第6話 アナタが好きだから、依存させたい

春臣side


 今日は休日。この間仕事中に、氷鞠から遊園地へのお誘いがあった。男同士で遊園地なんて、普通に嫌だと断ろうとしたが、凄い剣幕で押し切られたのでいく事となる。


 まぁ、女性にしか見えないから別に世間的にはカップルがデートしている風にしか見えない。別に気にする事は無いと思いつつ、布団を畳んで起き上がる。


 だが、いつもと違う朝を迎えていた。何が違うのかというと、妹が来ている。休日はよく、妹が様子見で訪れる事が多い。別にわざわざ様子なんて見に来なくてもいいと思いながら、洗面台に向かうと、黒髪ワンカールヘアの妹が鏡の前で立っていた。




「いやん、えっち♪」


「何がえっちだ……。てか、いつから来てたんだ?」


「月が透けて見えてる時から?」


「時間で示せ」




 妹の名前は百目鬼 美春どめき みはる。俺と七つ離れた実の妹で、今をときめく高校生。いつもふざけて会話する事が多く、よく分からない事をする。だが、根は優しい子でよく笑う自慢の妹だ。


 朝ご飯の用意をしようと台所に立とうとしたが、もう既に美春が朝食を作っていた。よくできた妹だと、感慨に耽り、一緒にご飯を食べる。そして朝食を食べ終え、出掛ける準備をしていると美春に尋ねられる。




「今日は冒険にでも行くの?」


「違う違う、出掛けるの。遊園地に」


「誰と?」


「会社の同僚と」




 同僚と答えると、美春は興味なさそうな返事を返し、テレビに向き直った。そんな様子の美春を見て少し気になったが、時間が迫って来た為、急いで私服に着替えて準備を進める。


 忘れ物が無いかだけチェックして、玄関で靴を履いていると美春から声がかかる。




「ねぇ、お兄。それって、女?」


「何だ、急いでんのに。う~ん……男だな」


「な~んだ、男か~。それじゃ、いってらっしゃい♪」




 美春の態度が急変した事で、少し動揺したが、機嫌がよくなり安心した。そして俺は、待ち合わせの為に車の準備をして待つ事にした。

 





















 車の準備を進め、車内の清掃と換気をして少しでもいい香りの方がいいと思うので柑橘系の消臭剤を置く。それにしても今日は雲一つ無い晴天で、絶好の遊園地日和。夏の気温の為、熱中症には注意しよう。少し汗ばみながら清掃が完了し数分。


 まだ氷鞠がきていない。集合時間は9時の為、まだ余裕がある。時間まで適当に携帯を眺めながら待つ事にして、今日の目的地である遊園地へのルートをナビで確認していた。


 すると、遠くの方で誰かが走る音がした為、顔をあげた。走って来たのは、ワンピースを着た氷鞠だった。




「ごめ~ん、待った~?」


「うぇ……」


「何だよ、うぇって?!」


「いや、だって……そんなキャラじゃないじゃん……」




 いつもは男勝りの口調のくせに、何故今日はこんなにぶりっ子に振り切っているのか分からない。そしてこの白いワンピース……。普段は会社指定の制服を着ている為、新鮮であると同時に普段の口調とのギャップがあって混乱する。だが、非常に女の子らしい服装で似合ってると思った。


 そして氷鞠は、先程の俺のリアクションが気に入らなかったのか、車に乗り込まず訂正を促してくる。俺は何とか氷鞠を宥め、席に着かせる事に成功し、早速遊園地へと出発する事となった。



 エンジンを掛けると氷鞠は子供のようにはしゃぎ始め、不覚にもそれが可愛いと思った。ここまではしゃいでもらうと、運転し甲斐もある。こんな無邪気に笑う氷鞠は、あまり無いかもしれない。


 そして順調な滑り出しで車を走らせて数分、喉の渇きを訴えた氷鞠はコンビニに寄って欲しいと嘆願する。俺も少し喉が渇いてきた為、近くのコンビニを探して停車した。俺は氷鞠に適当に飲み物を買ってきて欲しいと頼み、車内で待つ事に。


