第24話
もともとただの都市伝説だし、サイトにあった地図が本物かどうかもわからない。
不安に押しつぶされてしまいそうになりながら歩いていると、小学校の頃を思い出した。
あの頃の自分もこうして1人で都市伝説の真相を知ろうとしていた。
わざと少し遠回りをして、口裂け女を見たという場所に立ち寄ってみたり、人面犬が好きだという食べ物を持って歩きまわってみたり。
だけど結局なにもみつけることはできなかった。
妖怪も、幽霊もいない。
いるのはそんな自分を見て異質だと感じる友人や、見下してバカにしてくる友人ばかり。
今回もそうなのかもしれない。
真実の電話なんてありもしない噂を信じてここまで来てしまった自分を、誰かが見て笑っているのかもしれない。
そう考えて思わず振り向いた。
誰もいるはずはないのに。
そこに広がっているのは暗い森と木々のざわめきだけで動物一匹見当たらない。
ユウナはフッと息を吐き出して口元だけで笑ってまた歩き出した。
地図はもう見ない。
どうせ公衆電話なんてないのだから、後は山道に戻って家に帰るだけだった。
もしも本当に電話を見つけることができていれば、自分の人生は変わっていたかもしれないのに。
そう思うと悔しくて下唇を噛み締めた。
でも見つけることはできなかった。
明日からまた同じ毎日の繰り返しだ。
学校へ行けばバカにされてイジメられて、家でも勉強しなさいとか手伝いをしなさいとかうるさく言われる。
考えただけで帰りたくなくなるくらい憂鬱だった。
重たい気分で足を進めていたときふと視界の右手に明かりが見えて視線を向けた。
「え……」
明かりの正体は公衆電話の電気だった。
森の中にポツンと佇んでいるその公衆電話は赤色をしている。
ユウナは鼓動が早くなるのを感じながら公衆電話へと足を進めた。
途中で何度も転けそうになりながらも最後には走っていた。
「本当にあった!」
それは間違いなく真実の電話だった。
森の中にある赤い公衆電話。
電話ボックスのドアに手を当てて押してみると、それは難なく開いてくれた。
ユウナはゴクリと唾を飲み込んで周囲を見回した。
当然そこには誰もいない。
誰にも見られていない。
ユウナの口元に笑みが浮かび、勢いで電話ボックスへと身を滑り込ませた。
あった。
本当にあった!
初めて見つめた本当の都市伝説だった。
興奮で当初の目的を忘れてしまいそうになってしまったくらいだ。
「えっと、たしかお金を入れずに受話器を上げるんだよね」
噂を思い出しながら手順通りに行う。
受話器を取り上げて耳に当ててもなにも聞こえてこなかった。
でもこれでいいはずだ。
ユウナはペロリと唇を舐めてそのままの状態でキミの名前をつぶやいた。
これで電話の向こうの相手には聞こえているはずなんだけれど……。
しばらく待ってみても受話器からはなんの応答もなかった。
背中にジリジリと汗が流れていき、呼吸をするのも忘れて返事を待つ。
それでもなにも聞こえてこなくて一旦受話器を置こうとしたときだった。
「キミは小学校の修学旅行でおねしょをした」
それは低くくぐもっていて、そして歪んだ声だった。
思わず受話器を取り落してしまう。
でも聞こえた。
確かに聞こえた。
我に返って再び受話器を耳に付けてみたけれど、もう声は聞こえて来なかったのだった。
☆☆☆
それからユウナは何度か同じことを繰り返した。
一度受話器を置いてサエの名前を言ったりもしたけれど、それに対しての返事はなかった。
もしかしたら真実の電話は1度しか使えないのかもしれない。
でも、そんなことはサイトに書かれていなかったのにな。
ブツブツと口の中で考えながら歩いていると、気がつけば麓まで下りてきていた。
空はまだオレンジ色で、バスも残っている。
ユウナはホッと安堵のため息を吐き出して、帰りのバスに乗り込んだのだった。
☆☆☆
次の日の登校日、ユウナはいつもより1時間早く家を出た。
両親には『今日の日直の子がどうしても早くこられないらしくて、もう1度日直をすることになった』と、嘘をついた。
走って校門までたどり着いたユウナはカバンから紙を一枚取り出して、それをセロテープで門柱に貼り始めた。
昨日家に戻ってから作ったもので《キミは小学校の修学旅行でおねしょをした》と書かれている。
それを何枚も印刷してきたのだ。
校門の前に貼り終えると次は下駄箱だ。
各クラスの下駄箱に一枚づつ張り紙をしていく。
ついでに下級生が通る廊下にも貼っておいた。
これでキミがおねしょをしたという噂はすぐに広まるはずだ。
作業を終えたユウナは外へ出て植え込みの陰から登校してくる生徒たちの反応を盗み見した。
この時間に来るのは朝練習のある生徒たちばかりだけれど、キミも朝練には出ているのですぐに話題は広がっていく。
「なにこの張り紙」
「サッカー部のキミのことだよね?」
「マジかよ。キミって結構可愛くて好きだったのに、ガッカリだな」
そんな声が聞こえてきてユウナは含み笑いを浮かべる。
思わず声を上げて笑ってしまいそうになるのを、必死で抑えるのが大変だった。
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