第7話 妄想
茅花side
今日も忙しく働く毎日。週の中日である水曜日というのは、どうしても気が滅入る。
でも、そんな事どうでもよくなるくらい春がカッコよすぎる……。自分の席を離れて、春の様子をガン見してるけど、マジで顔が良すぎる。
みんな普通の顔とかいうけど、パソコンに向かってる顔とかめちゃめちゃカッコいい。マジで溜息出る……。たまに仕事とか滞る時、頭を搔く時の仕草とかめっちゃ可愛い。
そんな事を想いながらガン見していると、部長にいつものようにファイルで頭を叩かれる。
そしてお昼休憩に入り、アタシはいつものように春と社内食を食べに行こうと誘うとした時、後ろから走る音が聞こえる。足音の正体は氷鞠で、異様に春との距離感が近い。それに加え、いつもより声のトーンが高いように感じた。
「ねぇ、春臣。一緒にお弁当食べよ?」
「いや、いつも社内食だし、いいよ」
「え~?でも、二つ作ってきちゃったから、食べて欲しいな~?」
「えぇ……。しょうがないな……」
は?何体摺り寄せながら顔近付けてんの?信じらんない。やたら甘い声で誘う氷鞠に、アタシはイライラが止まらなかった。しかも何か、いつもと氷鞠の様子が可笑しい。砕けた口調が変わって、女に嫌われるような喋り方で話しかけてる。
考えながら立ち尽くしていると、二人はそそくさと外にあるベンチに歩いて行く。アタシは二人の後を追い、廊下を歩いていると、異様に顔が近い。何で、何でいつもと雰囲気が違うの?先週はそんな素振り一つも見せなかったのに。
そう言えば休日、春にデートの誘いを断られた事を思い出す。その時は先約あるから遊べない、それだけ言われて詳しくは聞けなかった。原因はそれだと確信したアタシは、お昼を取らずに二人を監視する事にした。
外へと移り、空は一遍の曇りもない快晴。屋外で食べるにはもってこいのロケーション。アタシは取り敢えず見つからないように、木陰に隠れて二人の様子を窺い、春と氷鞠はベンチに座った。
そして弁当を広げて食べるのかと思いきや、氷鞠は春の手を握りながらニコニコしながら顔を見つめていた。弁当食えよ……。
「ね、外に出て正解だったでしょ?」
「まぁ、そうだけど……。手握られると食べられないんだけど……」
いつまで見つめ合って握ってんだよ!?手じゃなくて、箸を握れっ!
心の中でそう叫んでいると、ようやく弁当を取り出した。氷鞠が後ろでゴソゴソしていると、大きな重箱を取り出す。中身は遠目である為、詳細は分からないが春の好きなおかずが並べられているのは分かる。
そして氷鞠は、おかずを箸で拾い上げ、春の口元に移す。
「はい、あ~ん♪」
「箸、一個しかないの?」
「あ~ん♪」
「無視?」
有無を言わさず、氷鞠は食べさせるのをやめようとしない。常に笑顔で対応している為、傍から見れば朗らかに見えるが、薄っすら瞳が開いている。その姿がとてもアタシには、兎に角薄気味悪い。
そのまま気圧された春は、言われるがまま食べさせられ、困惑した状態で固まっている。二人が食事を勧めながら、氷鞠が休日の話を切り出した。
「楽しかったね、遊園地♪」
「普段行かないから、新鮮で楽しかったな」
「次の休日、どうする?」
「次って言われても……。家でゆっくりしたいんだが……」
「じゃあ、春臣の家でデートでもいいよ?」
やっぱり思った通り。二人は休日を利用して、遊園地に行っていた。その事実を知ったアタシは、腸が煮えくり返る。話を聞く限り、春はあまり遊園地には縁が無い為、初めての経験が多かったらしい。
そんな話を聞く度に、アタシが初めてじゃない事に腹が立つ。何でも自分が初めての方が、自分色に染められるし、初めてというのは特別感を出せる。
例えば、あの時の彼女の方が楽しかった、という潜在意識が働き、忘れる事の出来ない女性という意識が生まれ、傷跡を残せる。
