第9話 孤立と崇拝
ウチは、人を選ぶのが超絶下手だ。学校で一番仲のいい友達に陰口を叩かれていたり、初めて付き合った男性がいつも上から目線で別れたり、最後に付き合った人には複数人と浮気をしていて殺されたり……。
殺される時も、何もかもどうでも良かった。好きだと言ってくれていた言葉も、全部ウソ。表では、親友だよねなんて言葉を使い、裏では性格が気に入らない、アイツだけ可愛い服を着てズルい。みんな優劣を付けながら腹の中なんて分からないし、自分の事しか考えてない。
それで一生懸命尽くすウチが痛い目に遭う、こんなの間違ってる。優しく接しても、嫌な顔されるくらいだったら『もう、どうでもいい』。
死んだウチは、殺された場所から霊体となって動けなかった。専門用語で言う所の、地縛霊と言うやつ。かえって良かったのかも知れない、もう人と関わるのも嫌気がさしていた。
案の定、ウチが住んでいた部屋は見事、事故物件として登録されたのだろう。血の付いた床を剥がし、血潮が飛び散った壁にはペンキを塗り、何年か経ったが誰も住もうとしない。快適だった、関わる事もなく、ただ時間を貪るだけ。『その数十年までは……』。
夏が来る前の梅雨の時期、ジメジメとした湿気が体に纏わりついてくる季節。引越し業者が荷物を次々運び、何も無かった部屋には小さいダンボールが積み重なる。
ついに入居者が現れたと、ウチは思った。それで徹底的に嫌がらせをして、追い出そうと画策する。
そして現れたのは黒髪短髪の男性、見た目は二十代前半か後半、比較的若い。何も知らないまま男性は荷解きを始め、模様替えの作業に取り掛かる。呑気に鼻歌を歌いながら作業をしているのが、ウチから見たら滑稽としか言いようが無かった。これから嫌がらせを受ける事も知らずに。
先ずは帰ってくるタイミングで、リビングにシャンプーのボトルを置いたり、食器棚の置き方をぐちゃぐちゃにしてみたり、軽い事から始める。だが、その男性は帰ってくる時間が遅いのか、シャンプーの置き場や、食器棚の事には触れずに寝てしまう為、ウチがただ無駄な事をしているようにしかならなかった。
作戦を変えて他の事を試すのだが、結局無駄で終わり、彼は気付かずに終了。
そして同じように、彼が遅く帰ってくると、バッグから大量の資料を並べる。彼は軽いご飯を済ませ、何やら資料を見ながらパソコンで打ち込んでいた。恐らくこの彼は、新入社員で覚えなくてはならない事が沢山ある為、遅い時間まで説明された事を覚え、帰ってからも仕事に励んでいた。
これを見て、自分のやった事が恥ずかしくなり、嫌がらせをやめた。
数週間が過ぎて、彼が心霊番組を眺めているのを一緒に横に座って見ていた。彼は終始、脅かすシーンにビクつきながら何度も挑戦しようとする為、嫌なら見なきゃいいのにと思いながら横目で訴える。
暫くの間、一緒に眺めていると、また同じように番組の演出で脅かすシーンが出てきた。とある廃病院で悪霊に関しての話を、また同じように悲鳴を上げていた。だが最後に、彼は口を震わしながら、小さい声で呟いた。
「怖いけど、可哀そうだよな……。病院で亡くなってるのに、悪霊扱いされてるなんて……」
この言葉を聞いて、ウチは彼の事に『興味』を持ち始めていた。怖いと思いながらも、相手に寄り添える優しい人間だと認識する事が出来た。だから、この人なら『ウチの事を理解してくれるかもしれない』、そう感じ始めた。
一緒に過ごして数か月、彼の言動を観察して分かった事がある。普通は外面だけでも良くしようと、相手に見える範囲で良い事をする。確かに周囲にいる人間は良い人間に映るが、本来の性格は読み取れない。
彼の場合は、誰にも見られていないこの部屋で、同僚の不足している資料を作って補ったり、電話のやり取りの中で自分の仕事じゃなくても、手伝おうとする姿勢が垣間見えている。
この優しさにウチはドンドン心が惹かれ、彼の帰りが待ち遠しく感じ始めていった。この何気ない気遣いでと思う人もいるが、自分にとっては大きな変化を齎してくれる。他の人間とは違う、他の男性とは違う、世界の何処を探しても絶対に見つからない。