 数分後、氷鞠はコンビニ袋を片手に小走りで駆けてくる。そのまま車へと乗り込み、袋にある物を取り出す。


 中身はお茶の他にチョコレートが入っていた。軽食がてら買ったと思い、俺の飲み物を要求すると氷鞠は自分のお茶を口に含ませ、顔を近づけて来た。




「な、何だよ……」


「んっ……」


「顔近付けても分からんて……」




 俺はその光景を暫く眺めていると、氷鞠の口からお茶が垂れ始めた。俺はその光景に若干エロさを感じ、何故か顔を背けてしまった。


 そして氷鞠が俺の肩を掴み、無理矢理唇に近づけようとしてくる。俺は恥ずかしさから必死に抵抗し、氷鞠も諦めたのか、喉を鳴らしながらお茶を飲んだ。




「何だよ、せっかく飲ませようと思ったのに」


「そんな事しなくても、買って来ればいいだろ?!」


「口移しの方が効率良いだろっ!」


「どこがだよ!?」




 こんなコンビニの目の前で何をやっているのかと思いながら、俺は自分で飲み物を買いに行き直した。そして買い直し、再び車を走らせ目的地へと向かった。


 遊園地までの道のりは高速を使って1時間半ほど。少し遠いが、それも醍醐味だと思いながら運転を続ける。やはりドライブは楽しいと思いながら、俺は横目で見ていると氷鞠は窓の外を眺めてはしゃいでいた。余程楽しみにしていたのだろうと思い、俺は再び運転に集中する。


 走らせてから1時間、街並みが徐々に変わり始め、車の量が多くなってきた。交通量が多くなれば勿論、到着時間がズレ始める。


 当初の時間を少し過ぎたが、無事に到着する事が出来た。遊園地専用の駐車場へと入り、料金を払い、日陰のある場所に止めた。


 そして外に出てみると、もう既に館内の音楽が鳴り響き、子供たちの歓声が聞こえてくる。この声を聞いただけで、遊園地に来たという実感がわき、密かに俺は興奮気味だった。そんな俺の横で氷鞠は、自分以上に興奮してはしゃいでいた。




「着いたー!何か甘い匂いがする」


「まだ何も食べてないから、取り敢えずなんか食べるか?」


「食べるー!」




 氷鞠は幼児退行したように、単純な単語しか言えなくなっていた。遊園地というのは、人の心を変えてしまうんだと心底感心した。


 氷鞠は陽気にステップしながら、正面入園口に向かって行った。俺はその後に付いて行き、何となく子供を眺めているような感じがする。ここまではしゃいでくれた方が寧ろ、連れてきたかいがあるし、一緒に居て楽しい。


 チケットを買う為に列に並ぶと、ここでも沢山の人に囲まれ、少し体感温度が熱く感じた。俺は手を団扇代わりに仰いでいると、氷鞠が自分の腕に絡みついてくる。暑苦しいから離せと言っても、一向に離そうとしない。強引に腕を組み、離れないように固定された為、俺はその時点で諦め、自分の番を待った。


 自分達の番になり、様々なチケットがある。取り敢えず俺達は、アトラクション乗り放題のパスポート券にした。このチケットは少々値段は張るが、乗り物に乗る前にお金を払う手間が省ける。


 それで注文すると、受付のお姉さんがカップル割りも出来ますがどうですかと尋ねてきた。それを断ろうとしたが、隣の氷鞠が顔を乗り出し、ガラス張りの向こうに居るお姉さんに肉薄する勢いで問い詰めてきた。




「僕達、カップル何でッ、それでッ、お願いしますッ!」


「は、はい……畏まりました。それでは、良い一日を……」




 その余りの勢いに、お姉さんは引き気味で俺達を見送る。いよいよゲートを潜り、場内へと入った。


 入った瞬間、その区画から匂いと雰囲気が変わったように感じ、不思議な高揚感に包まれた。まだ足を踏み入れただけなのにも関わらず、何故こんな気持ちになるのか不思議に感じる。



 そんな俺の気持ちなど露知らず、氷鞠は早くアトラクションに乗りたいのか、俺の手を掴みながら急いてくる。少し落ち着けと宥めるが、上から見下ろす景色とアトラクションに興奮しているようだった。


