは やからな。これからは百合って呼んでな、ダーリン♪」




 彼女は笑いながらその場を去り、喜んでいるのが分かるぐらい陽気な背中だった。突然言われた事で信じ切れていない自分がいるが、彼女の変わりっぷりから信じる外ない。


 暫く放置していた美春は、未だに口を開けたまま放心状態。俺は構わず朝ご飯を作り、匂いにつられて美春も正気を取り戻した。


 ついでに付け加えて、美春には先程の百合が言った発言は嘘だと教えたが、記憶を消したのか、何も覚えていないとの事。


 覚えてもらっても困ると思った俺は、そのまま無かった事にして朝食を食べた。






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