ウチはいつも、人間なんて信じられない、人間なんて分厚い仮面を被った『醜い生き物』だと思っていた。でも彼は、それをも払拭させる事が出来る。
ウチはもう、長い時間を共にして彼の事しか考えられなくなっていた。だから彼の好きな物、好きな異性のタイプ、好きな性格、どんな癖があるか分かる。彼を見続けてきた為、本人の気付いていない事まで隅々まで理解できる。
でも、霊体による弊害は拭えず、彼と目線を合わせようとしても見てくれない。愛の言葉を耳元で囁いても、雑音にしか思われていない。この条件がクリアできれば、ウチはもっと彼と親密な関係を築く事が出来る。
時間をかけて、愛を育もうとしている矢先、妹以外の女が出入りする事が多くなっていった。このままでは、彼が引っ越して別の物件へと移ってしまう。そうならない為に、彼には早くウチの事を認識してもらおうとしたが、『お風呂場』での一件で、驚かせてしまった。そのお陰で、悪霊が住み着いていると、彼が早とちりしてしまう。
早くなんとかしないと霊媒師に呼ばれて、ウチの存在が消えてしまう。何とかしないとと思いつつ、打開策が見つからないままだった。
だが、とある女が彼の家を訪れた事で、ウチはある事を思いつく。『体を乗っ取ればいい』。
飛んで火にいる夏の虫とはまさにこの事。彼女には悪いが、彼との愛の為に犠牲になってもらう。カメラを向けられた瞬間に、ウチはそれを利用して彼女の中に入った。
「やめてっ!?私に入らないでッ!!?」
「えっ、どうしたんですか部長?!」
彼女とは波長が合うのか、既に体に馴染んでいた。そして、頭はまだぼんやりとするが、微かに彼女の記憶が流れ込んでくる。
この女も、ウチと『同じ境遇』なんだ。そんな事を想いながら同情しかけたが、彼に触れられさえすれば、この女なんてもう、どうでもいい。
「部長、大丈夫ですか?」
「あぁ……ダーリン……」
やっと目が合った、やっと触れられた、やっと認識してもらえた。
好き……好き……好き、好き、好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き♡。
彼の腕に抱かれるだけで、幸せ……。心配してくれているだけで、心が溶かされて満たされていく。
ウチは抱えられながら、人には見せられない表情をしている。こんなに自分が人を愛せる事が出来るなんて、信じられない。
「部長、どうしたんですか?ダーリンって誰に言ってるんですか?」
「君に決まってるやん、百目鬼 春臣くん♪」
「あれ、部長って関西弁でしたっけ?」
「そんなんええやん。取り敢えずごめんな、さっき変な事で叫んで」
困り顔も最高やん、めっちゃ可愛い。兎に角、あまり怪しまれないように七夜 優雨として演じなければ。
今夜を利用して、距離を一気に縮める。あわよくば、この部屋を使って一生彼との監禁生活……あぁ、いぃ……///。
「取り敢えず部長、恋人繋ぎ……やめてもらっていいですか?」
「いやや、せっかく繋いでるのに離したくない~」
「それに何で、顔を近づけてるんですか?!」
「キスするだけやんか、大目に見て?」
必死にウチから離れようとする彼に、無理やりにでもキスをしようとねだる。それでも離れようとする根性に腹が立ち、茅花について暴露する。
「ええんか、この部屋で茅花とキスしたの言うけど?」
「な、何でそれを……?!」
「バラされたくなかったら、ウチの要望には素直に応えてな♪」
「うわっ!?」
美春side
今日は休日でお兄の生存確認をする為に、朝部屋を訪れた。だが、玄関にはカギがかけられていた為、入る事が出来ず、そのまま帰る事に。こんな朝早くから用事は珍しいと考えつつ、夜にでも行こうと考え、遅い時間まで待った。そろそろ帰ってくる夕方の時間帯だったが、明かりがついていない。
わたしはお兄が、偶々仕事の予定が入って遅くなっていると思った為、労いの気持ちで金平ゴボウを作ってお裾分けしようと、もう一度家に帰宅。
そして作った料理をタッパーに入れて、再び向かう。今度は遠目からでも、明かりがついている事が確認できた為、わたしは小走りで家へと向かう。