 階段を掛け下ると、その場一面赤い敷地が広がり、子供用のアトラクションが数多く点在していた。そこには多くの家族連れが往来し、見渡す限り人だらけ。


 何処に行けばいいかと思いながら辺りを見渡していると、氷鞠が繋いだ手を引きながらフードコーナーに向かっていた。




「先ずここに来たらこれだろ?」


「チュロスか……。あまり食べた事無いんだよなぁ……」


「甘くておいしいぞ?」




 嫌いな訳では無いが、何分こういう場所でしか食べない為、その機会を逃してきた。今回そのチャンスが巡って来たという事だが、お菓子なのだろうか……。


 俺は分からないまま氷鞠に店の前まで引きずられ、二人分注文する事に。チュロスは数分も経たずに俺たちの手元に運び込まれ、手に取ると兎に角熱かった。慌てて俺は息を吹きかけると、それが面白かったのか氷鞠は揶揄いながら笑う。


 少し不機嫌になりながらも、俺は初めてのチュロスを口にした。『美味しい』。




「どう?」


「甘い……」


「ふふ……」




 氷鞠は含みのある微笑を浮かべ、俺達はチュロスを食べ終えると、いよいよアトラクションに乗り込む。エリアによってアトラクションの種類が違う為、一日で回るのは無理だが、一通り目に付くものから乗ろうという提案を出され、取り敢えずジェットコースターから始めた。


 正直俺は、ジェットコースターが苦手だ。乗り物自体恐い訳では無いが、高所恐怖所である上に急降下する時に臓器が浮いたような感覚が気持ち悪くなる。軽めの乗り物は楽しめるのだが、動きが激しめの物は正直に言うと乗りたくない。


 だが、隣でウキウキな氷鞠を見ていると、そんな事も言えずにいる。俺は氷鞠の為に我慢をしてスタッフの人に促されるまま、箱に貴重品などを入れ、鍵を閉める。


 そして座席へと案内され、固いシートに座った。続いて氷鞠も座り、他のお客さんが座席に着くのを待った。その間も、俺は冷や汗が止まらず、上を向いたまま固まっていた。それに気付いて氷鞠が声を掛けてくれた。




「春臣、大丈夫?」


「あ、あぁ……。全然……」


「どっち?」




 そんな問いかけにも余裕が無い為、何も返さず俺はただ虚空を見つめていた。そして全てのお客さんが座席に座った事で、スタッフの人が何やら掛け声のようなものを発し始めた。




「ゴーゴーバンデット♪」




 何が『ゴーゴーバンデット』だ、こっちは正気を保つので精一杯なのに……。そんな事を愚痴っていると、乗り物は動き始め、どんどんと急な坂をゆっくり上がり始めた。坂が上がる度に、俺のテンションは反比例するようにどんどん下がる。


 氷鞠は何故これでテンションが上がるのか分からないが、羨ましいと心底思う。


 そして頂上へと上がり、山が見えていい景色だと思った瞬間、急降下を始め、俺は呼吸が出来なくなった。




「うっ…………」


「きゃあああぁぁああぁぁぁあああー♪」




 よく恐怖心を和らげるために声を出して対処する人をよく見かけるが、こういう場合俺は兎に角黙る。叫ぶ事も出来なくなり、兎に角アトラクションが終わるのを待つしかない。


 しかし、そんな願いも虚しく、ジェットコースターはうねるように激しくうねり、長い時間乗っているような錯覚に襲われる。そしてもう一度、急降下があるコースに差し掛かり、臓器が浮く感覚をまた味わう。正直この時、乗っている最中吐きそうになる。


 そんな感覚を味わいながら、ジェットコースターは元の位置へと戻り、アトラクションは終了した。スタッフからお疲れ様という言葉を投げかけられたが、俺は膝が震えて暫く立つのが困難だった。


 少し休憩がてら、ベンチで休む事にした。




「アトラクションダメなの?」


「得意では、ないな……」


「他のアトラクションは乗れそう?」


「気持ち悪くならなければ大丈夫……」




 とは言ったものの、他にも楽しそうなアトラクションは沢山ある。自分的にも、乗ってみたい乗り物はある。


 それは360度、振り子のように回転する絶叫系のアトラクション。苦手ではあるが、先程より気持ちに余裕が生まれている為、大丈夫ではある。


 そして早速乗り込む準備をする為に、乗り放題のパスポート券を提示し、持ち物を預けた。一度のアトラクションで50人は収容できる大きさとなっている為、楽しめそうではあるが、座席に座ったと同時に、俺の心は直ぐに折れそうになった。




「本当に大丈夫?」


「さっきよりは、大丈夫……」


「手、繋ぐ?」


「うん…………」


「ッ……///」




 俺は余裕が無くなってきた為、氷鞠の言葉に従い手を握る事にした。その際に氷鞠は、随分俯きながら顔を赤くしていた為、どうしたか尋ねようとしたが、マシンが動き始めた事により確認することが出来なかった。