かなり不味い状況なのではないかと思い始め、自分の髪をかき乱した。髪をクシャクシャにしてしばらく聞いていると、とんでもない事を氷鞠の口から聞こえてきた。
「ねぇ、春臣。今なら誰もいないよ、試しに揉んでみる?」
「はぁ!?お前まだそんな事言ってんのか?!……触る訳ないだろ」
「いいの~?触り放題だよ~。春臣の好きな胸だよ♪」
「ダメッ!!」
春には触って欲しくない。こんな意地汚くて、体で誘うような奴に触れて欲しくなかった。その一心で、アタシは木陰から身を乗り出し、二人の目の前に出て大声をあげた。
そんな姿に春は驚き、氷鞠はニヤニヤと嘲笑しているように見える。コイツは最初からアタシの尾行に気付いて、ワザとこんな風に仕向けてきたと考えた。
そして氷鞠はワザとらしく、アタシの感情を揺さぶるように演技をする。
「先輩……?」
「あれ~?どうしたんですか、茅花先輩?。まさか、盗み聞きですか~?趣味悪いですよ~?」
「煩いっ!春、こっち来てっ」
アタシは兎に角、春を氷鞠の下から遠ざける為に無理矢理手を引いた。春を遠ざけて、遠目で氷鞠の方を見ると何故か『笑っていた』。その光景がアタシには薄気味悪く感じ、何を企んでいるのか分からなかった。
春の手を引きながら屋内へと戻り、しばらく無言のまま歩いていた。しびれを切らした春はアタシの手を振り解き、先程の行為を問い質す。
「先輩なんですか、急に引っ張ってっ……」
「春、今後は氷鞠に近付かない方がいい」
「はぁ?何言って―――」
「アイツの側に居たら危険だからっ!……いい?わかった?」
「急にそんな事言われても、わかりません。数少ない同僚なのに……近づくな、なんて言われても意味が分かりません。上の立場の人間に言われても、従う事は出来ません。今日の先輩、少し変です。取り敢えず俺は、氷鞠の下に戻りますので」
「ッ……。待って!?」
アタシの言葉を無視して、春は歩き出してしまった。そのままアタシは、春の背中を階段を下りるまで見つめ続けた。呆然と立ち尽くしていると、外の景色に目線を移した。ガラスには、この世の終わりのような顔をした、自分の顔が写し出されていた。
何分過ぎたか分からない、それくらい心に傷を負ったアタシはふと目線を下におろした。そこには先程まで居た、中庭が見える。ベンチには氷鞠が座っており、その様子を眺めていると、数秒後に春が駆け寄り、ベンチに座り直していた。
そして同じように、お弁当をつつきながら、楽しそうに会話を始めていた。アタシは兎に角その光景を見たくないと思いつつ、何故か目が離せなかった。
暫く眺め続けていると、氷鞠が顔を上げ始め、『アタシと目が合った』。その瞬間、遠距離でも分かる程、氷鞠の口角は上がり、三日月のような形になっていった。
バカにしていた。アタシの泣きっ面を見て喜んでいるのが分かる。
徐々にアタシは腹も立たなくなり、胸の辺りが冷たくなるのを感じていた。兎に角、アイツが憎い、嫌い、大っ嫌い。
そうだ、アイツがいるからイケナインダ。アイツがいるから、春もオカシクナッタンダ。本当の春は、こんな事シナイ。
でも、アタシも悪い。常に側に居てあげられなかったから、嫌われるような事をしたから、あんな奴を近づけてしまったから……。だから、絶対こうならないように……。
《《だから、一緒にいようね♡
》》
春臣side
先輩と気まずい雰囲気になってから数日、俺は少し強く言いすぎたと考えていた。どのタイミングで謝るべきか考えているのだが、その都度氷鞠が邪魔をする。
先輩と二人きりになるタイミングを見計らっているようにしか感じ取れない程、氷鞠が常に側にくっついてくる。
