第29話
☆☆☆
それから数日間サエはまだ学校へ来ていなかった。
このまま来ないのかもしれない。
「サエって受験どうするんだろうね?」
「知らない。だって犯罪者じゃん」
「アイツ、自分の罪を隠すために優等生の仮面かぶってたんじゃねぇの?」
「近くにいたのに気が付かなかったキミもどうなんだろうなぁ」
そんな噂話は今でも聞こえてくる。
そのたびにキミは逃げるように教室から飛び出して行ったけれど、キミの後を追いかける友人は誰もいなかった。
「ねぇ、ここの問題教えてくれない?」
2人がすっかり静かになってくれたおかげで、ユウナは自分から他のクラスメートたちに話しかけることができるようになっていた。
最近ではよく勉強を教えてもらっている。
「ここはね。この数式に当てはめて考えるんだよ」
友人に教えてもらった箇所は普通に授業を受けているときよりも、ずっと頭に入ってきた。
今までこんな風に会話することもなかったから、嬉しくて余計に身が入るんだと思う。
「ありがとう。いつもすごくわかりやすく教えてくれるよね」
「そんなことないよ。ユウナちゃんもともと勉強得意なんじゃないの? すぐに覚えてるじゃん」
そう言い合ってお互いに照れたりした。
勉強の成果はみるみる内に現れることになった。
最初は遅れていた授業を取り戻すことで必死だったけれど、嫌なことが怒らない毎日は集中力を続けることが安易になった。
周りから干渉されないことで本来の力が存分に発揮されるみたいだ。
そして次のテスト期間が始まったとき、ユウナはたしかな手応えを感じていた。
「よく頑張ったな。この調子なら受験も大丈夫そうだな」
テスト返却のときに先生にそう声をかけられて、戻ってきた数学の答案用紙には70点と書かれていた。
ユウナは自分の取った点数が信じられなくて、穴が開くほどにその答案用紙を見つめたくらいだ。
それでも点数は変わらなかった。
前回8点しか取れなかったのにイジメがなくなってすぐにここまで点数が伸びるなんて、自分でも思っていない出来事だった。
サエの机の横を通り過ぎるとき、ユウナは一旦立ち止まった。
「サエ、テストの点数はどうだった?」
そう質問をすると、サエはすぐに解答用紙を机の中にしまい込んでしまった。
顔色もよくなくてユウナから視線をそらしている。
「私は70点だったよ」
そう言って答案用紙を見せるとサエは目を見開いて唖然としてしまった。
まさかユウナが70点もとれるとは思っていなかった様子だ。
「ビックリしたでしょう? 私もビックリしたよ。だけどイジメがなくなってから集中力がついて勉強ができるようになったの」
説明するとサエは一瞬なにか言いたそうに口を開いたけれど、結局なにも言わないまま閉じてしまった。
「これからはサエにも負けないからね」
宣戦布告をして、ユウナは自分の席へ戻ったのだった。
☆☆☆
成績がよくなったことは両親も喜んでくれた。
最近ではずっとテレビを見ていても注意されることはなくなった。
すべてのことが好転していっていると自分でもしっかりと自覚ができる。
「最近本当によく頑張ってるな。これ、ご褒美だ」
少しお酒も入ってご機嫌になった父親がそう言って千円札を差し出してきた。
「え、いいの!?」
「あぁ。今回はクラスでも平気点以上だったんだろう? これからお父さんもお母さんも安心だ」
月々のお小遣い以外でこうしてお金をもらうことなんてお正月以来だ。
ユウナは喜んで父親に抱きついた。
「ありがとうお父さん! これからはもっともっと頑張るね!」
それはユウナの本心だった。
勉強も手伝いも今まで以上に頑張る。
みんなの喜ぶ顔だってみたい。
だけどそのためにはやることがひとつだけあった。
またあの真実の電話に行くのだ。
そして誰かの真実を知り、ばらまく。
そうすることでユウナにとっての先日はもっともっと素敵なものになるはずだった。
だって今までそうだった。
これから先のことを考えると、たくさんの真実を知っておいた方が良い。
ユウナはそう思い込んでしまったのだった……。
☆☆☆
次は誰の真実を聞こうか。
父親か母親か、それとも先生か。
みんなが喜んでくれているときの顔を思い出すと、少しだけ申し訳ない気分になった。
じゃあ、キミやサエの噂をもう少し聞き出しておこうか。
思い返せば自分の成績が悪くなった原因はあの2人にある。
たったあれだけの仕返しで許してしまう方がおかしいんだ。
そう考えたユウナはいつものように迷うことなく真実の電話にたどり着いた。
山の中の不気味な電話ボックスになんの躊躇もなく入っていく。
そして訪ねたのはキミのことだった。
サエの評判はもうどん底まで突き落としてしまった。
今でもネット上ではサエの万引写真が出回っているし、本当に銃剣に響いてくるかもしれないという噂だった。
だからサエについてはほっておいても問題はない。
でも、キミは違う。
もう少し苦しんでもらたって罰は当たらないはずだ。
受話器を上げてキミの名前を告げる。
そしてしばらく待っているとあの声が聞こえてきた。
『キミはあなたに謝りたがっている』
その言葉にユウナは眉を寄せてすぐに受話器を置いてしまった。
そのままジッと公衆電話を見つめる。
今の言葉は本当だろうか?
今までこの電話が嘘をついたことはないけれど、ユウナの中に疑念が浮かんだ。
だって今まで人をイジメてきたときには謝罪なんて1度もしてこなかった。
それが今になって謝りたいと言われても信用できるわけがなかった。
キミが自分にしてきたことが頭に浮かんでくる。
勉強やスポーツができないことをバカにされた。
教室内でも悪口を言われてクラスメートたちと一緒に笑った。
それだけじゃない。
わざとこかされたり、トイレに閉じ込められたことだってある。
思い出せば思い出すほど、今の言葉を信用することができなくなってしまった。
「嘘ばっかり」
ユウナは公衆電話へ向けてそう吐き捨てると、大股であるき出したのだった。
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