第25話

そうしてしばらく待っているとキミ本人が登校してきた。



何も知らないキミが校門前に群がっている生徒たちに声をかけて輪の中に入っていく。



最初は笑顔だったキミの顔が一瞬にして青くなった。



続いて真っ赤になり、乱暴に張り紙を引き剥がすと昇降口へと走って行ってしまった。



ユウナは慌ててその後を追いかけた。



そこに居たのは呆然と立ち尽くすキミだった。



ここにも張り紙はたくさんしてあるけれど、剥がすのも忘れて突っ立っている。



その様子がおかしくてユウナは後から「わっ!」と脅かしてみた。



キミはビクリと跳ねてその場に尻もちをついてしまう。



ユウナはそれを見てお腹を抱えて笑い声を上げる。



「どうしたのキミ。この張り紙、本当のことなの?」



泣くほど笑いながらきくとキミはみるみる内に青ざめて行って、靴のまま保健室へと駆け込んでしまった。



あれだけ慌てているんだからきっと真実の電話で聞いたことは本当だったんだ。



「人をイジメるから、こういうことになるんだよ」



ユウナは満足そうにそうつぶやいて笑ったのだった。


☆☆☆


ユウナの思惑通りキミの噂はまたたく間に学校中に広がっていった。



校門の張り紙はキミが破り捨ててしまったけれど、他の張り紙は残っていたのでそれを見た子たちがどんどん噂を広めてくれたのだ。



聞きつけた先生が張り紙を撤去してしまったけれど、もう手遅れだ。



「キミでもおねしょとかしてたんだね」



「ほんと。あれだけクールぶってるくせにねぇ」



クラス内に笑い声が漏れる。



みんな張り紙をした犯人のことよりも、噂になっているキミの方が気になっているみたいだ。



だけどただ1人、サエだけはキミのそばに寄り添っていた。



さっきから青い顔をしたキミに「大丈夫?」と、声をかけている。



「大丈夫だよ。だって小学生の頃の話しだし」



キミは強がっているが、ずっとうつむいたままで元気がない。



こんなに笑いものにされて平気でいられるわけがないんだ。



ユウナは自分がいつもクラスの笑いものにされているから、その気持がよくわかる。



「私が許せないのはあんなことをした犯人だよ」



キミの言葉に一瞬心臓がドキンッと反応してしまった。



でも大丈夫。



自分が犯人だとバレる証拠はなにもないんだから。



「犯人の目星は付いてるの?」



サエの質問にキミは悔しそうに唇をかみしめて左右に首を振った。



「でも多分、小学校が同じだった子だよね。じゃないと知ってるわけがないんだし」



キミ推理にホッと胸をなでおろす。



ユウナは中学に入学してからキミたちに出会ったから、その時点で犯人からは除外される。



ユウナには目もくれずに犯人探しを始める2人を横目で見て、ユウナは1人ほくそ笑んだのだった。


☆☆☆


まさかこんなにうまくいくとは思っていなかった。



帰宅後ユウナは机に座って勉強しているふりをしながら、ずっと鼻歌を歌っていた。



こんなに気分のいい日は中学3年生になってから初めてかもしれない。



ためしに宿題を広げてみると面白いほどに問題が解けていく。



解答が合っているかどうかはわからないけれど、すごい集中力であっという間にプリント1枚を終わらせることができたのだ。



ユウナが唖然として宿題のプリントを見つめていると、ノック音がして母親が部屋に入ってきた。



「またマンガを読んでいるの? 宿題は終わったの?」



いつものことなのですでに腰に手を当てて怒っている様子だ。



ユウナはそんな母親へ向けてすでに終わっているプリントを突き出した。



それを見た母親は目を丸くし、次にユウナの額に手を当てて熱をはかり始めてしまった。



「熱はないみたいね?」



「失礼ね。言われなくても宿題くらいできるよ」



ユウナはふふんと鼻を鳴らす。



「そうよね、もう中学3年生だもんね。お母さんも安心した」



本当にホッとした様子で微笑んでユウナの頭を撫でると、鼻歌を歌いながら部屋を出ていってしまった。



その後ろ姿を見送ったユウナはもう1度プリントに視線を落とした。



嫌なことがなければここまで集中して宿題をすることができるんだ。



それなら今までだってもっとちゃんと勉強ができていたかもしれない。



そう考えると再びキミとサエへ向けての怒りが湧き上がってくるのを感じた。



あの2人はただイジメをしていただけじゃない。



こっちの人生にまで足を踏み込んで、引っ掻き回しているのだ。



イジメが相手の人生にどんな影響を及ぼすのか、全然わかってない!



「それなら、私だって2人の人生に踏み込んでいいよね?」



誰もいない部屋の中、ポツリとつぶやいた。



やられた分だけやり返したって誰も文句は言えないはずだ。



ユウナはゆらりと立ち上がると、クローゼットの奥に隠しておいたリュックを取り出した。



またもう1度あの真実の電話へ向かうかもしれないと思って、中のものもそのままにして保管していたのだ。



まさかこんなにすぐに行くことになるのは思っていなかったけれど、善は急げと言う。



ユウナは白いリュックを背負ってニヤリと笑ったのだった。

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