その流れが長く続き一週間、先輩と喋る事が一切なくなってしまった。早くなんとかしないと会社でのやり取りにも支障が出るし、こんな事で喧嘩別れのような状態は嫌だ。そしてなんとか氷鞠の目を出し抜く事が出来た事で、先輩と仲直りをしようとした。
先輩に声を掛けた時、化粧はしているとはいえ、薄っすらと彼女の目元に黒いクマが出来ている。やはり先輩も思う事があるのかと思い、俺の心はキュッと締め付けられるような感覚があった。
それでも先輩はいつものように笑顔で接してくれる為、その姿が更に自分の良心に訴えかけてくる。
「どうしたの、春?」
「あの先輩…………この間は、すいませんでした。あんなに強く言うつもりは無かったんですけど、もう少し言葉を選ぶべきでした。すいません……」
「いいよいいよ、全然気にしてないから~。久しぶりに話したから、一緒にご飯食べよ」
「はい!」
以外と話してみると、今まで気にしていた事が杞憂に終わる。普段通りの姿に安心感を覚え、一緒に食事を取る。会話も普段と同じで、冗談を言い合う程に今までのが無かったかのように想える。
だが、俺の気のせいかもしれないが普段の笑顔と少し違和感があるように感じる。感覚的な部分である為、確証は無いが過剰に笑っているように見受けられる。
「先輩、嬉しい事でもありました?」
「うん……?別に。春と一緒だからじゃない?」
「そう、ですか……」
やはり俺の気のせいだった。自分の思い込みだと思い、そのまま先輩との会話を楽しんだ。午後の休憩も終わり、それぞれ仕事に戻る。
いつもの如く、午後の仕事に打ち込み、作業に一段落付いて小休憩を取ろうと椅子に背もたりながら伸びをする。そして喉の渇きを覚え、俺はオフィスを出て近くの自販機で清涼飲料水を買った。
水を欲していたのか、俺は直ぐにキャップを空け、その場で半分流し込む。一服ついていると、部長の姿があった。ゆっくり俺の方に近付いてきた為、自分に用があるのだと思い、遠めで会釈をする。
「部長、どうしました?」
「春臣君、茅花とは仲直りできたのか?」
「はい……なんとか。何でその事を知ってるんですか?」
「あからさまにお前達の距離と、会話が無かったものだからな。傍から見ても分かる。『お前の』彼女なんだから、仲良くするんだぞ」
「はい…………ん?」
部長はそう言いながら、部署へと戻って行った。それより何って言ってた部長、お前の彼女?意味が分からない、いつから俺は先輩の彼女になったんだ?告白もされた覚えも無いのに。
兎に角、部長に確認を取ろうとした時、誰かに肩を叩かれた為、振り返ると先輩が立っていた。指先を俺の頬に当てながら、ハニカンでいた。
その微笑んだ表情とは裏腹に、俺は部長に言われた事が引っ掛かっていた為、先輩に質問する。
「あの先輩……。俺と先輩は付き合ってませんよね?」
「何言ってるの~、そんな訳ないじゃん♪」
「で、ですよね……あはは……」
先輩も否定した事で、これは誤解が広まっているのだと思い、あまり目立つようなことが無ければ自然にその声も無くなるだろうと思った俺は、何の対策も取らずにほったらかしにした。
そして数日が過ぎ、夏は過ぎていき秋の冷たい風が吹く頃、問題は解決していなかった。それよりも状況は、もっと悪化している。
完全に俺は、先輩の彼氏という事になっている。何が拗れればこんな事になるのか、見当もつかない。
それに加え、氷鞠との付き合いも悪くっている。周りの同僚が、人の彼氏にベタベタするのは良くないという事が発生し、周囲に止められている。その代わりに、先輩と飲みに行く回数が増えたり、部屋に付いて行く回数が圧倒的に増えていった。
そしていつもの如く、俺は先輩の部屋に居る。流石にこの関係性は不味いと思い、先輩にこの現象を止めてくれと頼みこむ。
「あの先輩、この誤解といてもらってもいいですか?このままだと、本当に恋人同士に……」