「作り過ぎたから多めに持ってきたけど、どうせ不健康なお兄は野菜なんて食べないからこれくらい必要だよね♪」
鼻歌交じりに部屋の前に立っていると、ものすごい物音が聞こえてきた。わたしは慌てて扉を開くと、そこにはお兄に馬乗りになっている女性がいた。
「何……やってるの……?」
わたしは何が起こったか分からず、その場に料理を入れていた袋を落とした。
春臣side
やべぇ……どうしよ……。兎に角どうも皆さん、不運続きの百目鬼 春臣です。今ありのまま起こった事を話します。現在進行形で可笑しくなってしまった部長に押し倒され、キスを迫られています。
それに加えて、扉の開く音が聞こえてそちらに目をやると、瞳のハイライトが消えた妹がいる。やべぇよ……美春はいつも怒ると何をするか分からない。誤解だとはいえ、何を聞かれるか俺は戦々恐々としている。
美春は瞳孔が開いたまま瞬きもせず、こちらを見据えている。そして無表情のまま、こちらに問いかけてきた。
「何……やってるの……?」
「いや、これは……」
どれから説明したらと考え、俺は言葉を選んで喋ろうとするが、全く頭が働かない。それで助け船を出したのが、部長だった。この人なら何とか、誤解を解いてくれると信じた。
「すまない、君は春臣くんの妹さん?」
「そうですが……。アナタは、お兄のなんなんですか?」
「紹介が遅れた。私は春臣くんの上司で、七夜 優雨。優雨で構わない」
「それでその上司の人が、何で兄に馬乗りになるんですか……?」
「少し躓いてしまってね、彼に支えてもらったんだよ」
「ふーん……」
美春は返事をするものの、全く納得していない様子だった。部長も何故か対抗するように、美春と睨み合いが続き、俺は次第に胃が痛くなる。
俺がお腹を抱えていると、美春は何かを思い出したように、俺にまた質問してきた。
「お兄この前、誰かと出掛けてくるとか言ってたよね……?男と出掛けてくるとか言ってたけど、あれ……この人と出掛けてた……?」
「何だ急に……。あれは、同僚と出掛けたって言っただろ?」
「じゃあ今この人に、何されるところだったの……?」
「こ、転んだんだって……。さっき言ったろ?」
「転んだのは嘘でしょ?お兄は嘘つく時、直ぐ鼻触るよね?」
クソッばれてる。幼少期からこうだ、何でも妹にはバレるし、エロ本の隠し場所も教えてもいないのに見つけるし、いつも勝負事は負けるし散々だ……。何とかこの場を収めるにはどうしたらいいか、考えてる内にある事に気付いた。
美春であれば、今日泊っても何の問題も無いのではないかと。後日部長には、お詫びで何かプレゼントすればいいと思い、部長には悪いが帰ってもらう事にした。美春は本当に、何をするのか俺にも分からない為、被害を最小限に抑えたい。
「すいません、部長。来てもらって大変烏滸がましいのですが、帰って頂いていいですか?」
「何でっ!?ダー……春臣くんっ。それはあまりに酷いのではないか?!」
「部長にも被害が出るので取り敢えず帰ってください!」
「ちょっ、押さないでっ。ダーリンッ!?その女、超危険だから気を付け―――」
無理矢理部長を追い出し、取り敢えず美春の脅威から遠ざける事に成功した。そして美春は、俯いたままジッとしている。またあの発作かと思い、俺は身構えて待っていた。そのまま美春は俺の方に体を預けてきた。
「あぁ……久しぶりのお兄の匂い……。これもう、変な物質入ってるってこれ……♡」
「はいはい、嗅いだんだから落ち着け」
「無理ぃ……一生嗅ぎたい」
「わかった。その代わり、今日泊まっていけ。ここ事故物件だったらしくてさ、一日だけ泊ってくれ」
「え、いいの?!やったー、一生泊まる~♪」
この様に二人きりになると、甘えてくる。兄としては悪い気はしないのだが、外でもこの調子の事がある為、あまり知り合いには見せたくない。取り敢えず、一緒に夜を過ごす人が身内であれば、何も間違いは生まれないだろう。
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