 そして振り子のように動き始め、最初はゆっくりだった為、怖く感じなかった。だが、徐々に加速が増していき、それと比例するように俺は氷鞠の手を強く握った。




「あぁ……怖い……」


「だ、大丈夫、だから……///」




 ドンドン加速していくマシンに対して、俺の恐怖心は最高潮に上がっていき、兎に角何かにしがみ付きたくて氷鞠の手を物凄い力で握る。その度に氷鞠の体が跳ねるのは横目で確認していたが、マシンは回転し真っ逆さまになる直前だった為、そんな余裕は無い。


 そしてそのままマシンが逆さになり、動きを止める。その瞬間、俺の中で何かが決壊したのか、嗚咽のような言葉しか出て来ず、先程よりも強く、氷鞠の手を掴んだ。




「いやあああぁぁぁああああぁぁぁ〜!?」


「あっ……♡」




 気持ち悪い奇声を上げながら、涙を堪える。そしてまた先程と同じように、氷鞠の体が跳ねていた。だが明らかに、痙攣しているように見えるが、俺には確認する事が出来ない。


 そしてアトラクションが終わるまで終始、氷鞠の手を握り続けていた為、手に跡が残っていた。安全装置が上がり、降りようとした時、氷鞠の足下がおぼつかない。何よりさっきから息が荒いし、顔も赤い。


 何とか立ち上がった氷鞠は出口へと向かう途中、ふと俺は座っていた座席に目線を向けた。自分の座席には何もないが、氷鞠の座席にはが出来ていた。不思議に思いつつも、次の人達が乗り替わる為、急いで氷鞠の後を追った。


 二つ乗ったとはいえ、待ち時間が長い為、俺達の腹の虫が泣き始めた事でレストランに向かおうという事になった。お昼は過ぎているとはいえ、どんな時間帯でも混んでいる。空いている席を探し続けていると、運よくテーブル席を見付け、メニューを注文する。


 俺は取り敢えず、豚バラうどんがあった為、それに決めた。氷鞠はケバブをパンで挟んだ物と魚介ラーメンを頼んだ。そして数十分後、メニューが運び込まれて早速氷鞠は携帯を手に取り、写真を撮り始めた。


 前々から思っていたが、よくその量腹に入るなと思った。




「二つも頼んで食べれるのか?ケバブ結構デカいけど……」


「大丈夫大丈夫、いつもの事だから」




 いつも食べているからか、余裕の表情で俺にドヤ顔をかます。ムカつく……。


 俺は無視しながらうどんに手を付け、すする。やはりこういう施設の食べ物らしい味で、普通に美味い。咀嚼をしている最中、氷鞠はケバブを頬張っている。何でも美味く食べるなと思いながら見ていると、口に髪の毛がくっついていた為、綺麗に直した。




「ほら、髪の毛食べてるぞ」


「ん~、ありがと♪」




 つくづく思うが、彼女でもないのにこの距離感は可笑しいと思う。自分でもこんな風に接しているのが不思議に思うが、同僚だしいいかと思い、取り敢えず流した。


 俺がうどんを食べ終わると、氷鞠は二つ目のラーメンを半分食べ終わり、直ぐ空になった。腹も膨れた俺達は、様々なアトラクションに乗り続けた。


 空中ブランコ、二人でゴーカート、オリジナルアクセサリーが作れるストーンハウス、アシカのショーなど色々見て回った。一日では回れない程、沢山の施設がある遊園地は、新鮮で刺激的な場所。そしてまた来たくなるような場所に、少し俺は名残惜しさを感じ始めた。


 景色がオレンジ色に染まり、帰宅する客が増え始めた頃、氷鞠は最後にメリーゴーランドに乗りたいと申し出てきた。




「普通こういう時って、観覧車とかじゃないのか?夜のイベントもあるから、別のでも―――」


「いいの。それに夜まで一緒に居たいけど、貴重な休日だし夕方くらいが丁度いいでしょ。それに、メリーゴーランドだって意外と大人も乗ってるし」


「まぁ、そうだけど……」


「ほら、早く♪」




 結局なし崩しに氷鞠に手を引かれながら、メリーゴーランドに向かって行った。まだ少し、子供連れの親子が数人見える中、俺達もメリーゴーランドに乗り込む。幼い頃に乗った記憶はあるが、それ以降乗った記憶は無い。