「いいんじゃない、このまま間違わられても。春はアタシの事、嫌い?」
「いや、そういう問題じゃなくて―――」
「嫌いじゃないのに、何で付き合えないの?」
「釣り合わないと言うか……」
茅花side
春は優しいからね、断り切れないんだよね。本当はアタシと付き合いたいんだよね、だから釣り合わないとか、傷つかないように言葉を選んでくれてるんだよね。
アタシの部屋だから、もう誰も邪魔する奴なんていない。それにしても、こんな簡単に付き合うことが出来るなんて……♡。周りに噂を流す事によって、周囲は簡単に信じてくれる。
そしてそれがドンドン大きくなって、氷鞠も近付く事が出来なくなり、恋仲を邪魔する悪い女に映る。これでアイツとの関係性も破綻、疎遠に近づいていく。
我ながら完璧な策、このまま押し通すことが出来れば、春はアタシのモノ♡。
「誤解なんて解く必要、無いじゃん。付き合っちゃおうよ……ね?」
「うっ……///」
「アタシさぁ……。あの時のキス、忘れられないんだよね。だからさ、あの時の思い出……上書きしよ♡」
「ダメですって!!」
「キャッ!?」
「す、すいませんっ。大丈夫ですか?!」
キスできる距離まで詰め寄ったが、春はアタシの事を突き飛ばした。痛い……。でも、受け入れてもらえなくても、アタシは喜んでいた。春に突き飛ばされても、彼の手によって加えられた痛み。
それが何故かアタシは、嬉しかった。痛みが快楽に変わると言う事象に、戸惑う事無くアタシは根っからのマゾなのだと理解する。
アタシは次の幸福に身を寄せたくて、彼に縋りつく。
「ねぇ、春。アタシの首、絞めてくれない?」
「え、何で……」
「春に締め付けてもらえば、すっごく気持ちよくなれそうな気がする♪だからね、お願い……」
「先輩っ……」
「はっ……///あぁ……優しい……。抱き締めてくれるんだ……」
彼は首ではなく、体を強く抱きしめてくれた。春は何か願うように、アタシの体を優しく包む。アタシもそれに応えるように、彼の体を精一杯抱擁する。
あぁ、幸せ……。この時間のまま、止まればいいのに。
その喜びに浸っていると、春は慰めてくれているのか、言葉を淡々と漏らした。
「少し疲れてるんですよ、先輩は。なので、一週間休みましょう」
「アタシの家にずっといてくれるの?」
「ずっとはちょっと……無理です」
そこは言って欲しい為、彼を困らせようと駄々をこねた。困惑している春を見て、愛らしく感じながら駄々をこねるのをやめる。取り敢えず、言われた通りに会社を休む事にしたアタシは、今日だけ一緒に寝てくれないかと頼む。
一緒にいると言うのは承諾してくれたが、一緒のベッドではなく、アタシが寝つけるまで手を繋いでいるだけ。
それだけでは不満ではあったが、渋々了承し、床に就いた。アタシは瞼を閉じて、寝ようと努力するが、この時間を意識のある状態で楽しみたいと思ったアタシは、朝になるまで起きていた。
その最中、春はアタシの手を握りながら寝てしまい、頭をベッドに置いている。起きていたアタシは、無意識に春の頭を撫でていた。
「頭撫でてるだけなのに、何でアタシがフワフワしてんだろ……。春と二人っきりになると、どうしても自分を抑えられなくなるんよな~……。それもこれも、全部お前が可愛いのが悪いんだぞ~♪」
そう言いながらアタシは、春の髪に自分を顔を押し付けてマーキングをする。
寒くなってくると、温もりが欲しくて切なく何るんよな~。まぁ、暑くても寒くても欲しくなるんだけどね~。
そしてその一週間、茅花が休みの間、春臣は会社内で広まった誤解を解くのに苦労していたのは別のお話。
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