第28話
自分はそんなに悪いことをしたんだろうか。
2人が同時に落胆してしまうくらい情けない子供なんだろうか。
もう、食欲は少しも残っていなかった。
「ごちそうさま」
「全然食べてないじゃない」
「いらない」
短く返事をしてユウナは自室へと戻ったのだった。
☆☆☆
テストの点数が悪かったのも、つい嘘をついてしまうのも、全部全部イジメのせいだ。
私は悪くない。
私は本当ならすべて上手くできる子なんだから。
それをダメにしているのは私をイジメているあいつらだ。
ユウナは翌日も1時間早く家を出た。
両親と顔を合せるのが嫌だったから、朝食も食べて来ていない。
昨日の夜からほとんどなにも食べていないからお腹はペコペコだったけれど、校門が見える頃にはそれも忘れてしまっていた。
まだ誰も居ない校門の前に1枚写真を貼り付ける。
そして下駄箱にも。
キミのときよりも多く印刷してきたから、下級生の廊下、職員室までの廊下、ついでにB組の黒板にも貼り付けることができた。
貼り付けながらユウナは笑っていた。
口に出して、大きな声で。
それは誰もいない廊下や教室に大きく響き渡り、それがおかしくてまた笑った。
笑いながら考えた。
そうだ、今度は両親のこともあの電話で聞いてきてみよう。
大人は本当のことは口に出さないから、きっとたくさんの真実を聴くことができるだろう。
その中にはユウナには言えないようなこともきっとあるはずだ。
それを使ってキミやサエたちと同じように脅すことだってできるかもしれない。
そうだ。
気に入らないやつのことは全部あの電話で聞けばいいんだ。
そして弱みを握って、黙らせる。
自分にはあの電話がついているのだから、最大限に生かしたっていいはずだ。
もってきたすべての写真を貼り終える頃にはそんな風に考えるようになっていた。
そして数十分後。
登校してきた生徒たちによって写真が発見され、ユウナが思っていた以上に大きな事件になってしまっていた。
生徒たちは面白半分で写真を撮影し、それをネットに流したりグループメッセージで流したりしはじめたのだ。
教室内でその様子を傍観していたユウナは、キミが大慌てで教室内に入ってくるのを見た。
そしてサエがいないことに気がつくとまた廊下へと出ていってしまった。
友人のためにそこまで大慌てすることができるなら、他人にももっと優しくすればいいのにと鼻で笑う。
どっちにしたってキミもサエももう終わりだ。
今まで通りの評判のいい2人ではいられなくなってしまった。
サエは1度教室へ入ってきたけれど、そのときはキョトンとした表情でクラスメートたちを見回していた。
誰もサエに挨拶をしようとしなかったのだ。
それどころかサエを見てニヤついた笑みを浮かべている。
「サエ、これ知らないの?」
1人の女子生徒が剥がしてきた写真をサエに見せたことで、ようやく何が起こっているのか理解した様子だった。
その後サエは先生に呼ばれて職員室に行ってしまった。
教室へ戻ってきたキミはとても静かで、休憩時間中もずっと自分の机から動くことがなかった。
いつもはキミと仲良く会話をしている女子生徒たちも、今日は遠巻きにキミの様子を見ているだけだった。
友人のサエが万引犯だったことで、キミも共犯だったのではないかと、あることないこと噂もされているようだった。
それでもキミはそれを否定することすらしなかった。
「サエって万引してたんだね」
昼休憩中、あまりにも静かなキミにユウナは話しかけていた。
自分をイジメていた子に優しくするつもりなんてない。
ただ、今なら直接なにかやり返すこともできるかもしれないと思っただけだった。
キミは一瞬こちらを見たけれど、すぐに視線を机の上の教科書へ落としてしまった。
普段は休憩時間に勉強なんてしないのに。
「もしかしてキミも共犯者? みんな、そう言ってるけど」
わざと笑顔を浮かべ、明るい声で聞いてみた。
その声は思っていたよりも大きくなって教室にいたクラスメートたちが自分に注目していることがわかった。
でもそれは嫌な視線ではなかった。
イジメられていたときのように、笑いものにされてバカにされていたときとは違う。
好奇心と少しの羨望の眼差しだ。
ユウナは気分がよくて大きく息を吸い込んだ。
まるで今この瞬間の、この空間を自分の中に取り入れるように。
「あ、そういえばキミって小学校の修学旅行でおねしょしたって本当? あれ笑っちゃったんだけど」
口元に手を当てて本当に笑ってみせた途端キミは勢いよく立ち上がった。
そのせいで椅子が後方に倒れて大きな音を立てる。
なにかやりかえされると思って身構えたけれどキミはチッと舌打ちをしてユウナを睨みつけると、そのまま教室を出ていってしまった。
ユウナは倒れた椅子を起こしてクラスメートたちへ向けて苦笑いを浮かべる。
するとそれに合せるように数人の生徒が笑ってくれた。
自分はもう孤立はしていない。
そう思った瞬間だった。
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