 そんな事を想いながら俺は、馬を模った乗り物に乗り、氷鞠も横で同じ馬に乗り込む。その様子が童心に帰ったように、興奮していた。




「春臣、写真撮ってよ!」


「はいはい……。携帯は…………うわっ!?」




 携帯を探している最中、マシンが動き出した為、体勢を崩し手すりに摑まる。その様子を見ていたのか、氷鞠は笑いながら写真の催促をしてくる。


 俺はポケットから携帯を取り出し、スマホを片手で持ち、タイミングを見計らう。スマホを構え、氷鞠を映し出しシャッターを下ろそうとした時、西日に照らされながら燥いでいる彼女の笑顔ににもときめき、撮るまでに少し時間を忘れていた。茜色に染まる彼女の顔は、とても綺麗で元男とは思えない程に。


 そしてアトラクションは終了し、さっきの感情は忘れようと家路に急ごうとした時、後ろから勢いよく彼女から手を繋がれ、何故かニヒルに笑っている。




「ねぇ、さっき……何で直ぐにシャッター押さなかったの?」


「体勢を崩したから押すのに時間が掛かったんだよ……」


「嘘。絶対僕に見惚れてたでしょ?」


「ち、違うっ……」




 俺は咄嗟に嘘をつき、氷鞠にバレないように振る舞う。目線を逸らしていると、氷鞠は手を離して俺の前に背を向けながら少し距離を取った。


 そして突然、聞き覚えのある台詞が流れた。




「《b》お電話ありがとうございます。こちら、スパーキングジャパンです《/b》」


「えっ、その台詞……」


「春臣はさ僕の声、好きだよね?……あの電話のやり取りの中で、お姉さんの声がタイプだって」




 突然そんな事を言われても、少し年月が経っている為、言ったかどうか覚えていない。それよりも、あの時の受付の人が氷鞠だった事に驚きを隠せない。何より最初の出会いが、雨の中傘も差さない変な女の人という印象が強い。


 そして何故、今この場でそんな告白をしているのか皆目見当もつかない。そんな事を心の中でボヤいていると、氷鞠は凄い早口で自分語りを始めた。




「僕はね、元々独占欲が強くて相手に依存しやすいんだ。だから僕は、春臣が好きになってもらえるように女の子らしい体に生まれ変わろうと努力したんだ。性格も親近感を持たせる為に、砕けた口調で喋ったり、胸も大きい方がいいと思ったから大きくした。お尻も広い方がいいと思ったから、人工で作った骨を入れて骨盤を広くして、次は完璧な女性器に変えてもらった……」


「何で、そこまで……」


「何で……?春臣が好きだからだよ、だからここまで生まれ変わることが出来た。春臣は、この体を好きにしていいんだよ?公然の場で胸を揉んだって、お尻を揉んだって怒ったりしないよ。僕はそこら辺の女とは違うから……。だから春臣の気持ちいい所だって、僕は分かるよ。キスの仕方だって、他のどんな人だって上手くできる……」


「―――っ」




 氷鞠が背伸びをしながら、俺の唇に顔を近づけてくる。先程の言葉も相まって、俺は大きく喉を鳴らしていた。考えれば考える程、俺の顔は熱くなり、氷鞠の顔に目が離せないでいた。


 そして唇が触れようとした時、彼女から離れて行き、手を後ろに組みながらまた揶揄うように笑う。その姿を見て、また俺は氷鞠の表情を見てドキドキする。


 兎に角気を紛らわす為に、直ぐに遊園地を脱出した。そして車に乗り、家に向かおうとした時、氷鞠は不思議な事を言い始める。




「春臣。この世で魔法が存在するとしたら、どんな魔法だと思う?」


「何だ、突然……。う~ん……分からん」


「もう少し考えなよ。正解は、♪」




 いきなりそんな事を言われた為、呆気にとられたが考えてみればそうだなと感慨に耽る。人と人との巡り会わせは、分からないものである。一見交わらない人でも、何かの切っ掛けで友達や恋人になる。


 そんな事を深く考えていると、氷鞠の顔ばかり浮かび上がり、その度に頭を横に振る。これからはあまり、氷鞠の顔を見るのはやめよう。これ以上好きになっても、本気で困ると同時に恐怖感を抱いた。



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